第68話 お辞儀
私達が地下通路を抜けて次の駅までやってくると、ギャル子の元に一本の電話が掛かってきた。
「もしもーし? あぁ! ハムちゃ~ん!」
ギャル子はスマートフォンをスピーカーモードに切り替え、私にも声が聞こえるようにしてくる。
「あの~……、お二人ともどちらにいらっしゃるんでしょうか? お姿が見当たりませんが?」
「あっ! ごめんね、ハムちゃん。あーしら、ひとつ先の駅に来ちゃってるの」
「そうでしたか。でしたら、そちらへ向かうっスよ」
「ほんとに? だったら、地下道通ってくればすぐだから、うん、うん、はーい」
ギャル子が行き方を説明し電話を切ると、しばらくしてハム子と合流した。
「へぁー……へぁー……、おっ、お待たせして申し訳ないっス……」
「何、寝坊してんのよ」
私が早速文句を言うと、膝に手を突いて呼吸を整えていたハム子は顔を上げて弁明を始める。
「昨日の戦いでは緊張しっぱなしで、疲れてたんスよ!」
「アサブクロ如きで?」
「そのため、今朝はぐっすりでした……」
「でしょうね」
「まあ、まあ! こうして集まれたんだから、問題無しだしぃ~」
ハム子は申し訳なさそうな表情のまま、疑問を投げ掛けてくる。
「ところで、何故こちらに? 捜索場所、変更になったんスか?」
「そうそう! 同じ所よりかは良いと思ってね。ねっ? ウサちゃん!」
ギャル子は私へウインクしながら同意を求めたので、それに同調した。
「ええ」
彼女は、実に何事も無かったかのような振る舞いであった。
確かに待たされたせいで処刑女に襲われたと知れば、罪悪感を抱かせてしまうだろう。
だが、ギャル子のこのような対応を見ていると、こうして私も色々と誤魔化されているのではないかと勘ぐってしまう。
「おーしっ! それじゃあ、ハムちゃんの特訓に出発だしぃ!」
「はいっス!」
かくして、私達はようやくキラードールの捜索を開始するのであった。
しかしすぐに見つかる訳でもなかったため、ウィンドウショッピングをしながら街を散策していた。
昼食を取り終えたところで捜索を再開すると、ギャル子のスマートフォンが鳴る。
「あっ、ちょっとごめんねぇ~、もしもーし? あー、うん、あーし。
んっ? 今っ? 今は外だけど……、うん、うん、えっ!? これから? それはちょっと……」
ギャル子はスマートフォンを耳にかざしたまま、私達を見てきた。
「いや、そういうんじゃないしぃ~。でも、今は……。あっ! ねえ!? もしもーし! ああ……」
ギャル子はゆっくり腕を下ろすと、画面をタッチして通話を終了した。
どうやら、相手が一方的に切ったようだ。
「どうかした?」
「うん……友達なんだけど、集合掛けられちゃった」
「無視すればいいじゃない」
「そういう訳にはいかないのでは……?」
「うん……。前に連絡に気づかなくてすっぽかしたら無茶苦茶言われちゃって、無視はまずいんだよね~。学校の友達だから無下にも出来ないしぃ……。
でも、でも、今日はハムちゃんのために来たのに~!」
ギャル子はどちらも選べず頭を抱える。
私とハム子は顔を見合わせると、背中を押してやることにした。
「行きなさいよ、ギャル子」
「そうっス。お友達の方が大事っスよ」
「ええ~!? でもぉ~……」
「ドール・ゲームが終わった後も私達の生活は続くんだから、普段の人間関係を壊しちゃ元も子もないわ」
「ウサちゃん……」
「ウサさんの言う通りっス! こっちは平気なので行ってあげてください」
「ハムちゃん……」
ギャル子はハム子へ駆け寄ると、抱き着く。
「ごめんね、ハムちゃん。また今度時間作るから」
「はい! 今日は付き合っていただきありがとうございました」
ギャル子はハム子から離れると、私にも声を掛けた。
「後はお願いね、ウサちゃん。服、持って帰るの忘れないでね」
私はポケットからロッカーの鍵を取り出すと、摘まんでプラプラと動かし、覚えているアピールをする。
その後、ギャル子は大きく手を振りながら駅へと向かっていくのだった。
私は、遠ざかっていく彼女の背中を寂しげに見つめていた。
(ドール・ゲームが終わったら……か、その時はこいつらと集まることもなくなるのかな……)
「ウサさん、どうかしたんスか?」
「なんでもない、行くわよ」
私は自分の想いを悟られぬように素っ気なく振る舞うと、キラードールを探しに再度街へ繰り出した。
私が前を歩き、少し距離を置いてハム子が付いてくる状況が続く。
「居ないっスね」
「そうね……」
「……」
私はというと、気まずさを感じていた。
(タイミングとしては今よね? でも……)
「アレらが集まりやすい所とか、あるんスかね?」
「えっ? さあ……」
「……」
思い悩んでいた私は半分うわの空で、ハム子の問い掛けに対し適当に返してしまっていた。
その後は大した会話もないまま時間だけが過ぎていき、ようやく口を開いた私は、ハム子に告げる。
「そろそろ引き上げましょうか」
「えっ?」
徐々に日は傾きだし、空はオレンジ色に染まりつつあったのだ。
自分のスマートフォンで時刻を確認すると、ハム子も賛同した。
「そうっスね……、はい……」
繁華街ではキラードールを見つけることが出来ず、場所を変えていくうちにずいぶん郊外の方まで来てしまっていた。
高い建物のない殺風景な土地。雑草の生えていない場所がちらほらと見受けられ、土地の開発が進んでいるのだろう。
駅がある方角へ歩みを進めていると、歩道の片側には果てしなく高いフェンスが続いていた。
部分的に“安全第一”の文字が記され、それが建設現場のフェンスであることが分かる。
フェンス沿いに歩き続けると、一角には資材搬入用のゲートがあり、中へ入れるようだ。
「……」
道沿いに行けば大きく迂回し、帰るのにかなりの時間が掛かるだろう。建設現場を突っ切った方が近道なのは明白だった。
午前中に戦闘があり、午後は歩き続けたため、私は既に疲れ切っていたのだ。
私は黙ってゲートへ向かい、建設現場へ侵入する。
「ちょおっ!? ウサさん!? まずいっスよ!?」
私の行動を目にし、ハム子は慌てて声を掛けた。
「こっちの方が近道なのよ」
「見つかったら怒られるっスよ!」
「その時は謝りながら通り抜けちゃえばいいわ。もう疲れてんのよ……」
「うぅ……」
忠告を無視して進む私の後を、ハム子は渋々付いてきていた。
建設現場と言っても完全な更地である。
広範囲に固い土の地面が延々と続き、荒野のようなこの場所は、まるでここだけ文明がすべて滅び去ってしまったようだ。
これだけの広さがあるのだ。マンション群か、アミューズメント施設でも建つのだろう。
視界のずっと端には、鉄骨で組まれた建物の骨組みが見え、解体途中なのか建設途中なのか判別できない。
靴に土が付かない程乾ききった地面を踏み締めながら中程を過ぎた頃、突如としてハム子が口を開いた。
「ウサさん……」
「んっ?」
振り返ると、ハム子は足を止めて悲しげな顔をしており、唐突に話し始める。
「あの……ウサさんは……、自分のことお嫌いでしょうか……?」
「えっ?」
ハム子は両手を震わせながら続けた。
「たしかに……今の自分は皆さんのお力になれているとは思えません。臆病者で至らない自分では、特別お役に立てないかもしれないっス……。
ウサさんにも迷惑掛けっぱなしで、今日だって無理に付き合わせてしまいましたし……」
「ねえ、ちょっと……」
「すぐには……難しいかもしれませんが、いつか必ず皆さんのお役に立って見せますから、どうか待っていてほしいっス……」
「……」
なんてことだ――。
私の踏ん切りがつかないせいで、とんだ勘違いをさせてしまった。
遅れたハム子に文句を言い、終始無言で、終いには“疲れた”と不満を吐露すれば、不機嫌だと思わせてしまうだろう。
大きな活躍の機会がないハム子は自分の不甲斐なさ、それを解消できないもどかしさに悩んでいたのだ。
私は目線を下げて拳を握り締める。今こそ、伝えなければならない――。
「違うのよ、ハム子……。私はただ、あんたに――」
次の瞬間、世界は色を無くした。
「っ!?」
「!?」
ゾーンが展開されたことにより、すぐさま私達は周囲を警戒し、発生者を探す。
「あっ!」
かなり距離はあったが、私は建物の骨組みから出てくる一体のアサブクロを発見した。
ソイツの体格は他のアサブクロと同程度だが、頭がドラム缶のように長く、その先から柄が少し見えた状態の金槌が生えていた。
「レイ……、レイ……」
大きくお辞儀をするように地面へ向かって頭を下げると、金槌が正面の地面を打ち付け土煙が立つ。
相当距離は空いていたが、“お辞儀のアサブクロ”は同じ動作を繰り返しながら、こちらへ近づいてきていた。
(ようやく、お出ましって訳ね)
「ウサさんっ……あれ!」
ハム子も気づいたようで、声を上げた。
「ええ、分かってる」
そう言いつつハム子を見ると、彼女はアサブクロではなく、振り返って先程まで私達が歩いてきた方を指差していた。
指し示す方へ視線を向けると、こちらへ向かってくるモノ達を目の当たりにして緊張が走る。
「……っ!」
一体は肘を伸ばした腕を元気よく振りながら、楽し気に歩いている。
もう一体は、その後ろを平行移動のまま追従していた。
「あれは……――」
その特徴は、以前中倏妹から聞いたモノと完全に一致していたのだ。
「パラソルと……貴婦人……!」
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