探偵ごっこ
ハウスメイドのティータイムに出た私は、さり気なく目線を動かし周りを見回した。
誰も別におかしな挙動はしていない。
彼女等は楽しげに、きゃらきゃらと笑いながら今日もキッチンメイドの愚痴をこぼす。
いや単純に、罪の意識が無いだけかもしれないが。
そうなるとさり気なく会話に混ざって、昨日の事を知ってる者がいないか探らなければならない。
何て切り出すのが、1番最適か。
ぐるぐると考えながら特に会話に入ることも無くぼうっとしていると、隣のメイドに大丈夫?と声をかけられる。
「あっ、……はい。少しぼうっとしてしまって。」
「あぁ、昨日は大変だったものね。急にロングジョー卿がやってきて。ちゃんと寝れた?」
ぐるぐると考えているうちに、ちょうどタイミング良くその話題に入る。
あぁ、良かった。
渡りに船だ。
「あぁ、はい、まぁ。」
「私も昨日は夜遅くまで働いたもの。本当止めて欲しいわ、ああいうの。」
「本当よねぇっ!昼前にやってきたのに昼食におやつに、夕方からお酒も飲み出すし。」
「ただでさえ酔っ払いの相手は面倒なのに、昨日は旦那様に加えてロングジョー卿なんて。」
「本当、やってられないわよ。」
「そういえば、また近い内に来るらしいわよ。」
「えぇっ?!何でまた?もういいわよ来なくて!」
「それが何でも、目的が果たせなかったとかで。」
「目的ィ?」
「も〜。本当止めて欲しいわ。」
「あぁー、やだやだ。今から気が重いわ。」
「本当にね。何しに来たのか知らないけど、楽しむだけ楽しんでやっと帰ったと思ったら、また来るとか……。」
「ハァ〜、先が思いやられるわね。」
皆一様に頭を抱えるだけで、特段おかしな目線は感じない。
「朝は何だか、ロングジョー卿も旦那様も奥様も皆揃って何故か機嫌が悪いし。」
「えぇ〜。止めてよそういうの〜。」
「ちょっと、私この後旦那様付きなんだけど。」
「私もこれから奥様付きよ。ねぇ、誰か変わってくれなーい?」
「嫌よ、無理無理。」
「私もちょっと、今日は無理ねぇ。」
「私も変わってあげたいけど、今日はメイド長にあの部屋を掃除しろと言われてるし。」
「ごめんねぇ。私もこの前、メイド長に怒られた所を今日はこれからやらないと〜。」
皆次々に首を振ると、チラチラと何人かが私を見た。
あっ、まずい。
ミスった。
誰か変な挙動をしている人がいないか、探す事に気を取られて話に入るのを忘れていた。
このままだと――――……っ。
「いやぁっ。私もこれから寝ないとですし。その後はちょっとメイド長に言われてる所を、掃除しないといけなくて〜。」
「やだ〜、そんなの私がするわよ〜。」
「そうよそうよ、気にしないで?1番変わって欲しいのは、晩餐の時だけだし。夕食の時も後ろで控えていてくれればいいから。」
「そうそう、後ろで控えていてくれるだけでいいの。貴方でも出来る、簡単な仕事でしょう?」
「いやいやいやぁっ!控えると言っても、私にはお2人のお世話だなんてまだまだ早いです。とてもじゃないですが、お姉様方の様には。」
「あらあら、何言ってるのよ〜。そんな事無いわ。貴方はよくやってくれてる。もう立派なメイドよ。」
「そうそう。それに、1番端っこならあまり難しい仕事も来ないから。」
「私達も協力するし。ね?」
「勿論よ!」
「貴方ももう、そろそろお2人の前に出るべきよ。」
「そうよ。そろそろお披露目しないと。お2人も、小さな子供は久しぶりだって楽しみにしてらっしゃったわ。」
「あぁ、泣かないようにだけ、なるべく我慢してくれれば後は私達が何とかするから。」
「1番端なら、あまり目に入らないし大丈夫よ〜。」
「そうと決まれば、早い方がいいわ。早く帰って仮眠してきなさい。」
「そうよそうよ。お2人が食べだすのなんて、気分で早くなったり遅くなったりするし。時間の変動がかなり激しいんだから。予定を済ますのは早い方が良いわ。」
「あぁ、ほら。紅茶もおやつも、しっかり食べて。」
「今日は、最後の残りの1枚のクッキーをあげるわ。」
「ふふふっ。特別よ〜。」
「それじゃあ、トゥイーニーちゃん。頑張ってね♡」
やられたー!!!
やっぱり出なきゃ良かったー!!
キャラ的にも、あんまり強く言い返すとかは悪手だし。
でも情報は、食品と一緒で鮮度が命なのだ。
突然貴族がやって来るなんて事が起きる様に、出来るだけ早く収集しないと、それはそれで危な過ぎるし。
あぁっ、どっちにしても危険すぎるー!!
分かってて問題に直面するのと、分からずに直面してしまうの、どちらがマシなのだろうか……。
ぺいっと部屋から放り出された私は、ニコニコ顔のお姉様方から素晴らしい応援を受けた。
私を吐き出したドアは、無情にも素早く閉じられた。
血も涙も無ぇ……。
彼女等には足の小指を色んな所に何回もぶつける呪いと、将来顔がシワシワになる呪い、二重にしてかけておこう。
それにしても、2人が私と会うのを楽しみにしていたとはどういう事だろう。
虐めか?虐められるのか?
話の流れからして、おかしくはない。
事情が分からない初めて聞いた人からすれば、優しいお姉様方に見えた事だろう。
だがその内実、とても優しいとは思えない。
数々の発言は、こうまで見方が変わるものか。
しかも実際に話してみれば、特段怪しい人というのは分からなかった。
勿論、何人かは怪しいなとは思った。
親がどうのこうのとか言ってた、事情が分かってそうな発言をしている人とか。
最初に話しかけてきたくれた事で、ロングジョー卿の話題を話すきっかけを作った、隣に座っていた人とか。
だが確証も持てないし、保身の為なら皆サラッと嘘も付くようだ。
しかも昨日の話が出回っていて、ハウスメイドの中では全員が知っているなんて事もありえる。
うぅん……、何てこったい。
悪役のボスとの対決はもう目前に迫っているとというのに、いかんせん情報が少な過ぎる。
とりあえずは、メイドモードでいこう。
となると問題なのは、今の私は旦那様と奥様とロングジョー卿が取り結んだ何らかの契約を、勝手におじゃんにしたという状況だろう。
ご立腹なのは間違いないはずだ。
お酒が入っていた事もあり、ロングジョー卿が突然寝てしまった事による契約の不履行。
中止、もしくは延期となった筈。
その原因は私のせいではないという事に一応なってる筈だし、どちらかと言えばロングジョー卿に非があるという状況だろう。
だがあの我儘放題、癇癪持ちと言われる両親がそれで納得するかと言われると……。
しないだろうなぁ……。
そうなると、さっさと誘いに乗らなかったお前も悪いとか何とか難癖付けられる可能性は高い。
その上、両親が了解しているという話も聞いてしまったので、彼らのお願いを私は事実上断ってしまったという事になる。
うぅん……、もはや絶望的。
遠い目をしながら自室に戻ってベットに入るも、どうしようもない現実に頭を抱えるしかない。
もうこれは1発や2発ぐらい、覚悟しといた方が良さそうだ。
「はぁ。」
大きなため息1つつけば、シャラシャラと動く度にブレスレットが鳴る。
まるで何かを主張しているかのようだ。
蝋燭の火がゆらゆらと灯る部屋で、灯りにブレスレットを翳して見れば、赤、ピンク、黄、黄緑、水色、グレーのクズ魔石が付いていた。
赤、黄、黄緑、水色は透き通っていて綺麗だが、ピンクとグレーは違う。
ピンクは下に行けば行くほど濃く、上は少し透明で白っぽいグラデーションになっている。
グレーの中には、黄色い縦線が入っていてまるで猫の目のようだ。
「……綺麗だなぁ。はぁ。」
両親ともいずれは、会わなければならないだろう。
それが少しだけ、早まっただけだ。
のろのろと体を起こしてふぅっと蝋燭を吹けば、ぼんやりと部屋を照らしていた灯りは、たちまち消えてしまった。
私は気が重くなりながら、うつらうつらと船を漕ぐ。
とりあえずまずは、今はもう限界の体を休ませて、脳には後々しっかりと働いてもらおう。
朦朧とする意識の中、ブレスレットがまたシャラリと鳴った気がした。
時間になり起きれば、もう既に気が重くてしょうがない。
重い足取りで休憩室に覗けば、ちょうどぴったり夕食を準備する時間だったようだ。
「あら。良い所にに来たわね。」
「……えぇ、まぁ。」
「夕食はもうすぐよ。それじゃあ約束通り、よろしくね?」
「……はい。」
両親が来る前に他のお姉様方と食堂に来ると、メイドは壁に沿ってズラっと整列して並んでいく。
両親の世話をする事になる、両親の近くに控えるメイド。
そして奥に立つメイドは、地位が高いメイドが立つ。
出入口に近い所は地位が低いメイドが。
勿論私はメイドの中では最近入ったばかりの新人なので、1番端だ。
端は端でも、1番端だ。
入ってすぐに目に入る存在だ。
めちゃくちゃ目立つ。
誰だよ、端ならあんまり目立たないとか言ったやつ。
めちゃくちゃ目立つじゃん……。
悪あがきをするかのように、なるべく隣りの人影に隠れるように立つ。
1歩後ろに下がって、隣と距離を詰めて立ち、息を潜めて下を向きなるべく影を薄くする。
これが効果があるのか甚だ疑問だが、しないよりマシだろう。
半分諦めながら、私は両親を待った。
食事をする時は、確かに目立たないかもしれませんね。