第83話 特訓
「あのぉ……銃刀法ってご存じっスか?」
「……ん?」
花子はナイフの刃の先に指を当て押し込んで見せると、刃は柄の中へ収納された。
押さえつけている指先を離せば、刃は勢いよく飛び出し再び元の位置まで戻る。
「あっ」
「……これはマジックナイフだ」
花子は比較的草の生えている所へ手提げバックを置くと、同様のナイフをさらに五本出し、加えて携帯空気入れとビニール玩具を二つ取り出した。
空気を注入し、ビニールでできた太いバットを二本作り上げると真奈美へ説明を始める。
「……お互い相手を怪我させる訳にはいかないからな。
……特訓中、お前はこのナイフを私はエアーバットを使う」
「なるほど……」
「……私の攻撃を避けつつお前はナイフを刺しに来い」
「えっ? クマさんがお相手っスか!?」
「……他に誰が居る」
「そっ、そうっスよね……。
しかし、憑依体になるということは……ゾーンの発生も含め魔力を消費してしまうっスよ?」
「……だからこそ、この17分に全力を掛けろ。
特訓可能な時間は限られている」
「りょ、了解っス……!」
花子はエアーバットの張りを確かめながら、ぼそりと呟く。
「……まずは動きを練習しておくか。
……真奈美に提案するのは“一撃離脱戦法”だ」
「“ヒットアンドアウェイ”ってことっスか?」
「……そうだ。攻撃後は素早く後退し、その後も再度攻撃と後退……これを繰り返す。
……お前の固有能力を活かしつつ、相手を一方的に攻め続けることが出来る。
……ナイフの一撃で与えられるダメージが少ない以上、真奈美は命中頻度を上げて確実に相手へのダメージを蓄積していくのが有効だろう」
「分かりました」
「……取り敢えず、やってみるか」
二本のエアーバットを構える花子へ向かって、真奈美は両手にマジックナイフを持って接近する。
「……まずはお前が私を刺す」
「はい。ぐさり……ぶしゃーっ」
「……余計なことは言うな」
「すみません……」
「……そこで相手はお前を攻撃しようとしてくる」
そう言うと、花子はエアーバットを振り上げた。
「……真奈美は即後退」
「はいっ!」
真奈美は回れ右して数歩離れ、花子は地面にエアーバットを当てる。
「……再度攻撃、今度はナイフを私の脇に挟んでくれ」
「はい」
再び花子へ向き直った真奈美はマジックナイフを花子の脇に挟む。
「……投げナイフを行った場合、相手に突き刺さった状態となるだろう。
……魔力を節約するなら、これを回収し相手の動向をチェック。状況によっては回避行動の後、攻撃」
「了解っス」
花子の脇からマジックナイフを抜き取ると、真奈美は真横へ移動してから彼女の脇腹を刺す。
「こんな感じでしょうか?」
「……良いぞ。真奈美」
「ふぅ~……、なるほど。何となくは理解出来たっス」
「……よし、次は憑依体での実践練習だ」
「はい!」
花子と“まるこげ”、真奈美とハム蔵は少し距離を取った状態で互いに向き合い、ハム蔵を中心にゾーンが展開された。
「……やるか、“まるこげ”」
「ハム蔵さん! お願いするっス!」
二つの閃光が走ると、二人は憑依体へと姿を変える。
花子は憑依体の左右の手に備わる鋼鉄の指で二本のエアーバットを、真奈美は自身と憑依状態のハム蔵の前足と後ろ足に一本ずつ、計六本のマジックナイフを握り構えた。
「……っ!」
真奈美は花子へ接近してマジックナイフを振りかざす。
(まずは相手へナイフを――)
それを受けて花子はエアーバットで思い切り真奈美を叩いた。
「あいた~っ!?」
パァァンッと良い音が響く。
「クマさんっ!? 何するんっスか! まずは自分からじゃないんスか!?」
「……これは実践練習だ。
……相手がキラードールなら、攻撃の順番を守ってはくれないぞ」
「それならそうと先に言ってほしいっス! てっきり手筈通りかと……」
「……さあ、来い」
「失礼するっス!」
真剣な眼差しになった真奈美は駆け足で花子へ向かっていく。
花子は彼女目掛けてエアーバットを振るった。
「……ふんっ!」
真奈美は急激な方向転換を繰り返す小刻みな動きで躱し、花子の懐へ入る。
「ヒットっ!」
右へ体を捻りながら左腕とハム蔵の前足と後ろ足で持つ計三本のマジックナイフで花子を切りつける。
「アンドアウェ~イっ!」
情けない声を上げながら真奈美はそそくさと後退するが、一瞬で方向転換すると再び花子へ向かっていった。
「……ふっ!」
花子はタイミングをずらして二本のエアーバットを振るが、真奈美は小刻みな動きで全て躱すと、そのまま側面へ回り込む。
「ヒット~っ!」
ぐるりと体を一回転させながら、六本のナイフ全てで切りつける。
「アンドアウェ~イっ!」
直後は即撤退していく。
「……」
逃げていく真奈美の背中を目で追いながら、花子は関心していた。
(……速いな、大したものだ。
……攻撃型の私では、捉えるのは難しい)
「……真奈美、その調子だ。続けるぞ」
「はい!」
その後もゾーンが閉じるまでの間、特訓は続けられたのであった――。
「へぁー……へぁー……やはり激しく動き続けるのはキツいっスね……」
「……真奈美」
「はい? おおっとっ……!?」
木の根元で休んでいた真奈美に花子はスポーツドリンクを投げると、彼女はそれを受け取る。
「どもっス」
「……一息入れたら、再開するぞ。今度は私がゾーンを開く」
「了解っス……自分の特訓ですもんね。踏ん張りどころっス」
「……いや、特訓するのは何もお前だけではない」
「と言いますと?」
貰ったスポーツドリンクを飲みながら、真奈美は尋ねた。
「……私もお前達を見て、自分の憑依体の可能性を広げたいと思っていてな。試してみたいことがある。
……真奈美を呼び出したのもそのためだ。俊敏型のお前なら良い練習相手になるだろう。
……それに、真奈美の事例を踏まえ、可能性は低いが期待していることがある」
「何スか?」
「……それは、ん?」
花子はスマートフォンが新着を知らせる音を鳴らしたため画面を確認すると、夏樹から弥兎の家の場所を尋ねるメッセージが届いていた。
(……唐突だな)
「あの~、クマさん? そろそろ続きしましょうか?」
ペットボトルの蓋を閉め、真奈美はその場から立ち上がる。
「……ん? ああ」
画面を見ながら少し躊躇したが、花子は決断を下す。
(……確認を取らず個人情報を伝えるのは憚られるが、今はさっさと再開したい。
……悪いな、弥兎)
花子は弥兎の住所をメッセージで伝えると、スマートフォンの電源を切る。
ストレッチをしながら、真奈美は疑問をぶつけた。
「クマさんは、どうして自分にここまでして下さるんスか?」
「……いずれは一人一人の力が欠かせなくなると考えているからだ。
……私達の憑依体は万能ではない。突出した能力がある一方不得意な面もある。
……だからこそ、全員が力を使いこなせるようになれば、どんなヤツが現れても対処できる。
……真奈美、前にも言ったが――」
「はい?」
「――……私は襲ってくる敵が、アサブクロと処刑女だけとは考えていない。
……今よりも厄介なヤツは、必ず現れるだろう」
「ああああぁぁ~……」
頭が痛い、熱を帯びている。久々に脳みそを使うと引き締まっていくような感覚に陥る。
課題を始めてから、およそ一時間――。
お姉さん組に見守られながら、私は嫌々問題を解き続けていた。
「こんなの習って、何の役に立つのよ」
「生きておりますと、思い掛けないところで役立つこともありますわよ」
「そう言われてもね……シシ子、これは?」
英語の問題集を解きながら、分からないところがあるとシシ子に訊いていた。
「dual――二つの、二重の、という意味ですわ」
暫くすると、また分からないところが出てくる。
「これは?」
私が指し示すと、シシ子は該当箇所を覗き込み答えてくれる。
「spiral――らせん状に巻くまたは動くという意味ですわ」
教えてもらいながらある程度問題を解き終えると、英語をやる集中力が切れたため、今度は科学の問題に取り掛かった。
ばねに重りを付けた時に何センチ伸びるかという問題だ。
数学でもないのに、何故数字を求めなければならないのだ。
シシ子は解き方を教えながら、先程学んだこととも関連付け、出来るだけ私が勉強に興味関心を持つように工夫してくれていた。
「これこそ、先程のスパイラルですわ。
ばねは引っ張ったり、押し縮められたりすると、元に戻ろうとする弾性という性質を持ちますの。
実物があれば……あっ、失礼しますわ」
シシ子は私のボールペンを手に取り、先端を分解して中にあるばねを取り出す。
「このばねの一本しかないところだけでは脆く、強引に曲げれば変形してしまいますわ。
しかし、このようにらせん状にして押し縮めると遥かに強度を増しつつ柔軟性も維持出来るのです。
このばねの仕組みは、建築物からこのボールペンなどわたくし達の身近な物へと活用されておりますわ。
こうした学びや発見の積み重ねが現代のさまざまな場面で取り入れられ、わたくし達の日常を便利により豊かにしてくれますの。
わたくし達が今学んでいる事が、将来誰かの、何かのお役に立てると思うとワクワクいたしませんか?」
「いや……そこまで高い志を持って勉強してないから……」
「シシちゃん、シシちゃんっ! あーしにも貸して!」
「はい、どうぞ」
ギャル子はばねを受け取ると、押し縮めては戻す動作を繰り返して遊びだした。
「あっ!」
縮めた状態を維持しようと力を込めていたところ、ギャル子は指先を滑らせばねは吹き飛んでしまう。
「ふへへぇ~んっ! ウサちゃ~んっ! ばねがどっか行っちゃったしぃ~!」
「探しなさいよっ! 書けないでしょ!」
「ふへへぇ~んっ! ひなちゃ~んっ! 手伝ってぇ!」
「今、行くよぉ~」
あれから何とかボールペンを元通りにし勉強を再開していると、ひなたは時刻と外の様子を確認して声を上げる。
「みんなごめんねぇ~私、暗くならないうちに帰らないとだからぁ」
「うんうん、今日はこの辺で良いんじゃない? シシちゃん」
「そうですわね。あまり長々とお邪魔するのもご迷惑でしょうし、そろそろ弥兎さんの親御さんもご帰宅されるかもしれませんわ」
「……、私は別に構わないんだけど……」
シシ子は立ち上がると微笑みながら答えた。
「お気遣いありがとうございます。ですが、今日はこの辺で失礼いたしますわ」
帰り支度を始める皆に、私は今後の予定の確認を取る。
「明日はどうすんの?」
「弥兎さんがよろしければ、わたくしは明日もお付き合いいたしますわ」
「あーしも宿題持ってきてやろっかなぁ」
ひなたは胸の前で両手を合わせて賛同する。
「うん。みんなで勉強会にしようよぉ」
「それでは、十時頃からでもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ。正直、人がいる方が私もやるだろうし」
ギャル子とひなたが靴を履いていると、シシ子は思い出したようにこちらへ向き直り、私に接近して両手を包む様に握ると、ぐいと顔を近づけながら言葉を掛けてきた。
「弥兎さんっ!」
「何……?」
(近い……)
「頑張りましょう!」
「っ! ええ、今日はありがとね、シシ子。
やるだけやってみるわ」
「はい!」
「ウサちゃん、またねー!」
「また明日ね、弥兎ちゃん」
「お邪魔しましたわ」
三人を見送り振り返れば、静まり返った部屋に私だけが残った。
「……」
テーブルの上に開きっぱなしになった問題集の前に戻ると、私は静かにペンを握る。
(もう少しやるか)
「夏樹さん、ひなたさん」
弥兎のアパートを出た直後、董華は前を歩く二人を呼び止めていた。
「んっ?」
「なぁ~に?」
「あの……、お二人には前もってお伝えしておこうかと思いまして……」
「どうしたの? シシちゃん」
董華は意を決して伝える。
「実は――ある計画がございますの」
よろしければ、ブックマーク・評価をお願いいたします。




