第81話 雑誌
「うぅ~……」
私はボロアパートの自室で、大の字になって寝転がっていた。
冷房で冷やされた室内は、実に快適である。
古い型ではあるが、こんなボロアパートにもエアコンは完備されているのだ。
年々危険なレベルで暑さが増しているこの時期になると、おばちゃんは頑なに冷房を使いたがらない年老いた住人へ積極的に声掛けをして使用を促している。
私はというと――蒸し暑さを感じてからは毎日稼働させていた。
こればかりは電気代など気にしてはいられない。
世間は夏休みに入り、既に最初の月が終わろうとしている。
(“いっぱい遊ぼうねぇ!”)
ギャル子はそう言っていたが、いざ夏休みに入ると、私は皆と一度も顔を合わせてはいなかった。
私と違い普通の学生である彼女達には友人関係、家の用事、習い事など契約者である傍ら色々とやらなければならないことがあるのだろうと思い、こちらから不要な声掛けはしないようにしていた。
(あいつら、今頃何やってんのかしら……)
顔を横へ向けて、視線を天井の木目から真横へ移す。
「う~ん……」
そこには右腕がすっかり元に戻った“ロリポップ”が”突っ立っていた。
“ギロチンの処刑女”に切断された時はどうなるかと思ったが、“ロリポップ”の腕は時間を掛けて少しずつ再生し、あれから数週間経った現在は完全に元に戻っていたのである。
損傷しても再生することは分かったが回復には時間が掛かるため、その間の戦闘には不都合が生じる。
やはりこの様な事態は避けるのが賢明だろう。
そんなことを考えながら、時間があっても金のない私が猛暑を乗り切るために出来ることは、引きこもるだけなのであった――。
駅の改札前――。
「あっ!」
夏樹は待ち合わせの相手の到着に気が付き、腕を大きく振って声を上げる。
「シシちゃ~んっ!」
「お待たせしましたわ」
待ち合わせの時間に無事合流できた二人は、早速目的の場所へ向けて歩き始めた。
夏樹と董華が目指しているのは、開業してから一年程経つ大型のショッピングモールである。
食料品、家電、雑貨と必要な物は一通り揃い、飲食店やゲームセンター、映画館などのアミューズメント施設まで完備されている。
休日をここで過ごす人も多く、早くも近隣住民のみならず地域の人にも親しまれている場所になっていた。
目的地へ向かいながら、董華は夏樹へ気持ちを伝える。
「本当にお誘いいただけるなんて、嬉しいですわ!」
「えぇ~、あーしマジで言ってたんだかんね! それに、ここには一度来てみたかったしぃ!」
「できたのは存じておりましたが、わたくしも足を運ぶのは初めてですわ」
「あーしらのとこからは、ちょっと遠いからねぇ」
「これほど大きいと郊外に建てられがちですものね」
周りの人が吸い込まれるように集まっていくショッピングモール、その流れに乗りながら二人も店内へと入っていった。
正面入り口から進むと交差し合う幾つものエスカレーターとエレベーターがあり、その先にある中央広場は吹き抜けになっていた。
吹き抜けの天井部分は透明なドーム状の屋根が設置されており、大量の照明と共に店内全体を明るく照らしている。
「シシちゃん! 最初はコスメ見に行っていい? あーし、気になるのがあって!」
「勿論、御供いたしますわ!」
早速ショッピングを開始した夏樹と董華は、初めにコスメコーナーへやって来ると、そこには色とりどりの商品が宝石のように眩しく綺麗に陳列されていた。
「わぁ~! これ可愛いしぃ~!」
大量のコスメを前に夏樹の気分は高揚する。
「夏樹さんはメイクが良くお似合いなので羨ましいですわ」
「シシちゃんは綺麗系だからナチュラルな方が似合うかもね」
夏樹は自分用には目当てのコスメを選び、董華には化粧水を購入しプレゼントした。
遠慮しながら好意を無下にするのも失礼と思い、董華はそれを受け取るのであった。
夏樹の買い物が済んだところで、他の店を見て回ると董華は花屋の前で足を止める。
「まあ、素敵ですわ!」
「シシちゃん、お花好き?」
「はい。母の影響もあり、我が家にはアーティフィシャルフラワーとプリザーブドフラワーが沢山ありますわ」
「アッ、アーティ……?」
「ふふっ! すみません、造花のことですわ。
はっ……! そうですわ!」
閃いた董華は夏樹の両手を自分の両手で包む様に握ると、顔をぐいと近づけた。
「先程のお礼に、夏樹さんにはソープフラワーをプレゼントいたしますわ!
香りも良く、お肌にも良いですわ!」
「マジっ!? ありがとう、シシちゃん!」
結果的に互いの好きな分野で、相手に合いそうな物を送り合うこととなった。
その後はぶらぶらと歩き回り、ウィンドウショッピングを楽しむ。
さらに上の階へ向けてエスカレーターに乗り込むと、周囲を見渡せば買い物を楽しむ利用客が一望できた。
各階のエスカレーター乗り場の前にはベンチが設けられており、休憩スペースとなっている。
そこを抜けると、次なる目的地である書店へと辿り着いた。
目的は董華が欲している参考書である。
フロアの一角に広々とある開放的な書店。
到着して直ぐのところには、今月発売の様々な種類の雑誌が平積みされていた。
それらが置かれている大きな四つ足のテーブルにはテーブルクロスが床すれすれの長さまで敷かれ、下が見えないようになっている。
夏樹はその中から、ある雑誌を目にして思わず声を上げた。
「ああ~っ! シズちゃんだぁ!」
夏樹の気を引いた雑誌の表紙には、同世代の三人の少女がオシャレな服を着こなしながらポーズを決めている姿があった。
そのセンターに居るのが読者モデルの“SIZU”である。
雑誌を手に取る夏樹の隣へ董華がやって来ると、同じくその表紙へ目をやった。
「有名な方ですの?」
「うう~ん、世間的にはまだまだかなぁ。でも、あーしは凄い注目してて!
マジでオーラあるしぃ! 何でも似合うしぃ! この子は絶対伸びるよ! シシちゃん!」
「ふふっ! これから活躍される方を予想するのは楽しいですものね」
「うんうんっ! それでね! この二人の子はシズちゃんの同期で、みんな可愛いんだけど、あーしはシズちゃん推しなの!
たしか表紙を飾るのは、これが初めてじゃないかな!」
夏樹は董華の方へ体を向け、話しに熱が入る。
「まあ! 確実に結果を残している方達なのですね!」
「そうそうっ! もう~今日が発売日ってすっかり――」
夏樹が再び平積みされた雑誌へ体を向けると、コスメの入った紙袋がポップに当たり、ひらひらと台の下へ滑り込みながら落ちてしまった。
「ヤバっ!」
屈んでテーブルクロスの下へ夏樹が手を伸ばすと、ある物に気付いた。
「あっ!」
「どうかされましたの?」
「シシちゃん見て!」
立ち上がった夏樹の手には、ポップに加え件の雑誌と同じ物があった。
だが、その表紙には油性ペンで筆記体の“SIZU”というサインがデカデカと書かれ、端には小さく“先”という文字、その下には点のようなものが記されていた。
「これシズちゃんのサイン入りだよっ! ヤバくないっ!
それに……“先”? 先のステージで待ってるから追いついてこい的な?
シズちゃんからファンへのエール!?」
テンションが上がっていく夏樹の横で、董華は冷静に意見を述べる。
「と言うより、何かを書き掛けていたのではないでしょうか?
しかし、何故そのようなところに?」
SIZUのサインを前に興奮を抑えきれない夏樹の耳には、董華の声が届いていない。
「うん! あーし、これ買う!」
「あの、床に落ちていた物ですわよ? それにサインもご本人のものか分かりませんわ」
「こうすれば平気だしぃ~! 本物だったら宝物になるしぃ~!」
夏樹は気にせず埃を掃うと大事そうに確保しておくのであった。
その後は董華が目的の参考書を見つけると、二人とも会計を済ませる。
昼食を挟み、最後に上の階を見てから帰ることとなった。
「上は雑貨がメインっぽいねぇ」
「わたくし、素敵な小物を見るのが好きですの!」
「あーしも好きぃ~!」
談笑する二人をエスカレーターが運ぶ。
降りるタイミングが近づいてくると、乗り場の前のベンチが見えてきた。
そこには一人の少女が座っており、普通の人には見えないモノへ話し掛けている。
「いいのが見つかって良かったねぇ~、“まくら”」
その一人と一体を目にして二人は声を上げた。
「あっ!?」
「まあ、あなたは……!」
彼女は自分へ向けられた声に気付くと、寝ぼけ眼のまま首を少し傾け、間の抜けた声を発した。
「ふへぇ?」
二人は海水浴の日に画像で確認していたため、ヒツジ型のキラー・スタッフト・トイを連れているその人物がひなたであることはすぐに分かった。
互いに挨拶を済ませると、三人はベンチに腰掛けながら会話を続ける。
「じゃあ、やっぱり! ウサちゃんが言ってた、ひなちゃんなんだねぇ!」
ひなたは胸の前で手を合わせながら答えた。
「うん。私もみんなのことは弥兎ちゃんに教えてもらったよぉ。
夏樹ちゃんと董華ちゃんだよねぇ。
えへへ、こうして二人とお話し出来て嬉しいなぁ~」
「まあっ!」
董華はひなたの両手を包む様に握ると、顔をぐいと近づけた。
「わたくしも嬉しいですわ! ひなたさん!
共に協力してこの事態を乗り越えましょう!」
「うん!」
ひなたは弥兎のことを思い返す。
「弥兎ちゃんかぁ~、あれから会えてないなぁ。
何度か誘ってもらったのに、私の都合でお断りしちゃってたし、申し訳ないよぉ……」
「お忙しいのなら仕方ありませんわ」
「ひなちゃん、今は大丈夫なの?」
「うんっ! 一段落ついたからねぇ」
「じゃあさ、じゃあさっ! 今から会いに行こうよ!」
「ふえ?」
弥兎の元へ夏樹から電話が掛かる。
「はい」
「もしもーし? ウサちゃん? 今、暇?」
「暇だけど?」
「今、家?」
「ええ」
「おーしっ! じゃあ、今からみんなで行くね! じゃね~っ!」
「ふーん……えっ? ちょっと、ギャル子っ!?」
既に電話は切られていた。
余りに唐突なやり取りに暫し通話の終了画面を見つめながら、弥兎は声を漏らすのであった。
「今……“みんな”って言った?」
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