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メスガキラー  作者: わっか
吊り天井編

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第71話 遠心

 真奈美まなみは視線を落とし、“床槍しょうそうの貴婦人”を見やった。


 (先程の動きなら、あの方の元まで辿り着けるかもしれません。

 しかし刀や傘さんと、次々に奥の手を出されては迂闊に近づくのは危険かもしれないっス。

 実行に移すのは最後の手段にするっス……)


 真奈美まなみは頭を抱えた。


 (自分はナイフしか出せませんし、これではあの方の元まで届きません)


 その場でぐるぐる回りながら、思考を巡らす。


 (何か考えませんと! これ以上打つ手がないとウサさんに悟られてはいけないっス。

 きっと不安にさせてしまうっス!)


 さらに速度を上げてぐるぐると回る。


 (しかし……もう何も思いつかないっス! ああ~っ! どうしたらいいんスかぁ!)


 片足を軸にしてもう片方の足では小刻みに連続して地面を蹴り、独楽こまのように回っている真奈美を目にして弥兎みうは悟った。


 (何も手がなさそうだな……)


 真奈美まなみが土煙を立たせながら竜巻のように高速で回ると、背面のハム蔵の前足で握っているナイフは激しい回転によって水平になり、やがて保持力を失い離してしまう。


 凄まじい遠心力を受けたナイフはまるで弾丸のように放たれ、一瞬で“床槍しょうそうの貴婦人”の元へ到達すると体を貫いた。


 「ンアアッ……!」


 「えっ!?」


 「おっ?」


 “床槍しょうそうの貴婦人”は悲痛な叫びを上げると身悶える。


 「ハム子っ! それよ! その遠心投げナイフならアイツに届く!」


 「はいっ!」


 真奈美まなみの瞳が真剣な眼差しに変わると、“床槍しょうそうの貴婦人”を捉えた。


 (今、自分に出来ることを……!)


 再びハム蔵の前足にナイフを一本出現させ、計六本を構える。


 「ふうんっ!」


 真奈美まなみは左足を軸に右足で地面を連続して小刻みに蹴り上げ、独楽こまのようにぐるぐると回る。


 「失礼するっス!」


 土煙を立たせながら高速回転中にナイフを握る手を離すと、六本のナイフは一斉に“床槍しょうそうの貴婦人”へ放たれた。


 真奈美まなみの攻撃を警戒していた“床槍しょうそうの貴婦人”は細い刀身の刀を構えるが、尖ったシャベルのように刃が大きい彼女のナイフを受けきれず、接触した瞬間に刀は真っ二つに折れた。

 突き進む六本のナイフが、立て続けに“床槍しょうそうの貴婦人”の全身を貫く。


 「アア~ッ……!」


 苦悶の叫びを上げる“床槍しょうそうの貴婦人”に対し、一瞬で軸足を変えた真奈美まなみは高速で逆回転を始め、再度六本のナイフを出現させる。


 「御勘弁をっ!」


 弾丸のように放たれたナイフは三本が“傘女”に、もう三本が“床槍しょうそうの貴婦人”を貫いた。


 「アアアァァ~……!」


 工事現場全体へ響く断末魔を上げると、“床槍しょうそうの貴婦人”からは魔力が湧きだし、真奈美まなみへ吸収された。


 (ハム子の投げナイフ――。最初にやり合った時もそうだが……なんて精度だ。

 あの遠距離から全て命中させるとは)


 “傘女”と“床槍しょうそうの貴婦人”は黒い靄に包まれ、塵となって消滅していった。




 私の足元の床と両腕を貫く槍が消失していく。


 「腕は!?」


 意識を送ると、まだ動かすことができた。


 “床槍しょうそうの貴婦人”と共に黒い床は完全に消滅し、私は自由となったのだ。


 「動けるなら、こっちのものよ!」


 両腕の鉤爪かぎづめを立てると、七階ほどの高さまで降下した“吊り天井”の中心へ向けて駆け出した。


 「ハム子っ! あの顔に向かってナイフを!」


 「はっ、はい!」


 ハム子は遠心投げナイフを数本、巨大な“吊り天井”の顔面へ向けて放つが怯む様子はない。


 (吊り下がっている胴体が弱点か!)


 “吊り天井”の真下へ着くと、膝を曲げ渾身の力を込めて地面を蹴り上げた。


 「はああぁぁ~っ!」


 両腕を伸ばし、素早い斬撃を連続して放つ。


 「キャアアァァ~……!」


 吊り下がっているパラソル少女が見る見るうちに損傷していくと、弾けるように全身が吹き飛んだ。


 残骸からは魔力が湧き出し、私へ吸収される。


 「ウウゥゥゥ~ン……」


 着地した私は息を整えながら上を向くと、空は唸るように声を上げ、上空の“吊り天井”は消失していき灰色の空が広がった。


 「はあ……はあ……、勝ったぁ」


 二体の処刑女が消滅したことでゾーンは閉じられ、世界は色を取り戻した。

 私とハム子の憑依もまた解除されたのだった。


 「ウサさ~んっ!」


 ハム子はこちらへ駆け寄ってくる。


 私はそのまま彼女に抱き着いた。


 「ちょおっ!? ウサさんっ!?」


 困惑している彼女の両肩に手を置いたまま、私は歓喜の表情で声を掛けた。


 「やればできんじゃない! ハム子っ!」


 「えっ?」


 「おかげで助かったわ! あんたが居て良かった。ありがとうハム子」


 「ウサさあん……うぐっ……はいっ!」


 ハム子は瞳をうるませると、満面の笑みを返してくれた。



 私達はあかね色に染まった空の下、駅へ向かって並んで歩いていく中、ハム子が話し始める。


 「しかし、出会った頃はウサさんとこうして並んで歩くようになるなんて、夢にも思わなかったっス」


 「ほんとね」


 (今しかチャンスはない……)


 「ねえ、ハム子」


 「はい?」


 私が立ち止まって声を掛けると、ハム子は振り返った。


 「ごめんなさい」


 私は彼女に向けて頭を下げる。


 「ええっ!? ちょおっ! ウサさん!? どうしたんスかあ!? 頭を上げてください!」


 「私は……最初の戦闘で、あんたに怪我させちゃったことを謝りたかったの……」


 「ウサさん……」


 これこそが、私がずっと言おうとしていたことだ。


 「あの時は憑依体の力を制御できてなくて、勢い余ってハム子を傷つけた。だけど、脅かすだけで怪我させるつもりはなかったの。

 それでもやってしまった事実は変わらないから、ちゃんと謝っておきたかった。

 あんたは、仲間だから……」


 ハム子は私に優しい口調で言ってくる。


 「気に掛けてくれてたんスね。安心して下さい。ウサさんが悪いだなんて思ってないっス。

 怪我も治ってますし、へっちゃらっスよ!」


 「海水沁みるの気にしてた……」


 「うう……まあ、結構バッサリいっちゃってましたけど、とっくに傷口は塞がってますし平気っス!」


 「……」


 私の申し訳なさそうな顔を見て、ハム子は続けた。


 「もうお互い水に流しましょう!

 自分は今、ウサさんのお役に立てて、お仲間として認めていただけた。

 それだけで十分っスから!」


 「ありがとう、ハム子」


 顔を上げて再び歩き始めた私は、ウエストポーチからロリポップを取り出すと慣れた手つきで包みを剥がし、ゴミは地面へ投げ捨てた。


 「ああっ!?」


 それを見たハム子は慌てて包みを拾い上げ、私へ突き返してくる。


 「ウサさん! ポイ捨てしちゃ駄目っス!」


 「ん……」


 折角お互いに打ち解けたのに怒られてしまい、私はへそを曲げた。


 「何よ……私以外だって平気でしてるんだから、そいつ等にだって注意したらいいじゃない……」


 ハム子は真剣なまなざしのまま、私へ言葉を掛ける。


 「関心のない方には、ここまで言わないっス! しかし、ウサさんには自分が軽蔑するような人になってほしくありません!」


 「……」


 私の方が100パーセント悪く、彼女が私のために怒ってくれているのは分かっていた。


 「分かったわよ……」


 私はハム子から包みを受け取ると、ウエストポーチに仕舞い込む。


 「はあ! それでこそウサさんっス!」


 彼女は素直に喜んでくれた。


 ハム子が向けてくれた笑顔を見て、自分の変化に気づき始める。


 私は全てがどうでも良くなっていたはずだった――。


 同年代のやつらなんて自らを束縛して生きる愚か者であると決めつけ、自分はそんな奴らとは違うと意地を張り自分が望む生き方をしようと決めた。


 だが今の私は、ハム子、ひなた、クマ子、らむね、ギャル子――。


 彼女達に拒絶された自分を想像すると胸が痛み、そうならないように努力したいとも思えるようになっている。


 「……」


 (私の中で、何かが変わり始めているのだろうか――)


 ロリポップを舐めながら物思いにふけっていると、ハム子が話しかけてきた。


 「あの、ウサさん?」


 「んっ?」


 「自分達……もっと仲良くなれるでしょうか?」


 「……」


 期待する彼女の視線から逃れ自分の照れを隠すために、私は顔をプイと背けた。


 どうしてそういう恥かしいことを平気で言えるのだ。

 私と仲良くしたがるなんて、ほんとにおかしな連中だ。


 「あのー、ウサさん?」


 「さあね」


 私は素っ気なく答える。


 「ちょおっ!? そこは同意するところじゃないんスかあ!?」


 「知らないわよ……バカ」


 私はそそくさと早足になる。


 「ああっ!? ウサさん! 待ってくださ~い!」


 夕焼け空が照らす私達の影は、以前よりも互いの距離を近づけてくれていた――。




 「でも、アレが当たってたら死んでただろうなあ……」


 「やっぱ根に持ってるっス!」

吊り天井編 完 次回へ続く。


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