第66話 合体
弥兎は“恥じらいの処刑女”、夏樹は“振り子の処刑女”と向き合った。
「ギャル子、いくらあんたでもソイツの本体にある振り子刃には気を付けた方が良いわ」
「了解、ウサちゃんっ!」
弥兎の忠告を受けると、夏樹は“振り子の処刑女”目掛けて駆けだした。
「ホォー……」
“振り子の処刑女”が力むように両手をピンと張ると黒いラインが次々と引かれ、出現した振り子刃が夏樹へ襲い掛かる。
「おら~っ!」
そのまま突っ込んでいく夏樹に四本の振り子刃が直撃するが、刃先が刺さることもなく物ともしない。
「ホォー……ホォー……」
“振り子の処刑女”は後退しつつ、さらに引き直したラインから振り子刃を出現させては夏樹へ向けて振るった。
だが、それらを弾き返して夏樹はさらに突っ込んでいく。
“恥じらいの処刑女”の関節があるが故に装甲の隙間を狙える攻撃に比べ、一方向にしか振るわれない“振り子の処刑女”の攻撃は彼女にとって臆するものではなかったのだ。
「やあーっ!」
夏樹が突き攻撃を放つと、“振り子の処刑女”は通路の脇へと逃げ込む。
「んっ……待てえ!」
夏樹は、離れていく“振り子の処刑女”を追走していった――。
私は“恥じらいの処刑女”と対峙する。
先程よりかはやりやすい相手だが、通路の幅が改善された訳ではないため、伸縮としなりを利かせて加速させる普段の連撃は使えない。
腕が壁面に当たって、減速したり止まってしまうのが落ちだろう。
「取り敢えずっ……!」
私は魔力を消費して“恥じらいの処刑女”へ向けて、直線状に片腕を伸ばした。
「ふんっ!」
“恥じらいの処刑女”は、私の攻撃を受けずに壁際へ寄って躱す。
ヤツの足先の鎌より圧倒的に大きな私の鉤爪を、わざわざ受け止めようとはしなかった。
「はっ!」
“恥じらいの処刑女”がそのまま後退していったため、私はさらに距離を詰めて腕を伸ばすと、今度は店同士の間の通路へ逃げ込まれてしまった。
ヤツの待ち伏せを警戒し追わずに迂回すると、“恥じらいの処刑女”も同じ行動に移っており鉢合わせになる。
「うわっ!?」
「ンッ……」
即座にたくし上げられたドレスの中から、二本の枝切りバサミを私へ向けて伸ばしてきた。
「んぬっ!」
咄嗟に地面を後方へ蹴り上げ、跳躍力を生かして私は大きく後退する。
(くそっ……、これほど間合いを気にする戦いがあっただろうか……)
距離を取ったまま互いに対峙していると、“恥じらいの処刑女”は掴んでいた裾を離し、下半身を隠す。
「何だ?」
ドレスの中でガシャガシャと音が鳴る。
ヤツが再び裾をたくし上げると、さらに二本の足が生えており、計六本足となった。
「どこまで増えんのよ……」
これでは得意の手数の多さでも劣り、回避が容易なこのフロアと小回りの利くヤツ相手では思うように戦えない。
考えなくては、今できる最善の手を――。
連撃に代わる決定打に成りうるものは、私のスピードを生かした回避が容易ではなく、かつクマ子のような強力な一撃だ。
それが可能になれば私にも勝機はある。この先、戦術の幅も大きく広がるだろう。
「やってやる!」
私は“恥じらいの処刑女”に対し、体をやや斜めに向けて腰を落とす。
一方ヤツは地面から浮いたまま、六本足を三本の枝切りバサミと六本の鎌へ交互に変えながら攻め込むタイミングを計っていた。
「私の能力は……伸ばすだけじゃない!」
この憑依体の特殊能力は“腕の伸縮”、すなわち……縮めることも可能なのだ。
「ふうんっ……うっ!」
右肩から生える長い憑依体の腕を限界まで縮めていく。
ギチギチと音を立てながら、右腕は四分の一程のサイズにまで縮小された。
ほぼ楕円形となった腕の先から、三本の鉤爪を対象に向けて真っすぐ伸ばした状態を維持する。
憑依体の腕はまるで自分の体の一部のようで、力み続けていないと離して元の形に戻ってしまいそうだ。
奥歯を噛み締め、全身に力が入る。
「ぬっ……! ううっ……!」
時が止まったような静寂の中、“恥じらいの処刑女”は足の形を交互に変えながら、真っすぐ突っ込んできた。
(まだだ、まだ……離さないっ!)
しっかりと対象を引き付け、接近させたところで離す。私が繰り出せる最大火力をお見舞いしてやる。
(クマ子の殴打のように、腕の芯を意識して……真っすぐ――放つ!)
目の前まで迫った“恥じらいの処刑女”は、足を六本の鎌に変えると大きく振り上げ、足先の刃が私を捉える――。
(――っ!)
「ストレートぉぉおっ!!」
「ンッ……!?」
強烈な炸裂音が木霊した。
腰を回しながら右肩を手前へ流す。
押さえつけられていた腕の圧迫が一気に解き放たれ、反発力に特殊能力による伸長が加わり、威力と勢いを増していく打撃が放たれた。
“恥じらいの処刑女”は体を“くの字”にしながら、吹き飛ばされる。
三軒の店を突き破った先の壁に叩きつけられると、へたり込み伸びてしまう。
六本の足は、干されたイカのように脱力しきっていた。
「やった……!」
伸ばした腕を戻すと、私は憑依体の腕を見つめる。
(気のせいだろうか……? 最初の頃より、力が増している気がする)
疲労を回復するため、腰の後ろにあるロリポップが入ったウエストポーチに手を伸ばすと、指先に触れた物に気が付き手が止まる。
「あれ……?」
この場で最初に憑依した際に、感じた違和感に気づいた。
腰回りの後ろ半分にはぬいぐるみのようなパーツが増え、ウサギの尻尾が付いていた。
憑依体の部位が増えているのだ――。
(憑依率が上昇している……?)
バーガー屋でのクマ子の言葉が頭をよぎった。
「“……魔力を吸収する事によってドールの魔力を満たすと共に、憑依体の能力を高めることが出来る”」
今までの戦闘を経て、蓄積してきた魔力。
それが先の“微笑みの処刑女”から得た魔力によって一定値を超え、憑依体の強化に至ったのか。
魔力回収、その重要性を今になって自覚し始めていた。
この“ストレート”なら、少ない魔力消費で高威力の攻撃を放てる。
普段の戦術が封じられ、危機的状況に陥らなければ気づけなかっただろう。
(このまま畳み掛ける……!)
地面を蹴り上げ“恥じらいの処刑女”へ接近しようとした時、ヤツの前に黒いラインが引かれ、振り子刃が進行を妨げた。
「なっ……!?」
私はすぐさま地面を踏み締めると、しばし滑った後に静止する。
「またかっ!」
通路の脇から“振り子の処刑女”が現れたのだ。
“恥じらいの処刑女”の上で浮遊し、近づけまいとしていた。
「ウサちゃんっ! あっ!」
後ろから合流してきたギャル子は、“振り子の処刑女”を目にすると声を上げる。
「見失ったと思ったら、こっちに居たしぃ!」
「ホォー……ホォー……」
“振り子の処刑女”は、動かなくなった“恥じらいの処刑女”を見つめているように見えた。
「あっちの子はやったんだね! ウサちゃん!」
「いや、魔力が放出されていない……。まだ、動けるはずよ」
すると、“振り子の処刑女”は私達を見やる。
(何かくる……!)
力むように両手をピンと張ると、ヤツから垂れている大型の振り子刃が僅かに下がり、直後瞬時にスカート内部へ引っ込んだ。
あれ程大きな物が、“振り子の処刑女”の下半身へ吸い込まれたのだ。
すると、“恥じらいの処刑女”の上半身へ着地し、胸部から上を覆った。
“恥じらいの処刑女”の首元と、“振り子の処刑女”の下半身の辺りではガシャガシャと音が鳴る。
“恥じらいの処刑女”の脱力していた六本の足が、痙攣するようにビクつくと再び動き出す。
右側の三本、左側の三本をそれぞれ横並びに合わせると三本で一本の足となり、地面を踏みしめ起き上がり始めた。
足裏に備わった鎌の部分はまるで爪のようで、宛ら爬虫類の足のようだ。
太い二本足となって立ち上がると、“振り子の処刑女”の手が袖の中へ引っ込む。
直後、肘が二つある長い腕が生えだし、手首から先には振り子刃の刃が付いていた。
“恥じらいの処刑女”の両手首が地面へ落ちると、そこから新たな腕が生え、手首から先には同じく振り子刃の刃が備わっていた。
“振り子の処刑女”が首を鳴らす仕草をしながら、ボキボキと頭を振ると首を右へ傾ける。
首回りの服を破きながら、中から首を左に傾けた“恥じらいの処刑女”の顔が帽子付きで生えてきた。
「これは……!」
「あちゃ~……」
首元からは二つの顔、威嚇するように振るう四本の腕、二本足での直立。
“振り子の処刑女”が上半身、“恥じらいの処刑女”が下半身となって、一体のキラードールへと姿を変えたのだ。
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