第89話 巨漢
花子と真奈美は魔力回収のために、オフィスビルが建ち並ぶビル街へと足を運んでいた。
しばしキラー・スタッフト・トイにも捜索を強力してもらっているとハム蔵から発見の報告を受け、二人は敵キラードールの元へと向かう。
到着した場所はコンクリートの地面に幾つもの四角い石のブロックによって模様が描かれた広場であった。
波紋を表すように大きな丸い模様が全面に連続して広がっている。
端の方にベンチや花壇が所々に設けられているこのブロック広場の周りには、十階程のビルが囲むように建ち並び、各ビルの屋上には広告が印刷された大きな立て看板が建てられていた。
ビルの一階にある一部テナントは撤退したのかガランとしており、もぬけの殻となった広い店内には太い柱に交じって幅四十センチ程の柱が細々と人気のなくなった店を支えている。
ブロック広場の中央までやってくると、二人は周囲を見渡す。
「どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「……お出ましのようだぞ」
花子が目を光らせるとゾーンが展開され、二ヵ所のビルの間から窮屈そうにしながらブロック広場へ二体のアサブクロが歩み出てきた。
いずれも地面を踏み締める度に地響きを起こす程、通常のアサブクロよりも巨体である。
「どちらも……大きいっスね……!」
正面からゆっくりと歩み寄ってくるアサブクロの内一体に対して、花子には思うところがあった。
「……アイツは、以前弥兎から聞いた“大柄のアサブクロ”に特徴がよく似ているな」
花子の推察通り、彼女の前に現れたのは弥兎がひなたと共に屋上で遭遇した“大柄のアサブクロ”の別個体であった。
体長約四メートルもある巨体は猫背のまま太い両腕を正面へ脱力した状態で垂らし、手の先からは巨大な斧の刃が腕を覆う麻袋の中から飛び出している。
もう一体は体長が三メートル近くある肥満体のアサブクロであった。
頭部は通常のアサブクロよりも横幅があり、丸々太った重そうな体には贅肉が目立ち、重力で横に広がる垂れた胸肉が首から胸までを覆う破れた麻袋からはみ出している。
下っ腹が出た大きな腹の中央には猫背線のような太い横線が一本あり、その端に麻袋で覆われた左右の手を当て満腹のポーズを取って突っ立っている。
腰回りは破れた麻袋と縄紐を腰布のように巻き付け、左右の短い足には麻袋を深靴のように履き、“大柄のアサブクロ”とは違いすり足にならない二本足での歩行を可能にしていた。
また、二体のアサブクロは花子と真奈美が今まで遭遇してきた個体とは違い、顔だけではなく腕や足にも目や口といった雑な落書きが施されていたのである。
「……太っている“巨漢のアサブクロ”は真奈美に任せる。
……私が“大柄のアサブクロ”の相手をしよう」
「了解っス……」
いずれのアサブクロも動きがトロそうなことから、花子はどちらが相手をするのも然して変わらないと判断し、自然と正面に居るモノとやり合うこととなった。
「……だが、アイツら相手では特訓の成果を活かせそうにないな」
「自分は大変でない方が有り難いっスけどね……」
“まるこげ”とハム蔵は二人の隣へ並び立つ。
「……はぁ。やるか、“まるこげ”」
「ハム蔵さんっ!お願いするっス!」
二つの閃光が走ると二人は憑依体へと姿を変える。
「ウプッ、ウプッ……」
野太い声を上げる“巨漢のアサブクロ”は両手をお腹に当てたままノロノロと正面の真奈美へ向けて前進し出したが、“大柄のアサブクロ”はその場で立ち止まったまま動かずにじっと二人のことを観察しているように見え、花子にはその様子が気に掛かった。
(……何故動かない。まるで様子見だ)
だが、花子は手の平を正面に向けながら構わず“大柄のアサブクロ”へ向けて歩み出す。
「自分達も参りましょう! ハム蔵さん!」
真奈美は六本のヒマワリの種型ナイフを出現させると、自身の手とハム蔵の前足と後ろ足で持ち、“巨漢のアサブクロ”へ向かっていく。
花子が接近すると、“大柄のアサブクロ”は片腕を振り上げ、重い風切り音を立てながら、彼女目掛けて斧の刃を振り下ろした。
「……んっ」
花子は左手の鋼鉄の指で摘まむようにして振り下ろされた斧の刃を受け止めると右手の拳を握り締め、“大柄のアサブクロ”の懐へ殴打を放つ。
「……ふっ!」
「グオッ……!」
重い打撃音が響くと、“大柄のアサブクロ”の体は柱や壁を破壊しながら背後の空のテナント内へと吹き飛ばされた――。
真奈美は“巨漢のアサブクロ”へ向かう最中、気掛かりなことがあった。
(この方……、武器が見当たらないっスね)
過去に遭遇したアサブクロは皆、体の一部に凶器が確認できたが、“巨漢のアサブクロ”にはそれらしい物が見受けられない。
そんな事を考えている間に相手の正面まで近づくと、“巨漢のアサブクロ”は腹に添えている両手を左右から強く押し込んだ。
「ウプッ……!」
すると腹の中央にあった横線が開き菱形になると、真っ黒な腹の中から一つ一つがバレーボール程の大きさがある撒菱を大量に流し出してきた。
「ひいっ!」
消火に用いられるホースから放出される水のように勢いよく向かってくる大量の撒菱を真奈美は急激な方向転換で躱す。
真奈美が正面から居なくなると、“巨漢のアサブクロ”は押さえていた両手の力を抜くことで、撒菱の放出を止める。
その場で足踏みしながら方向転換すると、再度真奈美を正面に捉えた。
同様の攻撃が予想され、真奈美は真剣な顔つきになる。
(あの速度であれば、自分は負けません!)
真奈美は臆せず正面から接近すると、“巨漢のアサブクロ”は再び腹から勢いよく撒菱の放出を始めた。
「ハム蔵さんっ! “独楽切り”にしましょう!」
直後、方向転換をし“巨漢のアサブクロ”の真横へ移動すると、真奈美はその場で片足を軸に独楽のように回り、六本のナイフを用いて連続で切り付けた。
「ウブゥッ……!」
“巨漢のアサブクロ”は体を横振りし真奈美を押し退けようとしたが、彼女は一瞬で180度方向転換して遠ざかると、退いた先でまたしても一瞬で方向を変え“巨漢のアサブクロ”へ向かっていく。
「続いて、“五芒切り”っス!」
接近した真奈美は切り付けながら走り抜けた先ですぐさま方向転換すると、再度走り抜けながら切り付ける。
その動きを繰り返し、“巨漢のアサブクロ”の周りで五芒星を描くように駆け抜けた。
「ウブッ、ウブゥーッ……!」
下半身を何度も切り付けられ、“巨漢のアサブクロ”はうつ伏せに倒れ込む。
その隙に真奈美は更に加速しながら、周囲を五芒星を描くように駆け抜け切り付ける“五芒切り”によって畳みかけた。
「ウプッ……!」
“巨漢のアサブクロ”は再び真奈美を退けようと横たわったままその巨体で転げ回り、彼女を押し潰そうとする。
「ひいっ!」
これには堪らず、真奈美は一度距離を取った。
「ペチャンコになるとこだったっス……」
「ウプッ……ウプッ……!」
「?」
真奈美が目を凝らすと、“巨漢のアサブクロ”の体内では細く長い何かが大量に蠢きだした。
「ウゥゥゥ……」
横たわっていた“大柄のアサブクロ”は唸り声を上げながら、ゆっくりと起き上がり始める。
(……魔力の放出に至らない。……デカい図体は見掛け倒しではないようだな)
壊れたテナント内で窮屈そうに立ち上がった“大柄のアサブクロ”を見据えながら、花子が次で決めようと両手の拳を握り締めた瞬間――。
「グオッ……! グウッ……!」
「……?」
“大柄のアサブクロ”は直立したまま痙攣したように体を激しく動かし、苦しそうに悶えだした。
「クマさんっ!」
「……?」
花子が目をやると、戸惑う真奈美の視線の先では“巨漢のアサブクロ”も同様に苦しそうに悶えている。
「グッ……! グオオォォォ……!」
「……!?」
直後、“大柄のアサブクロ”の全身からは無数の針金が飛び出した。
針金が体を突き破ったことで、全身の麻袋は吹き出す血によって赤く染まっていく。
下半身を覆う大きな麻袋の中にある左右の太股の辺りからは、太い針金と細い針金が絡み合ったものが一本ずつ、左右の太股の裏側からは正面のものよりも細い針金がそれぞれ生え出ると、二本が一本へと束ねられる。
下半身から生えた計三本の太い針金は、テナント内で鉄筋が剝き出しとなった幅四十センチ程のコンクリートの柱に絡みつくと、強引にそれらをねじ切った。
中心はコンクリート、上下の先端は鉄筋が剝き出しになった柱の先を地面に着け、“大柄のアサブクロ”の本体を宙に浮かせ三点立ちとなる。
腕は肩から先が千切れ、そこから触手のように太く長い針金が生え出すと、その先端にある斧の刃が付いた“大柄のアサブクロ”の太い腕を高い位置に掲げ、まるで威嚇をする蛇のようにうねらせていた。
首回りからは六本の針金が肩甲骨の方まで管のように繋がり、顔を覆っていた麻袋の一部は破れ、左目のところからは瞳孔が開ききった血走った瞳、右側の口元からは食いしばる歯茎が確認できた。
“巨漢のアサブクロ”もまた全身の麻袋が血に染まると口元の麻袋は中央から破れ、中から針金が顔を囲むように伸び、内部には歯を噛み締めた口元が露となる。
上腕と前腕は千切れ、その間からは太い針金が伸び腕が長くなると、前腕を覆う麻袋の内部でも針金が出てきているのか腕は膨らみ、先程よりも倍近い太さとなった。
更には上半身と下半身も千切れると、大小異なる太さの針金によって二つの部位を繋ぐ異様に曲がった巨大な背骨のようなモノが伸びる。
真横から見ればその部分は“つ”の字になっており、“つ”の先端の上下にそれぞれ千切れた上半身と下半身が繋がっていた。
菱形に開いていた裂け目は腹の端まで達し、その中から出てきた幾つもの細い針金が腹の内部の撒菱を捉えると、それらを開けた裂け目の縁に等間隔に固定させる。
そのひとつひとつはまるで歯のようであり、裂けきった腹が開くと巨大な口のようになった。
「……」
「ひいぃ~っ!」
“大柄のアサブクロ”と“巨漢のアサブクロ”は、ベニアサブクロへと変化したのである。
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