第73話 海水浴
弥兎達五人は三連休の合間の日程を調整し、海水浴へ行くこととなった。
待ち合わせ場所である駅へやってきたらむねは、既に到着していた花子と夏樹の元へと向かう。
「おっ、おはよう、熊見さん……。それと……」
らむねは花子へ挨拶を済ませると、恐る恐る夏樹に顔を向ける。
彼女は自分の後ろに居るキラー・スタッフト・トイを隠すように立つと、目をパチクリさせながら期待の眼差しを向けていた。
「気になる? 気になる!? らむちゃん!」
食い気味にくる夏樹に、らむねは答えた。
「えっ? いえ……、アルマジロの人ですよね? 東林さんから聞いています」
「ふへへぇ~ん……」
驚かせられなかったことに落胆しつつも気を取り直した夏樹は、横向きにしたピースサインを目元に当て、ウインクしながら自己紹介をする。
「あーしは犰狳雌 夏樹! よろしくねっ!」
「ひっ、樋郡 らむねです」
「うんっ! あーしもクマちゃんから聞いてるよ!」
らむねはガツガツくる夏樹に対し、体を強張らせる。
(ギャルの人だ……。いじめられたりしたらどうしよう……)
「ん~?」
らむねの様子を見た夏樹は企む様に目を細めると、彼女へ抱き着く。
「うりやぁっ!」
「わあっ!? きゅっ、犰狳雌さんっ!?」
「もお~っ! らむちゃんお堅いしぃ~! もっとリラッ~クスして、今日は目一杯楽しもうよぉ~!」
「えっ!? あの……! 熊見さん!?」
「……夏樹はそういう奴だ。諦めろ」
らむねは花子へ助けを求めるも、彼女はスマートフォンをいじったままで気に留めてはくれなかった――。
私が待ち合わせ場所へ着くと、らむねはギャル子に抱き着かれていた。
「朝から騒がしいのね」
「……今更気にすることじゃないだろ」
興味なさげにスマートフォンをいじるクマ子に声を掛けると、私は今居るメンバーを確認する。
数日前に到来した台風は過ぎ去り快晴となった今日は、絶好の海水浴日和と言えるだろう。
各々着替えやタオルが詰まったビーチバックを持っており、まだ来ていないのはハム子だけであった。
ひなたにも声は掛けたが、フェルトアートのコンテストへ提出する作品を制作している途中であるため時間が取れないとのことだった。
申し訳なさそうな声と共に夏休みに入れば時間が作れると話しており、無理強いは出来ないので、またの機会にするとしよう。
「ハム子は? まさか、また寝坊じゃないでしょうね」
「んっ? あっ! ハムちゃんから連絡きた!」
スマートフォンのバイブレーションに気づいたギャル子は、らむねから離れると届いたメッセージを確認する。
「あちゃ~」
「なんて?」
「うん……。間に合うようには出たっぽいっけど、反対方向の電車に乗っちゃったって」
「じゃあ、さっさと次の駅で降りて戻りなさいよ」
ギャル子はハム子からのメッセージの続きを読む。
「ハムちゃん乗ったの急行だしぃ~……」
(何やってんのよ、あいつ)
ギャル子は少し考えてから声を上げた。
「じゃあ、あーしここで待ってるから、みんなは先に行ってて」
今日に至るまで、私達は何度もやり取りをしていた。
私達が向かう浜には、白い柱に白い屋根が付いた通称“日陰エリア”がある。
誰でも利用出来るが、当然その場所に入れる人数には限りがあるため、実質早いもの勝ちなのだ。
浜での休憩中、日に晒されないように過ごせるかはこの日陰エリアの確保に懸かっている。
そのためなるべく早く現地入りしたいのであった。
「それじゃあ、私達は先に行って場所を確保しとくから、ハム子のことは任せたわ」
「もち! あーしにお任せだしぃ~!」
笑顔でサムズアップをするギャル子を残し、私とクマ子とらむねは出発することにした。
「行きましょう、らむね」
「うっ、うん」
「あれ? 髪型変えた?」
「まっ、前髪だけ留めてみたの……。変かな?」
らむねは恥ずかしそうに前髪をいじる。
「良いじゃない、似合ってる」
「~~っ!」
良く分からないが、らむねは手をもじもじとさせて照れているようだった――。
先発組である私達はさっそく電車で海へと向かう。
しばらく電車に揺られた後、私はこれまでの事をクマ子に話しておくことにした。
「体調はもう良いの? クマ子」
「……ああ。これだけ安静にしていれば十分だ。
……私が居ない時のことは夏樹から断片的に聞いてはいるが、お前の方は?」
クマ子は流し目を私へ向ける。
「ええ。幾つか報告があるわ」
私は遭遇した処刑女の事を話した。
また、あれからもゾーンの検証を一人でいる際には何度か試みていた。
「結果として、ゾーンの展開時間は17分。再発動までに要する時間は4時間。これは間違いないわ。
それと、ハム子の特訓をした日に遭遇した処刑女との経験で気付いたことがある。
最初に“微笑みの処刑女”とアイアン・メイデンに遭遇した時は偶々二体の処刑女に出くわしたと思っていたけど、“振り子の処刑女”は“恥じらいの処刑女”との合体を、“吊り天井”は“床槍の貴婦人”とセットで居ることで一つの処刑方式を完成させていた。
つまり――」
クマ子は私の言葉の続きをぼそりと呟く。
「……連中は二体一組で行動している、という事だな?」
「ええ。あんたがアイアン・メイデンに初めて遭遇した時には気付かなかったの?」
「……私の時はヤツだけだったからな。
……もしかしたら契約者かドールを探していたヤツらの内、アイアン・メイデンだけが私達を見つけ襲ってきたのかもしれない」
「未だにキラードールの攻撃対象がどっちなのかはっきりしないものね……」
私が腕組みしながら考え込むと、らむねは声を上げた。
「東林さん達はすごいなぁ。私も何か役に立てれば良いんだけど……」
不甲斐なさを感じてか、らむねはそんなことを呟く。
「……お前は役に立っているぞ、らむね。
……ドールを持たない契約者という立場の者は、お前以外に居ないからな。
……前も話したが、敵キラードールがお前をゾーンに引き込むかどうかで、攻撃対象がより明確になるだろう。
……それだけ危険だが重要な役目を任せている。らむねは十分に役に立っているさ」
「熊見さん……、ありがとう」
「まあ、私としてはらむねがドール・ゲームから脱落扱いであることを願うわ」
(そうじゃないと……、まるで終わらせる方法が……――)
「わあっ! 見て二人共!」
車窓から見える景色は、木々で覆われていた山々を抜けると日差しでキラキラと輝く大海原へと変わった。
「おお~、クマ子っ! 海よ! 海が見えたわ!」
テンションの上がった私は景色を指差しながら、クマ子の肩をバシバシと叩く。
「……そうだな」
私の興味が景色へ移ったことを察したクマ子は、スマートフォンの操作に戻ると適当な返事をした。
流れる景色の中で海岸沿いを歩く親子を見かけると、小さい頃母に連れてきてもらったことが思い返された。
まだ二人だけで、笑顔の絶えなかった頃を――。
やがて目的の駅へと到着する。
駅を出ると海岸沿いの道路へ向かった。
歩道を進むと左側には海が広がり、通りには南国に生えていそうなヤシの木風の木が所々に植えられている。
車道を挟んだ右手側にはホテルが立ち並び、キャリーケースを引いている旅行客が目に映った。
砂浜へ降りるスロープを抜けると既に海水浴客が何人もおり、サーファーは波と戯れている。
「あっ、あれだわ」
日陰ゾーンを見つけると、さっそく場所取りへ向かう。
屋根の下には、四隅を杭で止められた大きなブルーシートが横並びに敷かれていた。
各ブルーシートにはビニールテープが十字に貼られ、一枚につき四組までが利用出来るようになっている。
ブルーシートに乗った砂を払い自分達の荷物を置くと、後からやってきた家族連れや若い男女のグループも次々と場所を確保していき、あっという間に利用客で埋まってしまった。
「先に出てきて正解だったわね」
「……そうだな」
返事をしながらクマ子は日焼け止めを取り出す。
「……弥兎、背中を塗ってくれないか? 届かん」
「あんた、少しは焼いた方が良いんじゃないの? いつも貧血みたいに見えるんだけど」
「……これは寝不足な上に低血圧なだけだ」
「分かっているなら、改めなさいよ」
「……お前は人に言われたら、飴を舐めるのを止めるのか?」
「止めないけど?」
「……それと同じだ」
(同じか……?)
上手く言いくるめられた気がする。
既に水着を着込んでいた私達は手早く着替えると、クマ子から日焼け止めを受け取り塗ってやることにした。
「あんたは華奢な背中してるわね。もっとしっかり食べなさいよ」
「成長ホルモンが出る時間帯に寝ていないだけだ。食べるものは食べている」
「分かっているなら……、まあ……いいわ。
クマ子、これ使ってもいい?」
「……ああ」
クマ子の背中を塗り終えると、彼女のを借りることにした。
「らむね、私の背中塗ってくれる?」
「ええぇぇ~っ!?」
らむねに頼むと、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「あっ、ごめん。嫌だった?」
尋ねると、今度は首をぶんぶんと振って否定してくる。
「じゃあ、お願い」
私は塗りやすいように長い後ろ髪を手で束ね、手前へ流す。
「しっ、失礼します……」
緊張気味ならむねに日焼け止めを塗ってもらうと、私も彼女の背中を塗ってあげた。
最低限の準備が整うとブルーシートの上で足を伸ばしながら、私達はギャル子達の到着を待つことにした――。
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