第93話 二重
私達は駅のホームへ向かい、電車へ乗り込む。
郊外行きの電車の車内は、通路を挟んだ左右に座席があり、二人用の席が一体化して進行方向へ向いている、どこか古めかしい雰囲気があった。
前の座席にギャル子とひなたが座り、後ろの席にはクマ子を窓際にしてその隣に私が座る。
私達の後ろを付いてきたハム子とらむねが席に迷っていると、ギャル子が声を上げた。
「あ~っ! この席、回せるっぽいよ! ひなちゃん動かしていい?」
「うん」
二人は席を私達の方へ回転させると、ギャル子が窓際、ひなたが通路側となり、私とクマ子とは向かい合わせになった。
残った二人は全員の顔が見える位置になるように、私の席から通路を挟んだ左側の窓際にらむねが、ハム子はその隣に座ったのである。
出発から暫くは他愛もない会話を交わしていたが、気付けば高い建物が多かった景色は住宅や田んぼの多い田舎の町並みへと情景を変える。
都会生活の私達にとっては、非日常へ向かっている事が実感でき、私の気分も景色の移り変わりに合わせて高揚していった。
「……しかし、お前にしては良くやり切ったものだな」
スマートフォンをいじりながら、クマ子は私が課題を完遂したことについて話してくる。
「そりゃあ、気は進まなかったけどさ。結局先延ばしにしても自分を追い詰めているだけなのは分かってたし。
終わってみれば、あんなに面倒だったのに……今はなんかスッキリしてるわ」
「うんうんっ! ウサちゃんならもう大丈夫だよ!
でもでもっ! 困ったことがあったらいつでも言ってね!」
「ええ」
ギャル子の真っ直ぐな言葉に素直に答えると、彼女は一度景色に目を移してから楽しげに言う。
「それにしても、夏休みの終わりに旅行に行けるとは思わなかったね!」
「董華ちゃんに感謝だよぉ」
「あの日、海に行ってほんと良かったよね!
それでシシちゃんにも出会えた訳だしぃ~!」
私は肘掛けに肘を乗せ、頬杖をつく。
「入江での戦闘には苦労したけどね。やっぱり処刑女が居ると面倒だわ」
当時のことを話題に出すと、クマ子はスマートフォンの操作を止めて、意見を求めてきた。
「……あの時の事でお前達はどう思っている?
……らむねの引き込みは故意だったのか、意図せず行われたのか」
課題に明け暮れていたせいで、それについての話をしていなかった。
そう――あの時の戦闘では、らむねもゾーンへ引き込まれていたのだ。
「私は後者だと思う。
らむねは前に下帯を引き込んだ時、私達のことは意識してなかったんでしょ?」
「うん」
「きっと一度でも契約してしまうと、強制的にゾーンへ引き込まれるようになってしまうのよ。
あの時キラードールは私達を引き込むつもりでゾーンを展開したけど、元契約者であったらむねもその影響を受けてしまった」
「それって、今のらむちゃんは結構ヤバい状況にあるんじゃない!?」
「ええ。だけど、らむねにはそれを承知で経過を見てもらっているわ。
現状、キラードールに襲われていないことから、やっぱり連中の狙いはキラー・スタッフト・トイが持つ魔力であることに間違いなさそうね」
そうして私は今一度、入江での戦いを思い返す。
「ねぇ……、あの時って、結構時間掛かったわよね?」
「そうっスね。森へ逃げられたせいで探しに行くはめになりましたし」
「んー……」
「ウサちゃん、何か引っ掛かるの?」
「いや、私の体感だと二十分以上掛かっていた気がするけど、あんたらはどう?」
「……時間を計っていた訳ではないからな」
これについては、らむねは自信有り気に答える。
「でも、やっぱり十七分は越えていたと思うよ。みんなが森に入ってから出てくるまで結構待ってたし、その前の入江での戦闘も合わせると……。
これって、実際は発生時間にはバラつきがあったってことなのかな?」
「それはないと思う。発生時間については何度も検証したから。
それよりも……あの時、気になることがあったのよ」
「……森に入った時に何か言っていたな」
「ええ。顔を上げた時、偶然空に波紋みたいのが広がるのを見たわ。
私の勘が正しければ、あれはゾーンを発生させたんじゃないかしら」
「それって、ゾーン発生中にゾーンを展開したってことっスか?」
「そうよ。入り江での戦いでアサブクロを倒した後もゾーンが閉じなかったってことは、最初にゾーンを発生させたのは“高笑いの処刑女”で間違いない。
連中は展開時間内で私達を仕留められないと判断して、“ギロチンの処刑女”が追加でゾーンを展開したんだわ。
ギロチンを倒したことでゾーンが閉じられたのが、その証拠。
つまり二体の処刑女を相手にしていたあの空間は、ゾーンが二重に発生していた“デュアルゾーン”状態だったのよ」
そこまで聞いて、ハム子は尋ねてくる。
「あのぉ~、それってそこまで気にされることなんスか?
ゾーン内で再度ゾーンを展開すれば、その分発生時間が延長される……それ程難しいことではないような」
それにはクマ子が答えた。
「……重要なのは発生権がどうなるかだ。
……もしも後から発生させた者へ移るのなら、先に展開した方が有利という前提条件が崩れる」
「有利とは?」
疑問を投げ掛けるハム子へ、私達は続ける。
「私達はゾーンの展開と閉鎖の両方が出来るでしょ? ゾーンが閉じれば憑依は強制的に解除される。
つまり、ゾーン発生者は任意のタイミングで戦況を憑依前に戻すゾーンリセットが可能な訳よ。これはゾーン発生者が持つ、最大の利点。
さらに仲間と結託すれば、再度即座に展開してカウンターを食らわせることも出来る」
「……私が以前、受けたやつだな」
「そんなエグいこと思いつく方が居るんスか!?」
「私です……」
らむねは俯いたまま、申し訳なさそうに挙手する。
「らむさん意外とお転婆っスね!?」
「いっ…言わないで……」
らむねを深く追及することなく、話題を戻す。
「……要するに故意に閉じる可能性のある対契約者戦においては、発生権を持つ者が有利とされていた。
……だが、もしもデュアルゾーンによって発生権を奪取出来るのなら、このシステムを把握しておくことで相手を出し抜くことが出来る。
……デュアルゾーン状態の時、どちらが発生権を有するかは確かめておく必要があるだろう」
クマ子は皆を見ながら告げる。
「……六人もの契約者が居るのは、またとない機会だ。
……向こうに着いたら発生権の有無と延長される展開時間を把握するため、デュアルゾーンの検証を行う」
その後は一時間近く揺られ、周囲が山々で囲まれた目的地へと到着した。
「皆様、ようこそお越しくださいましたわ!」
改札を出るとシシ子が出迎えてくれる。
「シシちゃ~ん! やっほ~っ!」
シシ子とギャル子はその場で手を取り合うと、小さくキャッキャと飛び跳ねながら無邪気にはしゃぐ。
「今日から楽しみだね~!」
「楽しみですわ! あっ……」
シシ子はハム子を目にすると、彼女の前まで行き声を掛ける。
「真奈美さん、先日はどうも。参加していただき、嬉しいですわ!」
「どっ、どもっス……」
未だハム子に苦手意識を持たれていることを察して、シシ子は申し訳なさそうな笑顔になった。
皆、駅の出口へと向かっていき、ハム子もシシ子の元を離れると、シシ子は私に決意を述べる。
「弥兎さん、わたくし決めましたわ」
「何を?」
「この合宿で真奈美さんと完全に和解し、信用を勝ち得てみせますわ!」
シシ子の瞳に熱が入る。
「そう、まあ……頑張ったら?」
「はい!」
そのまま駅を出て、ロータリーの前に集まる。
見渡すと景観を阻害する建物はほとんどなく、遠くには堂々と佇む標高の高い山、それらを際立たせる雲一つ無い青空が広がっていた。
私は大きく息を吸い込む。淀みなく澄みきった空気が肺を満たすと、自然と気持ちが前向きになっていく気がした。
私は一人でここに居たであろうシシ子に尋ねた。
「ずっと待ってたの?」
「いえ、先程までは夕食のお買い物をしておりましたの。
コテージへ届けていただく手配は済ませておりますので、後は皆様をお連れするだけですわ」
駅を出て直ぐの所にはスーパーが設けられており、彼女はそこを利用したようだ。
都心と違い建物と駐車場が異様に広い。
時刻を確認し、シシ子は私達に申し出る。
「次のバスまでは時間が空きすぎてしまいますので、タクシーで向かいましょうか」
「ところでシシ子、花火は買ったんでしょうね?」
「いえ、必要ですの?」
「当然でしょ! 夏に花火をせずしていつやるのよ!」
「うん、うんっ! あーしもみんなとやりたい!」
「では花火を買ってから参りましょうか。
向こうに売店はありますが、ここ程品数がある訳ではございませんので、皆様も必要な物があればお買い物を済ませておいてくださいまし」
一同買い物を済ませ再びロータリーへ戻ると、止まっている二台のタクシーを見つける。
シシ子はそれぞれの運転手に目的地を伝え、先頭を行く一台目の助手席にシシ子、後部座席に私とひなたとハム子が座る。
二台目の後部座席にはらむね、クマ子、ギャル子が座っていた。
タクシーが出発し、数十分掛けて山道を登る。
大きな看板を通り過ぎた辺りで、シシ子は声を上げた。
「皆様、左手をご覧くださいまし」
彼女に促され、私とひなたが左側を見る中、ハム子は疑問符を浮かべながら自分の左手を見つめる。
(アホなのか?)
直ぐに間違いに気づき、ハム子も外の景色に注目した。
「あちらはキャンプ場になっておりまして、その前に見える建物が管理棟ですわ。
キャンプ場とコテージの受付はあそこで行いますの。
中には売店もございますので、必要があればご利用ください」
途中、幅の広い橋を通った。下を見ればこれまた幅の広い川が流れている。
「立派な川だねぇ~」
「ここを訪れた方は川遊びをよくされるので、皆様もいかがでしょう?」
「良いわね! 熱中症になるような日差しじゃないし、ハム子もやりたいでしょ?」
「そうっスね。気持ちよさそうっス!」
管理棟と川を越えて少し山を上ると、開けた広大な土地が現れる。
そこに建つ建物を目にして、私は瞳を輝かせた。
「おお~」
それこそが私達が二泊三日を過ごす、コテージだったのである。
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