第65話 振り子
正体不明のラインに気を取られながらも、攻撃の手を止めることは出来ず、斬撃は放たれる。
勢い良く伸ばされた憑依体の腕の先にある三本の鉤爪が“恥じらいの処刑女”へ達しようとした時、地面から横へ振れる刃物が現れ、私の攻撃は阻まれた。
「何っ!?」
それは細長い鉄の棒の先に、三日月と半月の中間程の形をした刃物が付いた振り子刃だった。
物理的にあり得ないのだが、黒いラインから手品のように出現したのだ。
「くっ……!」
私は臆することなく続けて斬撃を放つが、両サイドの壁面と天井にも黒いラインが引かれ、そこから振り子のように左右に振られる刃が“恥じらいの処刑女”への攻撃を防いだ。
(何だこれは!? コイツの能力か……!?)
困惑していると出現した黒いラインが消え、今度は私の足元へ二本のラインが縦に引かれる。
「っ!?」
反射的に後方へ跳ぶと同時に、黒いラインからは奥から手前へ縦振りの刃が振るわれ、私目掛けて襲い掛かった。
「ぐぅっ!」
(突っ立っていたら直撃だった……)
私が考えを整理する隙を与えずさらに地面と天井、壁へと縦に黒いラインが引かれる。
「来るっ……!」
後方へ跳びながらラインより出現する振り子刃を避ける。
その最中、引かれる黒いラインへ目をやると、最大出現数が四本である事に気づいた。
だが、いつの間にか私へ向かって延びてくるラインは二本になっている。
「……っ!」
背後へ目をやると地面と天井に一本ずつラインが引かれていた。
「んっ!」
背を向ける“恥じらいの処刑女”から直線状に後退してきたが、私はサイドの通路へと跳んだ。
直後、私が立っていた場所へ四本の刃が振るわれる。
視界からはギャル子が消え、応戦している彼女が放つ音と気配が遠のいた。
「まずい……、これは……」
間髪入れずに私の足元へ引かれる黒いラインと刃を避けながら悟った。
(ギャル子から引き離されている……!)
入り組んだフロア内で右へ左へと後退を続け、今自分がどこに居るのかも分からなくなった。
「はあー……はあー……」
回避した先で息を整えていると、いつの間にか黒いラインによる攻撃が止む。
周囲を警戒しながらラインの出現に備えて身構えていた時、何かが左右に振れる音が聞こえてきた。
「んっ……?」
耳を澄ますと、重量のあるメトロノームのような音がこちらへ近づいてきている。
「ホォー……ホォー……」
すると、店舗の脇から浮遊している新たな処刑女が通路へ姿を現す。
「アンタね……、私へ仕掛けてきていたのは……」
“恥じらいの処刑女”よりずっと幼い見た目をしたソイツは、胸元に宝石が付いた大きなリボンがあるくすんだピンク色のゴスロリ服を身にまとっていた。
髪は胸下まで伸ばしたロングヘアで、頭に被ったつばの大きな帽子には、鳥の羽と宝石があしらわれている。
眠ったように目を閉じたまま、点の様に小さな口を開けていた。
体のバランスを保つかのように腕は真横へ伸ばし、手の甲から指先が出来るだけ上を向くようにピンと張るポーズを取る。
腰から広がるドレスの先に足はなく、代わりに一本の大型の振り子刃が垂れ下がり、ゆっくり左右へ振れていた。
ひと際大きい振り子刃は、腕を伸ばしたこの処刑女と同じくらいの長さがある。
(コイツは……“振り子の処刑女”だ)
大型の振り子刃の先を地面へ当てて着地すると、両手を真横へ伸ばしたまま“起き上がり小法師”のように左右に揺れ、まるで私を挑発しているように見えた。
「ホォー……ホォー……」
「コイツっ!」
私が瞬時に憑依体の腕を伸ばすと、“振り子の処刑女”は力むように両手をピンと張る。
ヤツの正面の地面と天井と壁、その四面に黒いラインが引かれ、そこから出現した振り子刃が私の斬撃を防いだ。
その裏で“振り子の処刑女”は宙へ浮くと、ラインより出現している振り子刃が引っ込み、ヤツは自身から垂らしている大型の振り子刃の向きを横から縦へと変える。
大型の振り子刃を後方へ持ち上げると、こちらへ突っ込んできた。
「ホォー……」
「うっ……!」
私は左右の憑依体の腕にある三本の鉤爪を交互に合わせ、受け止める態勢を取る。
後方へ持ち上げられた大型の振り子刃は前方へ振り上げられ、私が構えていた六本の鉤爪へ直撃した。
「ううぅ~っ!」
抑え込もうとしたが想像以上の力を振るわれ、私は合わせていた鉤爪を離してしまう。
「ぐあっ!」
そのまま床に倒れ込むことで目の前を通過する大型の振り子刃を何とか躱したが、私の頭上に居る“振り子の処刑女”は前方へ持ち上げた大型の振り子刃の根元を軸に横向きへと変える。
直後、こちらへ降下しながら大型の振り子刃を横方向へ振り下ろしてきた。
「――っ!?」
一瞬の閃光と共に私は憑依を解除することで、“ロリポップ”と私は通路の前方と後方へ弾き飛ばされる。
「痛っ!」
受け身に失敗し、腕や膝をやや擦りむく。
すぐに後方へ目をやると、私が居た地面には一本の切り跡が残されていた。
「ホォー……ホォー……」
大型の振り子刃を左右へ振りながら、“振り子の処刑女”は再び宙へ浮き上がる。
(くそ……天井が高ければいくらでも避けようがあるのに、ここは俊敏型の私にはあまりに不利な場所だ……)
このフロアは圧迫感があり、動きづらくて仕方がなかったのだ。
「“ロリポップ”っ!」
早急に憑依をするために叫ぶと、一瞬の閃光と共に私は再び憑依体へと姿を変える。
“振り子の処刑女”の動きを注視しながら立ち上がると、声を張り上げた。
「ギャル子っ! 今どこ!」
何処からかギャル子の声が返ってくる。
「牛串屋とケバブ屋の前っ!」
「分かるかっ!」
いや、これに関しては聞いた私が悪かった――。
「ギャル子っ! 私の声を頼りに合流して!」
「了解……! ウサちゃんっ!」
尚も戦闘中のようで、ギャル子の返事に余裕はなかった。
「こっちは別の処刑女に遭遇したわ! 下半身から振り子刃が生えた奴で、本体とは別に黒いラインを四本引けてそこから振り子刃を出せる! 壁や天井に注意して!」
「マジっ!? ヤバっ!」
こちらへ襲い掛かる黒いラインを避けながら、私もギャル子の声を頼りに彼女の元へ近づこうとする。
やがて、ギャル子の交戦している音が近づいてきた。
だが、先程よりあちらの斬撃音が多くなっている気がする。
私は“振り子の処刑女”の攻撃を躱しながら、さらに音の方へ向かう。
後退しながら通路を抜けると、ついに戦闘中のギャル子を見つけた。
私を追いやるように連続して出現する黒いラインと振り子刃のせいで、私は後退する事しかできなかった。
何度か振り返ってギャル子の状況を確認すると、“恥じらいの処刑女”の下半身からはさらに右足と左足が一本ずつ生え、四本足となっていた。
裾をたくし上げたまま中央の二本は枝切りバサミに、左右の足は一本ずつ鎌として使用しギャル子への猛攻を続けていた。
ギャル子は両手を動かし体を捻り、“恥じらいの処刑女”の攻撃を全身の装甲と盾で受け止めて耐えている。
“恥じらいの処刑女”と“振り子の処刑女”に挟み撃ちにされ、私達は徐々に通路中央へ追い詰められていく。
ギャル子と背中合わせになったところで、眼前の“振り子の処刑女”を見やりながら彼女へ声を掛けた。
「手こずってそうね……ギャル子」
「全部防ぐのキツいしぃ~!」
「はあー、はあー……こっちはアンタと違って、命中したら終わりだから面倒だわ」
「ウサちゃん、世の中には適役ってのがあると思うんだよね!」
「ふっ、私も同じことを考えてたわ」
ギャル子と意思疎通を図り、お互いのひらめきを実行に移す。
「それじゃあ、手数の多い子には手数の多さでぇ――」
「鋭い攻撃には、物ともしない防御力を――」
「ウサちゃんっ!」
「ええ!」
一斉に互いの立ち位置を変えた。
「交代!」
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