第92話 友達
私は駅の改札前で、定期的に送られてくるハム子からのメッセージを確認していた。
特訓や海へ行った時のように遅刻されてはかなわないので、今回はお互いの住まいからちょうど同じくらいの距離にある駅で落ち合い、そこから皆との集合場所である駅へ向かうことにしたのである。
「お待たせしました!」
「今回は時間通りね」
ハム子と合流すると、お互い旅行鞄を手に待ち合わせの駅へと向かい始めた。
電車へ乗り込むと幸い乗客は少なかったため、私は座席の左端に座り右隣の席に旅行鞄を置く。
元々座席上に設けられた棚に荷物を置くのは、視界から外れて誰かに持っていかれはしないかと不安になるため、置いたことがない。
ましてや、席はガラガラなのだ。
混んでくるまでは、ここに置いても構わないだろう。
また、座りづらかったため腰の後ろに付けているウエストポーチを外し、膝の上へ持ってくることで、私はようやく落ち着いたのである。
扉が閉まり電車が動き出したところで、クマ子に現在地と集合場所への到着予定時刻を連絡する。
その後、スマートフォンの画面を上へスクロールすると、先日のクマ子とのやり取りが確認できた。
二人が行っていた特訓、クマ子の固有能力については知らされ、そして――ベニアサブクロの事は、その日の内にお互い報告し合っている。
つまり、あの日はらむね以外の全員がベニアサブクロに遭遇していたということだ。
(さすがに山の方には出ないと思うけど……)
海に出現した以上、山にもキラードールが現れる可能性を払拭出来ないままスマートフォンの操作を止めると、荷物を挟んで右隣に座っているハム子が口を開いた。
「自分、大人数でのお泊まりなんて行事以外では初めてっスよ」
「学校の子と出掛けたりしないの?」
ハム子は少々言いづらそうにする。
「しないっスね……。
普段の自分は、どうしても相手の方の顔色を伺いがちでして。
そのせいで、お誘いするのはご迷惑ではないかとか、ほんとは無理して自分に付き合って下さっているのではないかと考え込んでしまって行動に移せないんス……」
「ふーん、私はハム子と居るの嫌じゃないけどね」
「どっ、どもっス」
ハム子は嬉し恥ずかしといった様子を見せると、時よりこちらに顔を向けながら続ける。
「ただ……クラスの方のお出掛けやお泊まりをしたという話を聞くと、それが出来る関係性って、仲良しさんである証拠だと思うんスよ。
ということは、自分は以前よりもウサさんとの仲が深まったってことになるんスかね?」
ハム子は少し期待しながら問い掛けてくるが、私は素直に答えることが出来ず、受け流しながら素っ気なく言った。
「どうかしらね」
「そうスか……そうっスよね……」
ハム子は顔を正面に戻し、肩を落とす。
気まずい沈黙が続いてから暫くして、ハム子は話題を振ってくる。
「あのー、では……もしウサさんに親しい仲と言える方が居たとしたら、ウサさんはその方にどんなことをされますか?」
「私? んー……そうね。まあ、ロリポップを上げてやってもいいかな」
ハム子は愛想笑いを交えながら反応する。
「ははっ……、確かにウサさんがそこまでして下さるなら、相当っスね」
そう言うと、すぐにハム子は寂しそうな顔をして、私達の間に再び沈黙が流れた。
「……」
(全く……)
私はウエストポーチからロリポップを一本取り出すと、正面を向いたまま真横に差し出す。
「んっ」
「はい?」
差し出されたロリポップを前に、ハム子は理解が追い付いていない。
「上げるわ」
「えっ?」
「旨いから……舐めなさいよ」
こちらの意図を察すると、ハム子は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「ウサさん……! はい!」
彼女はロリポップを受け取り、包装を解いて頬張る。
「美味しいっス!」
「そう」
私は気恥ずかしさを隠すため、自分もロリポップを舐めることにした。
その後は目的地に着くまでお互い言葉を交わすことはなかったが、そこには気まずい空気は無かった。
口の中で小さくなっていくロリポップを転がしながら、私は皆のことを思う。
そうだ。ハム子だけじゃない、クマ子達だって同じだ。
私達の出会いは普通とは言い難いものであったが、突如理不尽な状況に置かれながらも互いに協力しながら、時に苦楽を共にし、誰かが困っていれば手を差し伸べる……そんな私たちの関係を改めて口にする必要などなかったのだ。
だって、友達なんだから――。
集合場所に向けて歩きながら、らむねは花子に不安を口にしていた。
「どっ、どうしよう熊見さん……! また初対面の人と会うなんて緊張するよ……!」
「……海の時は普通にしていただろ」
「あの時は日帰りだったし、ずっとお話ししていた訳じゃなかったけど、今回はお泊まりだよ?
みんなを不快にさせたりしたらどうしよう……」
「……お前は気にしすぎだ。自然体でいればいい」
「しっ、自然体で?」
それを聞いてらむねはバナナの髪飾りを一旦外し、前髪を垂らして右目を隠してから、付け直す。
「よし……」
「……それで何か変わるのか?」
「風邪じゃなくても、マスクを心理的に外せない症状があるでしょ?
それと同じように、私って前髪で隠れていると安心出来るんだよ。
ただ、みんなに壁を作っているようで、こうしなくても良いようにしたいんだけどね……」
「……まあ、徐々に慣れていけば良いだろ。
……変わる気持ちはあるんだからな」
既に集合場所へ到着していた夏樹とひなたは、二人が見えると手を振る。
「おっはーっ!
クマちゃん、らむちゃんっ! この子がひなちゃんだよ!」
「はじめましてぇ、小日辻 ひなたでーす」
「はっ、はじめまして……!」
「……おう」
それぞれ挨拶を済ませて少し経った頃、弥兎と真奈美も到着した――。
私とハム子が集合場所に着くと、既に皆が集まっていた。
「全員居るわね」
「あの……ウサさん、こちらが?」
「ええ、この子がひなた」
「はじめましてぇ、あなたが真奈美ちゃん? よろしくねぇ」
ひなたは穏やかな笑顔でハム子へ尋ねた。
「こっ、公星 真奈美っス! よろしくお願いします」
初対面同士の挨拶が済んだところで、私は思い出したように声を上げた。
「そうだ」
私は唐突に四本のロリポップを皆へ差し出す。
「ほら」
「ウサちゃん、これは?」
「あんたらにやるわよ」
私が渡す理由をハム子以外は理解していなかったが、三人は喜んで貰ってくれた。
「マジ!? ありがとね! ウサちゃん!」
「わぁ~、ありがとう。弥兎ちゃん」
「それじゃ……いただくね。東林さん」
一本余ったロリポップを、スマートフォンをいじっているクマ子へ向ける。
「ほら、クマ子も」
彼女は画面から目を離さずに、ぼそりと呟く。
「……いらん。虫歯になる」
「むっ……!」
(可愛くねぇ~……!)
私が不機嫌な声を上げながらも気に掛ける素振りを見せないクマ子を見兼ねて、ハム子は急いでフォローに入る。
「ちょおっ!? クマさんっ! どうかこのロリポップだけは受け取ってあげて欲しいっス!」
「いいのよ、ハム子! こんな奴、ほっときましょ!」
「……? はぁ……、やれやれ」
クマ子は一瞬だけ私へ目を向けると、めんどくさそうにしながらロリポップを受け取った。
(初めから、そうすればいいのよ)
「お~しっ! みんな揃ったことだしぃ~! 出発しよっか!」
「そうね」
集合場所に集まったのは六名。
昼前に到着する私達と違い、発起人であるシシ子は早朝から一人現地へ向かい招く準備を進めておくそうだ。
「それじゃあ、行くわよ!」
「おお~っ!」
合宿の始まりである――。
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