第2話 遭遇
しかし、危険がないと分かれば途端に優越感に浸れた。この世界でこんなヤツと接触出来た人間がいるだろうか。やはり世界は私を中心に回っているのかもしれない。
「アンタどこから来たの? 名前は?」
いくつか質問してみる。
ソレは質問する度、左右へ首をかしげるだけで何も答えない。
こちらの意図が理解できない犬がこんな反応をする。言葉が通じないのだろうか。
「名前が分からないんじゃ、私がつけてあげる」
喋れないだけかもしれないが、とりあえず“分からない”ということにした。
「アンタの名前は“ロリポップ”」
そう告げると慣れた手つきで、ウエストポーチから出したロリポップを私は口へ頬張る。
ソイツにロリポップと似た箇所があった訳ではない。
危険じゃないと分かった時から、とうに口内のロリポップを切らしている事を思い出し、早く次を舐めたいと頭の中はそのことでいっぱいだったのだ。
とにかくどっと疲れた。早く帰ろう。私が歩き出すと“ロリポップ”もその後をついてきた。
路地を抜けると予想通り駅前へ出られた。
開けた通りの先には広場があり、その奥に駅の入り口が見える。この時間は人の往来も激しい。
駅へと歩みを進めているとある事にはっと気づく、今日は動くぬいぐるみと一緒ではないか。
後ろを振り返り周囲の人の反応を窺うが、誰もコイツの事を不思議がってはいない。
行きかう人がコイツに触れたかと思うと、接触した部分は半透明になりそのまま通過する。他の人には触れられず、見えもしない。
私は手前へ曲がった“ロリポップ”の片耳を触ろうとする。
「あれ?」
思わず間抜けな声が漏れた。
私が触れようとしても周囲の人と同様、接触したと思えば“ロリポップ”は透けてしまい触れない。
何とか触れようと試みて、自分の腕をぷらぷらとさせる。周囲の人に今の私は、さぞ間抜けに見えていることだろう。
「さっきは触れたのに……」
そう疑問に思ったが、今はタイミングが悪いのだろうという事にした。
いや、納得などしていないが今日はこれ以上深く考えたくなかった。
今より訳の分からない事など起きるはずがないのだから。
だが、その予想は瞬く間に打ち砕かれた。
再び歩みを進めようとした先に奇怪なソレがいた。
頭に被った麻袋には雑な顔が描かれている。下半身や腕もまた大きな麻袋で覆われ、腕の先は釘のようなものが飛び出していた。
上半身からは辛うじて人肌が見えることから、中身は人間であるのだろうが、その血色の悪さからとても生きているとは思えない。
一枚の麻袋を両足で履いているため歩きづらそうによたよたと、だが確実にソレはこちらへと近づいて来ていた。