温かくて優しいコンソメスープ
「お使いに来てるのか?1人で大丈夫か?おじさんも付いてってやろうか?」
うーん、それにしても家族や兄弟ねぇ。
こっちの世界の家族って、あんな感じだしなぁ。
そもそもまだ会った事も無いし、家族って感じしないんだよね。
一瞬何とも言えない顔で頬をかくと、おじさんがハッとしたような顔になる。
そして、な、何か変な事を聞いちまったな……としんみりした顔になり、涙を潤ませて背中をポンポンと優しく叩かれた。
辺り一帯もしんみりとした雰囲気。
おじさんや周りの人達、話しかけてくれた店主達にも何か嫌な事があったらここにおいで!とか痛い所は無いか、大丈夫かと何故か励まされたりよく分からない事を聞かれた。
痛い所って、そ、そんなに何かぼーっとして、危なかっしく見えたのかな。
確かに食べ物に結構釣られて、下はよく見てなかったけども。
でも今日はまだ転んでないよ?
確かに最近は転ぶの多いけど、そもそもこの体に慣れてないのと、周りに扱き使われてるからなだけだし。
転んだ時の傷跡とかがまだ残ってて、どこか見えてしまったんだろうか?
まだ残ってたっけ?
うーん?
とりあえず、笑顔でぺこりとお礼をして断ると、おじさんは眉間に皺を寄せた。
泣くのを我慢するような、まるで何か痛ましい者でも見るかのような顔になり、辺りは悲壮感いっぱいになった。
な、何故だ…………。
何でこんな雰囲気になってるんだ…………。
この世界の人は子供好きなのかな?
無条件に優しくするのが普通みたいな?
確かに日本も、昔は人と人の距離が近くてこんな感じだったんだろうけど、う〜ん……?
「おじさんなぁ、子供と奥さんと別れて暮らしてるんだ。この前流行病が流行っただろ?うちの子は体が弱いから、大事をとって早めに、奥さんの実家で避難してるんだ。」
え、こんな所に両親の被害者が……。
避難と聞いた時思わず真っ青になってしまった気がするけど、どうやら口ぶり的にはまだ生きていてくれてる様だ。
うちの両親が本当スマン。
そんなに流行ったのか……。
申し訳なさや後ろめたさで下を向いてしまい、おじさんと目が合わせられなくなる。
「あぁ、気にするなよ?うちの奥さんはしばらく帰ってなかったからと里帰り気分だし、子供は旅行気分ではしゃいでたから。」
そうかもしれないけど……。
本当はそんな事しなくても良かったかもしれないし、どうせ行くならこの人だって一緒に行きたかったはずだ。
でもここで1人残ったって事は、何か事情があるのだろう。
そう、例えば夜逃げ対策として、家族全員が領を出ることは許されていないとか。
税金等厳しい取立てがあるとか。
あぁ、マジアイツらクソ。
もちろん私が勝手に想像してるだけだけど、だったら何でこんな悲しそうな顔なんだ。
あぁもう、本当辛い。
申し訳ない。
うちの両親が本当ごめん。
元々中腰で話してくれていたのを、おじさんは目線を合わせるようさらに屈んで座り込む。
おじさんは困った様な、私を安心させるかのような笑顔で覗き込んで、私とちゃんと目を合わせた。
私と目が合うとニコって笑って、ぽんぽんと頭を優しく撫でられる。
大丈夫だ、気にするなってまるで全て分かってるかのように、私が励まされてるみたいだ。
「だから嬢ちゃん見てたら、何か思い出しちまったんだよ……。何か買ってやりたくなっちまってな……。」
自分の子供と私が、重なって見えてしまったのだろうか。
あぁ、皆この人の家族が避難している事を知ってたから、暗い顔をしてたのか。
そりゃあ、子供と若干生き別れみたいな状態になってる人が幼児と話していたら、ちょっと心配というか、ハラハラするというか。
何とも言えない気持ちにもなるだろう。
だったら私は、例え一時でもその子供役をした方がいいのだろうか。
でも税金等苦しいらしいし、元凶である領主の娘の私が奢って貰うのはいけないのではないか。
でもそんな事、ここで言えるわけない。
ここで言うことが出来ないなら、断るべきじゃないんだろうな。
ここで言って楽になってしまうのも。
良心の呵責で奢られるのを断るのも。
全部全部、それは私の自己満足だ。
だってこの人達は何も知らないのだから。
それならこの人達には、それは一生隠すべきだ。
あの領主の娘に奢ってやったなんて後から何かで知ってしまったら、この優しい人達の心がザワついてしまう。
それは私も望んでない。
この世界に来てから初めて、私に優しくしてくれた人達なのだ。
せめて心穏やかに、凪いでいて欲しい。
こんなに良くしてくれたのに、私は嘘を付かなきゃならない。
ごめん、本当ごめんなさい。
「えっと……、おじさん!野菜のスープ買って!魚の焼いたのとお菓子は、また後で買っておやつにするから大丈夫だよ!熱々の食べたいし。」
まるで子供が甘えるように、えへへ奢ってもらっちゃったと照れ笑いする。
にこにこっと笑いながら手をぎゅっと握ると、おじさんも泣きそうな顔で笑いながらそっか〜熱々は美味いもんな〜!って言いながら、スープを買ってくれた。
笑顔でありがとうと言うと、おじさんもおうって笑いながら頭をくしゃくしゃっと撫でられた。
これで良かったのかな……。
でも皆笑顔だし、何だかほっとした様な顔だ。
何だかもう、私の感情はめちゃくちゃだ。
でも皆も嬉しそうなので、これで良かったのかもしれない。
「はい、熱いから気をつけな〜。ちゃんとふぅふぅして食べるんだよ。」
「うん!おばちゃんありがとう!おじさんもありがとね!いただきます!」
おばさんもおじさんも何も言わなかったけど、おばさんはにこって優しい目をしてくれたし、おじさんはまた泣きそうな顔で困ったように笑って、頭をくしゃくしゃっとまた撫でられた。
食器は食べ終わった後に返すと、お金の一部が返ってくるらしい。
木のお椀に入ったコンソメスープは、ふわふわと湯気が上へ上へと上がっていく。
美味しそうだし寒いしって事で、気が急いでしまう。
慌てずふぅふぅとしっかり冷ましてから、木のスプーンで掬ってスープを飲む。
肉片の塩味と旨味、とろっとろに煮込まれた野菜の優しい甘みと、旨味がスープの中に溶け込んでいて、コンソメスープみたいな優しい味がする。
飲んでいるとじんわり体に血が巡り、広がっていく様な感じ。
体が温まってきて、ふわふわポカポカして来る。
ほっとする。
宿屋をしてるらしい女将さんが作ったコンソメスープは、併設してる飲食店での残り物を使っているらしい。
野菜の余りや野菜クズ、肉の余り等を使用したらしく、具はあまり入っていない。
でも色んな野菜が小さくでも入っていて、小さく切られたお肉まで入っているのがちょっとだけ嬉しい。
めっちゃ染みるなぁ。
優しくて、温かい気持ちになる。
ふんわりと寄り添って、包み込むような優しい味に、ゆるゆると気持ちが浮上して何だかこっちが元気が貰える味だ。
はふはふ、はぐはぐしながら食べ終わると皆笑顔でこっちを見ていた。
美味しくて思わず笑顔になっちゃって、気付かず夢中で食べてたので、ちょっと何だか恥ずかしい。
照れ笑いしながら食器を返して、美味しかったからまた来るねって言うと、お金はいらないからまたいつでもおいで、待ってるよって言ってくれた。
めっちゃ優しい!!
お店してるのにお金持って来なくていいから、またおいでって言えるって、おばさんっていうかこっちの人達優し過ぎないか。
大丈夫なのか、そんなに優しくて。
何かもう本当に優しさが染みる。
泣く。
また来よう。
魚介串焼きとお菓子屋さんに、おやつの時にまた来るね!と言って皆と笑顔で別れる。
腹ごしらえもしたし、とりあえず体も温まった。
伸びをしてぽかぽかとした温かい体で辺りを見渡すと、意外と街は活気に満ちていた。
大事をとって領外に避難する程には病気は蔓延したのだろうが、街全体としてはそれ程暗い雰囲気では無い。
お客さんと店主は値段交渉をしながら、嘆くような口ぶりで税金等の多さや両親の悪口で話が弾んでいる。
しまいには大口で笑い飛ばしていた。
帳簿で見た徴収量としては勿論、余裕は無いのだろうが街の皆さんは逞しい。
ありがたいやら申し訳ないやらで泣けてくる。
街の皆さんの逞しさが、めっちゃ眩しく見える。
これから私が、重ねてしまったかもしれない罪。
本来なら、病気でたくさん亡くなってしまったかもしれないから。
間に合わずにこれから、たくさん亡くなるかもしれないから。
何も考えずに見ていれば良い訳ではない。
でもその光景が何だか眩しくて、街の皆に私が元気を貰えてるような気分だ。
領民が、両親から早めに開放されるように頑張らなきゃ。
ここでこうやって、笑ってくれる人達の為にも。
街の門の形を、より詳しく書き直しました。
街自体は五角形で変わりませんが、門の形が星型要塞と呼ばれる形です。
陸側だけを街に沿って門で囲った上で、尖端が稜堡と呼ばれる、矢印の様なトゲトゲした形になってます。
海側は漁に出たり貿易港があったりするので、門は無いです。
それから、ギルドは魔法関連街(北東)と鍛冶師街(北)の境目辺りの真ん中になりました。