第80話 消費
「これで、九人目……。このドール・ゲーム、どれだけの契約者がいるのかしら」
「……参加者の人数が初めから決められているのか、今尚増え続けているのかも不明だな」
「生き残る……。それが襲ってくるキラードールを倒しきることなのか、キラー・スタッフト・トイを所有する最後の契約者を決めることなのか、もう少し様子を見た方がよさそうね」
「……後者の場合、数ヶ月敵キラードールを見なくなってから判断するべきだろう。
……前者だとしたら、襲ってくるキラードールに処刑女が加わり状況が進展していれば、必ず現れるはずだ――」
クマ子は神妙な面持ちで言葉を発する。
「――今よりも、強力なキラードールが」
一同が言葉を失っていると、空気を変えたのはシシ子だった。
「皆様は今日、何処かにお泊まりですの?」
彼女は別の話題へと変える。
実際、これ以上考えていても結論は出ないだろう。
「いえ、日帰りのつもりだから、ぼちぼち帰るわ」
「そうっスね」
「うっ、うん。なんだか疲れちゃったし」
「それでしたら、わたくしもご一緒してよろしいでしょうか?」
「あれ? シシちゃん地元の人なんじゃ?」
私もてっきりそう思っていた。
「わたくし此処へは電車で参りましたが、皆様はどちらにお住まいですの?」
私達はそれぞれの住まいを教え合う。
聞けば、シシ子は私の所よりもずっと都心の方に住んでいた。
電車を使う必要はあるが、会えない距離ではなかったのだ。
「なんだぁ~っ! シシちゃんと会いづらくなるかと思って、心配しちゃったしぃ~」
「わたくしも、皆様が地元の方でしたらどうしようかと思いましたわ」
シシ子は懸念要素が払拭されたことで、胸を撫で下ろす。
「それでは、わたくし祖父母に挨拶してから戻りますので」
「それじゃあ、海水浴場の正面入り口で待ち合わせにしましょう」
「分かりましたわ」
その後は互いに連絡先を交換し、先にこの場を離れたシシ子を見送ってから、私達は荷物をまとめて入り江を後にした。
森の中を進み海水浴場へ戻る道すがら、私はここでの出来事を思い出した。
「そういえばクマ子。個体差について気になっているもう一つのことって何だったの?」
「……ん? ああ……」
私が尋ねた内容について、彼女は話し始めた。
「……先に確認しておきたいんだが、弥兎、真奈美、お前達が特殊能力を行使する際、魔力の消費量を表現するとしたらどんな感じだ?」
「えっ? う~ん、こう……ちょっと減る感じ?」
「そうっスね。自分も一本出す毎に少量減る感じでしょうか」
クマ子には予想通りの回答だったようで、特に反応を示さずに残りの二人にも尋ねる。
「……夏樹、らむね、お前達はどうだ?」
「あーしは、ぐぐっと減る感じ?」
「そっ、そうだね。表現しろと言われると難しいけど、少量というよりかは……そこそこ減る感じだったかな?」
「……私も同じだ」
私は彼女が言わんとしていることが分かった。
「クマ子、まさか……」
「……ああ。お前達の特殊能力の使用頻度を見て感づいていた。
……特殊能力における魔力消費量は憑依体によって異なると。
……私達が戦闘中、お前達のように特殊能力を多用しないのは、それを続けているとすぐに魔力が尽きてしまうからだ。
……弥兎や真奈美の能力は決定打になり得るものではないが、魔力消費量が少ない代わりに行使可能回数が多い。
……私達の能力は魔力消費量が並であるため必然的に発動回数が制限されるが、逆転の一手になり得る。
……だからこそ、戦闘では使いどころを常に見極めている」
らむねとギャル子は、クマ子に同意して小さく頷いていた。
「そうだったのね」
「……単純に言えば、魔力消費量が多いほど能力が強力であるという事だ。
……今後、まだ見ぬ契約者の中に大量の魔力を消費して強力な特殊能力を扱う者が出てくるかもしれない」
「もしも敵対した場合、そいつ等には注意が必要って訳ね?」
「……いや、最も厄介なパターンの者が居る」
「どんな奴よ?」
「……お前が良い例だ。一見脅威でなさそうな能力も応用次第では強力なものとなる。
……戦闘において、相手の能力が魔力消費量の多いものだと分かれば、発動を誘発させて魔力を枯渇させる。これで勝利への可能性は広がる。
……だが最も厄介なのは、魔力の消費が少なく能力が強力な奴だ――」
クマ子は少し怖い顔をして告げた。
「――……このパターンの契約者と争うことになれば、ドール・ゲームにおいて最大の敵となるだろう」
「では、お爺様、お婆様。また来ますわね」
高台にある祖父の家を後にすると、董華は海へ向かって伸びる一本の坂道を真っ直ぐ下る。
街並みと光輝く海、水平線の先で人々を照らす太陽が同時に臨めるここからの眺めは、彼女のお気に入りであった。
建ち並ぶホテルや民泊を通り過ぎて下りきると、乗船場の前にある観光案内所へ辿り着く。
一階のフロアの壁や天井には浮き輪などが吊るされ、海水浴に必要な物が全て揃うようになっている。
地元の特産品をはじめとするお土産も多く取り扱い、この辺りでは最大規模の土産物屋でもあった。
その中には、本土でも購入できるように籠鳥島関連の物もある。
帰宅を始める観光客が旅の思い出と共に土産物を抱えて店を後にする中、董華は一人の人物に声を掛けられた。
「あれぇ~? 董華?」
「?」
声の主の方へ彼女は振り返った。
「あ~っ! やっぱり董華だぁ!」
「澪さん、お久しぶりですわ」
董華と歳の近い活発な少女は、彼女の元へ駆け寄ってきた。
「何だあ、来てるなら言ってくれればいいのに」
「今日は、祖父母に顔を見せに来ただけですので。
それより、澪さんがこちらにいらっしゃるということは買い物ですの?」
「そそ! もう戻るとこ!」
購入品が入ったビニール袋を澪が見せつけアピールし終えると、二人は周りの邪魔にならない所へと移動し、柵の前で乗船場からフェリーに乗り込む人を眺めながら話し出した。
「観光客の方への宣伝は順調ですの?」
「当然! この観光大使である白石 澪がバッチリ案内してやりましたよ!」
「“自称”……ですわよね。
勿論、澪さんの島への情熱は素晴らしいですわ」
「当ったり前よぉ! この間だって、田舎から来たって娘達と婚約済みのカップル……それと結婚四十年目だって言う熟年夫婦に付きっきりで案内してたんだから!」
「お邪魔にならない程度でお願いしますわ……」
思わず呆れ顔になっていた董華は、話し終えた澪の表情が徐々に曇りだしたことに気付いた。
「どうかなさいましたの?」
澪は寂しげに海を見つめながら、おどけた口調で答えた。
「また一人……若者が出ていきましたよ……」
「まあ……」
「どうしてかなあ……、私はあの島が大好きだから、島の未来を一緒に担ってくれる子達が本土に行っちゃうのは悲しいよ」
「澪さんのお気持ちも分かりますが、お一人おひとりにはそれぞれが望む未来がありますわ。
それを個人の想いで留めさせるのは難しいかもしれませんわね」
「分かってはいるんだけどね……」
気落ちしている澪へ董華は言葉を掛ける。
「ですが、わたくしは何も心配しておりませんわ。
澪さんのような熱い想いを持った方がいらっしゃる限り、籠鳥島は決して衰退したりなどいたしません。
あなたの想いは訪れた方々を引き付け、やがては居住者を増やし、島の伝統と賑わいも続いていく……わたくしはそう信じておりますわ!」
董華の熱弁に気落ちしていた澪の心情は和らいだ。
「ふっ、ありがとう董華。ちょいと説得力には欠けたけど、元気出たよ。
うん、だね……私がへこたれてちゃ駄目だよね」
「その意気ですわ! 澪さん! 先日のお祭りも大成功だったのでしょう?」
「うん、内の“巫女ちゃん”がしっかりやり切ってくれたよ」
「それは良かったですわ!」
ニコニコしている董華を前に澪は話しを続ける。
「董華の方は、なんだか嬉しそうだね」
「はい! 今日は素敵な出会いがありましたの! わたくしは必ず、打ち解けてみせますわ!」
「そうかい。……さてと! そろそろ行くかな」
「わたくしも人を待たせておりますので」
「今度はちゃんと遊びに来なよお」
「是非に……と申したいですが、しばらくは難しそうですわ。
色々と立て込んでおりますので……」
「そっか。まあ、獅子上家の長女ともなれば色々忙しいわな」
「んー……」
董華は隣に居る“キング”を横目で見る。
「またねー、董華!」
「はい、また」
フェリーに乗り込む前に、澪は海岸沿いの歩道を歩く董華の後ろ姿に目をやる。
他の歩行者の妨げにならないよう脇によって歩くのは彼女らしい気配りであったが、普通よりも窮屈そうに端に寄っていた。
(まるで誰か隣に居るみたい……、ま、いっか)
「お待たせしました!」
シシ子と合流できた私達が駅へと向かい出すと、ギャル子が皆を見て声を上げる。
「うんうんっ! シシちゃんも加わってこれで六人になった訳だしぃ、みんなが居れば怖いもの無しだね!
あっ! ワンちゃんも入れれば七人かぁ」
「……あいつはどうだろうな」
「ワンちゃんって、どなたっスか?」
「わっ、私はもう大した力には……」
「そうだ! すっかり言い忘れてたわ!」
契約者の話になって、私はふと思い出す。
「みんなに伝えてなかったけど、私の知り合いにもう一人契約者が居るのよ。
名前は小日辻 ひなた。ヒツジ型のキラー・スタッフト・トイの契約者で、ふわふわした雰囲気をしているから会えば分かると思うわ」
私の話を聞いていると、クマ子はスマートフォンを操作し画面を皆に見えるようにしてきた。
「……こいつだろ」
「えっ?」
画面には、駅で私とひなたが向かい合っている画像が映し出されていた。
だが、私がひなたに会ったのは一度だけだ。
ということは――。
「あんた、あの日ここに居たの?」
「……ああ。夏樹の代わりになる契約者を探していたからな」
(全然気づかなかった……。つまりあの日、駅周辺には四人も契約者が居たのか)
「とにかく、この子は敵じゃないから覚えておいて。ひなたには私からも話しておく」
皆はひなたの容姿を確認する。
「優しそうな子だね」
「仲良くなれそうですわ」
彼女の特徴を周知出来たところで再び歩き出すと、私は海へ目をやった。
朝、出迎えてくれた海は愉快な一日の始まりを告げていたが、今では波の音が哀愁を響かせている。
「あと数日行けばいよいよ夏休み、夏本番って感じっスね」
「うん! いっぱい遊ぼうねぇ!」
「課題を終わらせるのが優先ですわよ」
「それもやるけどぉ~。あーし、シシちゃんとショッピングにも行きたいしぃ」
「まあっ! わたくしも行きたいですわ!」
「ねっ! 行こ! 絶対行こっ!」
「参りましょう!」
はしゃぐお姉さん組を背にしながら、私はこれからの事を考えていた。
そう――、この時の私は想像もしていなかっただろう。
この夏が私にとって、生涯忘れられないものになることを――。
レオリィ編 完 次回へ続く。
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