茶目っ気たっぷりのジェントルマン
とりあえず自分の命の為にも領民の為にも、リベルマン家本家に書いてきた手紙を出そう。
小説とかではこういうのって大体、ギルドとかが請け負ってた気がする。
ギルドは鍛冶師街(北)と魔法関連街(北東)の、境目辺りの真ん中だったはずだ。
鐘塔の近く。
街の中央、一等地。
今は飲食店とかが密集してる飲食街(南東)なのでちょっと歩かねばならない。
飲食街はそれぞれ自分達のお店が目立つようにか、壁や屋根は赤やオレンジ、緑や青等めっちゃカラフル。
黄色やピンク、黄緑や水色なんか可愛い色もあり、お店の色を見てるだけでも面白い。
売り物である商品も、見知った野菜や果物も露店で売られてるけど見た事無い色や、形の物も売られてる。
あの青いトゲトゲした果物、美味しいのかな。
あの赤いふわふわしたのとか、どんな味なんだろ。
あの黄色のキラキラしたヤツは美味しいのかな。
あのピンクと紫色のぐるぐるした、ぺろぺろキャンディーみたいな植物はどんな味なんだろう。
あぁ〜!
もう〜、気になる物があり過ぎる!
色々見たい食べたい!!
でも後で!
後で見るんだ私は!
今日は手紙を出さなければ!!
1回脱線したら色々見たい物があり過ぎて、普通に異世界観光だけして終わってしまいそうだ。
早く!早く出そう!
気持ち早歩きで歩くものの、幼児が歩く歩幅はめっちゃ狭いので全然進まない。
焦れったい〜!
だからと言って走るのも、余計に疲れるし危ない。
幼児って面倒だなぁ〜。
体力の無い私が、ふぅふぅと息を切らせ始めた頃。
髭を蓄えたジェントルマンみたいな見た目の、ハンチング帽に杖を持った若々しい感じのお爺さんに話しかけられた。
「おや、お嬢さん。何かお急ぎですか?」
「………ぇ?えーっと、はい。」
「あぁ、失礼しました。可愛らしい小さなレディが、息を切らせて歩いてるものですから。少しばかり、気になってしまいましてな。」
お爺さんは茶目っ気たっぷりにウィンクすると、私に目線を合わせるように屈んで話してくれる。
なんと素敵なイケおじ!!
可愛らしい小さなレディとか、初めて言われたんだけど!!
さすが西洋っぽい世界観!!
しかも気遣いがさり気ない!
絶対このイケおじモテるよ!!
「どうでしょう?ここで会ったのも、何かのご縁。老い先短く寂しいこの老いぼれめの、少しばかりの話し相手になってくれませんかな?」
「え?えーっと……?」
「あぁ、目的地に着くまででよろしいですよ。私がお連れしましょう。」
「え?いや、別にいらな」
「お疲れでしょう。小さな体では、目的地まで着くのも一苦労なのでは?そんな事をして、帰りの道まで持ちますかな?」
ゔ……、確かに帰りも1時間、馬車から歩かないといけないんだった。
「いやでも、見知らぬ人に付いてっちゃいけないって」
「ほほっ。何か危害を加えるなら、もうとっくにしてますよ。」
「えっ。」
「ほほ。この辺は人目もありますからな。人気の無い所に行くとしても、少々長く話し過ぎましたな。知り合いでも無いのに立ち話をするには、私達の様な組み合わせは少々異質です。少しばかり目立ってしまってる今、そんな事出来ませんよ。」
「えぇ……?そう、なんですかね……?」
「それにこんなにも可愛らしいレディは、なかなかいませんからな。ただでさえ目立ってらっしゃるというのに、そんな馬鹿な真似をしたら、この街の人達に殺されてしまいそうだ。」
「えぇ…………?」
「さ、目的地はどこです?」
お爺さんは私をひょいっと抱き上げると左手の上に乗せて、右手で背を押さえて片手抱きをした。
いくら子供で軽いとはいえ、腕がプルプル震えないし、ビクともしない。
触れた体付きは筋肉でガッシリしてるし、背筋も曲がっておらずピンッとしてる。
とても老人とは思えない体付きだ。
スポーツとかしてるのかな。
うぅん、やっぱりこれだけのイケおじともなると、こんな所までイケメンなのか。
杖とか要らないのでは。
オシャレか、オシャレなのか。
なるほど。
さすがイケおじ。
やはり西洋っぽい世界観のイケオジは、杖を持つのか。
分かる。
この感じは持たせたくなるイケおじだ。
こうなると軽めのコートもスラッとしてて似合ってるけど、執事服にモノクルとかも似合いそうだ。
せっかくこの西洋っぽい世界観なんだし、いつか本物も見てみたいな。
「ギルドに行きたいんです。」
「ほう、歳的にお嬢さんが冒険者とは考えづらいですし、何かお使いですかな。」
「えぇ、まぁ。」
「それにしても、私ももう若くは無いというのにね。最近雇い主の人使いが荒いんですよ。」
「えっ、はぁ。それはまた、大変ですね。」
「雇い主の探し物が、なかなか見つからなくて困ってましてねぇ。」
「はぁ。大変ですねぇ。」
「ほほほ。飴でもお食べになりますか?」
「えっ。」
「こんな所で変な物なんて、何も入れませんよ。あぁ、あの店の飴はどうです?」
「えっ、いや、でも」
「甘い物はお好きですかな?」
「え、それは……、はい。」
「ほほ。これを1つ。」
「あいよ。お嬢ちゃん、口にくわえて遊んだり、棒で口の中を突かないようにな。怪我するからな、危ないぞ。」
店主のおじさんは、寸胴みたいな大鍋に木の棒を突っ込みぐるぐると回すと、トロリと溶けてる飴を纏わり付かせて、水飴みたいな物をくれた。
「あ、ハイ。ん、いい匂い、ふふっ。ありがとう!」
甘い匂いに釣られた私が、顔をにへらと崩してお礼を言うと、店主のおじさんもおう!と返して、ニカッと笑った。
その様子を、お爺さんはくすりと小さく笑う。
「えっと、お爺さんもありがとう?」
「ほほほ。いえいえ、雇い主に扱き使われてる可哀想な老いぼれめの話に、付き合ってもらう少しばかりのお礼だと思って頂けたら。」
飄々とした雰囲気のお爺さんは茶目っ気たっぷりにパチリとウィンクをすると、にこやかに笑う顔をさらに歪ませて、ふわりと優しく穏やかに笑った。
水飴みたいな飴は、素朴だけど甘くて美味しい。
お祭りとかにたまに見かける、懐かしい味だ。
うぅん、さすがイケおじ。
相手に気を使わせず、かつ自虐ネタまで入れてきて、幼女にサラッと甘い物まで買い与えてしまうこの手馴れた感じ。
イケおじからも、良い香りがふわりと漂って来るし、この歳でもバリバリ現役でモテそうだ。
口の中は甘くて幸せだし、イケおじはマジイケおじだし、ここは天国か。
イケおじマジ優しい。
ヒーローが歳を取り過ぎてるけど、少女漫画みたいでテンション上がる〜。
トロリとした甘さが口の中いっぱいに広がり、疲れた体に染み渡る。
んんん〜。
最高かなー。
とろとろと口の中に広がっていく甘さで、ふにゃふにゃとしてるとイケおじはまたくすりと小さく笑った。
しょうがないでしょうよ〜、こっちは1時間ちょっと歩いてヘトヘトなんだよ〜。
運動らしい運動も今までちゃんとしてこなかったし、バリバリ栄養失調だったので、体付きは未だに、5歳とは思えない程小さいし細い。
やっぱり、もうちょっと食べた方がいいよなぁ。
メイドさんの食事内容は、朝は小さなパン2個と野菜の残り物スープ。
昼は小さなパン2個とチーズを一欠片、プチトマト1個かレタスみたいな葉物野菜を1枚、それから魚料理の切れ端みたいなのを少し。
夜はそこそこの大きさのパン1個に、野菜のポタージュ。
それから魚料理が1品あって、週に3日はこの夕食のメインが肉料理になる。
ただまぁ、私の場合は子供なんだからそんなに食べないでしょとか言われて、朝のパンは一個。
夜のそこそこの大きさのパンも、切れ端みたいな1番小さいやつが配られるので、普通に小さなパン1個とそんなに変わらない。
しかもスープもメインも私のだけ、人よりちょっと量が少ない。
3食きちんと確実に食べられて、少しづつでも色々食べられるので当初よりマシだが、そんな調子なのでなかなか太らないし、栄養面的にもあまり改善出来ていない。
お陰で貧血になっているのか、やたらだるい時があったり、軽い立ちくらみや目眩ぐらいならしょっちゅうだ。
本当転んだ時の怪我やら何やら、傷の直りが遅いのなんのって。
ただまぁ領民は、両親の散財のせいでメイドさんのメニューよりさらに質素になる。
1食抜くとか、昼も魚は当然付かないし夜も基本的に魚らしい。
肉はたまのご馳走らしいので、私はそこそこ恵まれていると言えば恵まれてるのかも。
でも他領ならもうちょい良い食事が出来るし、公爵家のメイドのメニューですら大した物は並ばないので、うちの両親は本当に自分達だけが贅沢出来れば良いんだなぁとつくづく思う。
しかも2人じゃ食べきれない程に、貴族らしい贅を凝らした品が、通常の貴族メニューよりもさらに多く並べられるらしい。
その上、実際に食べきれなければ捨てているようなので、うちの両親のクズさ加減は上限突破してるのだろう。
仮にも自分の娘なんだから、その捨てている分を私にくれれば良かったのに。
いつか絶対に私も、美味しい物をいっぱい食べてぷっにぷにの腕にするんだから!
待ってろよ〜!
燃え滾った心の叫びでふんすっと私は鼻を鳴らすと、とりあえず今は、糖分補給に勤しんだ。
チョロイン、マジチョロイン。
良い子も悪い子も、たとえお菓子をくれた良い人だとしても、知らない人に付いて行かないでください。