第91話 虚ろ
花子は魔力を消費し、右腕を肥大化させた。
それを目の当たりにして、真奈美は驚愕の声を上げる。
「すっ、すごいっス! クマさん! 腕が大きくなったっス!」
「……これは特殊能力だ」
「あぁ……そうでした」
“大柄のベニアサブクロ”へ狙いを定めると、右腕を真っ直ぐ構えたまま花子は腰を入れて殴打を放つ。
「……ふうんっ!」
すると、肥大化した憑依体の右腕は花子の腕から外れ、大砲から放たれた砲弾のように一直線に飛んでいった。
一気に“大柄のベニアサブクロ”の元まで到達し憑依体の腕が接触すると、その威力に体は耐えきれず膝上から胸下は破裂したように弾け飛び、腕は貫通する。
「グオォォ……!」
“大柄のベニアサブクロ”の足はその場に倒れ、胸から上はビルの上から落下すると、地面へ達した途端に衝撃で弾けるように潰れた。
血溜まりが広がっていく中、その亡骸から魔力が湧き出すと、花子へ吸収される。
一連の出来事を目の当たりにして、真奈美は興奮気味に声を上げた。
「すごいっスよ、クマさん! これでしたら腕をバカスカ打ちまくれば、どんな相手でも楽勝じゃないっスか!」
花子は生身になった“か細い”右腕を下ろしながら答える。
「……そうでもないさ」
「えっ?」
今度は左腕を構えてから軽く放ってみると、花子の憑依体の左腕は消失を始める“大柄のベニアサブクロ”の近くまで滑り、やがて止まった。
「……分かるか?」
その後、花子は放たれた憑依体の腕に向かって手をかざすが、何も起こらない。
「あ……」
真奈美は、そのまま“大柄のベニアサブクロ”の元まで行く花子に付いていく。
花子が憑依体の左腕の側で改めて手をかざすと、憑依体の腕は花子自身の腕へはまり元通りになった。
「クマさん、これは……」
「……そうだ。放った腕は何処からでも回収できるわけではない。……再び自分の腕へ戻すためにはある程度接近する必要がある。
……私の憑依体の攻撃は、この両腕が全てだ。それを手放すということは、対抗手段を失うことになる。
……遠距離の相手へ文字通り殴打を放てるのは確かに強力だが、それを行使するタイミングは見極めないとならないだろう」
「やはりクマさんの攻撃は当てれば強力な分、使いどころが難しいんスね」
「……そういうことだ。
……だが、仮にこの固有能力を砲撃打と呼ぶとして、これに特殊能力の肥大化を合わせた大砲撃打、さらに前腕移動。
これらにより移動速度が向上し、対処が難しかった遠距離の相手にも最低限対抗できるようになった。
……私に取って、今回の戦闘と特訓には大いに意味があったと言えるだろう」
消失し、跡形も無くなった“大柄のベニアサブクロ”が居たところへ目をやりながら、真奈美は呟く。
「しかし……クマさんが予期していた通りになったっスね……」
「……そうだな。今後現れるアサブクロが全てコイツらのように針金化するのなら、アサブクロからの魔力回収にも手を焼くだろう。
……董華の計画もある。皆で集まった時、ここ最近で得た情報を整理するとしよう」
言い終えると、花子は顔を上げ灰色の空を見る。
「……?」
開けたブロック広場の一角で、ゾーンが中々閉じないことを気に掛けた直後、ゾーンは閉じられ二人の憑依は解除されるのだった――。
町工場の先の小高い山にそびえ立つ、人気のない縦長の朽ちたマンションの一室――。
直立していた二つの人影は、前方へ上げていた両腕を下ろすとヒタヒタと裸足のまま数歩前へ出る。
ベランダの柵の前まで来ると、真っ赤なトレンチコートを身に纏った全身が明らかとなり、虚ろな目をした二つの人影は、各々眼球だけを真下へ動かし下方の様子を見る。
「……」
「……」
そこには消失していくベニアサブクロに目をやるウサギ型の憑依体、その後ろにはヒツジ型の憑依体。
さらにその後方には、アルマジロ型とライオン型のキラー・スタッフト・トイとその契約者が確認できた。
ブロック広場――。
ビルの一室で、同じく虚ろな瞳で真っ赤なトレンチコートを着た人影は、前方へ上げていた両腕を下ろしながら数歩前へ歩み出る。
「……」
窓際で立ち止まり真下のブロック広場へ目をやると、そこには広場の一角で話し合うクマ型とハムスター型の憑依体の後ろ姿が確認できた。
町工場とブロック広場――。
それぞれの地に居る三つの人影は、対象の力量を把握したところで自らが展開したゾーンを閉じると、ゆっくりと踵を返し暗がりの中へと消えていくのだった――。
夏休み最後の週――、お姉さん組は私の部屋に集まっていた。
私が解答を記入した問題集を手に、シシ子は最後のチェックをする。
その様子を皆黙って見守りながら、彼女の言葉を待っていた。
「……」
問題集を閉じ、シシ子は私を見据えて微笑む。
「合っておりますわ」
「それじゃあ……」
「弥兎さんの前期の課題……、これにて完了ですわ~っ!」
「わ~いっ!」
「さっすが! ウサちゃ~ん!」
「あああぁぁぁ~……」
歓喜するお姉さん組に対し、私は机に突っ伏して脱力していった。
「やっと……終わった……」
疲労困憊である。
ギャル子は私に抱き着きながら体を揺さぶり、ひなたはぐらぐら動く私の頭を追って一生懸命撫でてきた。
「本当に良く頑張りましたね、弥兎さん」
「わっ……私に掛かれば、こんなもんよ……」
両サイドに揉みくちゃにされながら、私は生気のない声で答える。
「これで予定通りに決行できるね! シシちゃん!」
「はい、弥兎さんなら必ずやり遂げると信じておりましたわ!」
「楽しみだなぁ~」
私は顔を上げる。ついに内容を聞くことが出来るのだ。
「さあ、私はちゃんと課題を終えたんだから、あんたらの企みを全部話してもらうわよ」
「もぉ~! ウサちゃん、人聞き悪いしぃ~!」
皆が落ち着くと、シシ子は姿勢を正して話し始める。
「実は長期休みのこの機会に、皆様を山中にあるコテージへご招待したいと思いましたの!」
「コテージって、木でできた別荘みたいなところ?」
「お貸りするものなので別荘とは少し違いますが、概ねそのようなものですわ」
「何でまた?」
「我が家では年に数回そのコテージで過ごすのが恒例行事になっておりまして、今年の夏も向こうで過ごすつもりで予約を取っておりましたの。
ですが、父と母は仕事と付き合いの都合でどうしてもまとまった時間が取れなくなり、キャンセル料もそれなりに掛かってしまいますので、何かに利用できないかと家族で考えておりましたわ。
そこで、皆様とは一度ゆっくりと親睦を深める機会を設けたいと思っておりましたので、お泊まり会を企画させていただきましたの!
父に話したところ、快く承諾してくれましたわ!」
「タダで泊めてもらえるんだって! 最高だしぃ~!」
「それじゃ、そのコテージに行くのね」
「はい! 二泊三日のお泊まりですわ! 弥兎さんのご都合がよろしければですが」
「課題が終わっているなら予定も無いし、大丈夫よ」
「そう言っていただけると思っておりましたわ!
皆様には事前に夏休みの最後の週を空けていただくようにお願いしてありますので、予定通り決行いたしましょう!」
(これ、私の課題が終わっていなかったらどうするつもりだったんだ? 本当にキャンセルしていたのか? それとも置いてけぼり?)
「にしても親睦を深めるのはいいけど、泊まりまでする必要ある?」
シシ子は軽く上げた片手を握り締め、言葉に熱が入る。
「勿論ですわ! 同じ屋根の下寝食を共にし、時間と空間を共有することで絆は深まるのです!
即ちこれは、わたくし達の連帯感を高め、より一層の団結を図るこの夏最後の一大イベント!」
シシ子はその場で立ち上がると虚空を指差し、高らかに宣言するのだった。
「合宿ですわ~~っ!」
ベニハガネ編 完 次回へ続く。
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