第64話 恥じらい
「何の話?」
「えっ!? あっ、あはは……、何でもないしぃ~」
余計なことを口にしてしまったと思ったのか、ギャル子は誤魔化そうとしていた。
だが、聞き逃した訳ではなかったため、私は自分の考えを述べる。
「まあ、相手の気持ちを完璧に理解なんて出来ないんだから、生きていたらそういう経験だってするでしょ」
ギャル子は少し戸惑っていたが、私がこの話題を続けたため乗ってきた。
「それでも、あーしは理解してあげたいかな……」
寂しげな表情をしていたギャル子は、少し笑顔を取り戻すと話を続ける。
「でもね、ウサちゃん……。ずいぶん経ってからだけど、あーし……その時のことを謝った事があったんだ。
そしたらね……相手の子は“元々あーしが悪いだなんて思ってない、だけど気に掛けてくれていて嬉しかった”って言ってくれたんだよ。
それを聞けて、あーしはすごく気が楽になった。
あーしがやっちゃった事実は変わらないけどさ……気持ちを言葉にして伝えれば、感じていた蟠りなんて、初めから無かったことに気づけたんだよ」
「気持ちを……言葉にして、伝える……」
私の中で、一度しっかり伝えておかなければならないと感じている事があった。
相手が何も言ってこないことに甘んじて実行に移してはいないが、時間が経てば経つほど言いづらくなるだろう。
「ねえ! ウサちゃん!」
「んっ?」
考え込んでいると、何かに気づいたギャル子が湿っぽい雰囲気を払拭するように声を上げる。
「ここ見ていこうよ!」
見ると、ギャル子は壁一面に大きく張られている駅地下街の案内板を見ていた。
彼女が指し示しているのは物販のエリアだ。
「いいわよ」
ハム子が到着するまでの良い時間潰しになるだろう。
しばらく進んでいると目的のエリアの入り口へ辿り着く。
見渡すことは出来ないが案内板を見る限り、かなり広いフロアなはずだ。
入口の頭上には“下町商店街”と題した凝った看板が掛けられ、広いフロア全体には土産物や飲食店が軒を連ねる。
天井はそれほど高くはなく、各店舗は壁で隔たれていた。
3、40軒はあるであろう店同士の間は、人が三人横並びになれる程度の通路がフロア全体に網目状に交わっており、迷路にでも迷いこんだようである。
町が丸々地下に収まっているような雰囲気は、文字通り“下町”といったところだろう。
「うわあぁ~、すごいっ! すごいね、ウサちゃんっ!」
「目移りするわね」
(買わないけど……)
フロアを進むと行き交う人の流れに酔いそうになる。ギャル子にくっついていないと逸れそうだ。
「ウサちゃん、手……繋いであげよっか?」
人混みを目の当たりにして、ギャル子が提案してくる。
「えっ? 繋がないけど」
「ふへへぇぇ~ん……」
そこまでガキではない。
通路を歩きフロアの中ほどまでやってくると、私達は二人して足を止めた。
「……!?」
正面の人の流れの中で、立ち尽くすモノが居る。
その服装はこの場に似つかわしくなく、通行人がぶつかっても透けている体には触れず、周囲の人は認識すらしていない。
佇む若い女性は社交界に赴く上流階級のご令嬢のように、くすんだピンク色の優雅なドレスを身にまとっている。
つばの大きな帽子を被り、それには飾りとして鳥の羽と綺麗な玉の装飾がなされていた。
前髪を七三分けにして、アップにした後ろ髪をサイドテールにしており、ギャル子と似た髪型である。
人型でドレス姿……処刑女に違いない。
「ンッ……」
私とギャル子が認識したことに気づくと、ヤツを中心にゾーンが展開される。
途端に大勢の人が消え、少し大きめの声量で話さなければ相手の声が聞こえない程の賑わいを見せたフロアは静寂に包まれた。
「ギャル子! 処刑女だっ!」
「うん……!」
ゾーンの展開と共に私とギャル子は身構える。
相手の出方を伺い、緊張が走った――。
だが、ヤツが攻撃に移ることはなく、股の前で手を重ねもじもじとしている。
「ア……ンッ……」
「ん?」
「ねえ、ウサちゃん。あの子ちょっとおかしくない?」
私達の方を見ては俯くを繰り返し、恥じらっている様子だ。
“恥じらいの処刑女”は立ち尽くしたまま動こうとしない。
「ねえ、ウサちゃん。あーし、話し掛けてみる」
「無駄よ……。私も試みたけど外見がアサブクロより人っぽいってだけで、所詮ヤツはキラードールよ」
「でも、もしお話し出来たら? どうしてこんな事するのか、目的は何なのか、分かった方が良くない?」
「それはそうだけど……」
ギャル子は真剣な顔つきになる。
「あーし、やってみるね!」
「ちょっと、ギャル子っ!」
私の制止を聞かず、ギャル子は“みたらし”と共に“恥じらいの処刑女”へ近づいていく。
「気を付けなさいよ……」
ギャル子は背を向けたままサムズアップをする。
“恥じらいの処刑女”へ向けて歩きながら、ギャル子は声を掛けた。
「やっほー、どうかしたぁ?」
「ン……ンン……」
ヤツはトイレを我慢している様にもじもじとし続けている。
「大丈夫ぅ? お話し出来る?」
ギャル子がさらに接近すると、“恥じらいの処刑女”はお辞儀をするように屈み、ドレス正面の裾を掴みながらゆっくりとたくし上げ始めた。
「ちょっ!? 女の子が人前でそんな事しちゃだめだしぃ~!」
裾が上げられていくと、ドレスの内側が徐々に露となる。だが、見えてくるはずのものが見当たらなかった。
足がないのだ――。
“恥じらいの処刑女”は地面から僅かに浮いていた。
次の瞬間、ヤツはサッと胸元辺りまで裾を上げると中から枝切りバサミが飛び出し、ギャル子の首元目掛けて伸びる。
「ギャル子っ!」
直後、一瞬の閃光が走り、ギャル子は憑依体へと姿を変えた。
即座にL字に曲げた腕を正面へ向け、“恥じらいの処刑女”の攻撃を盾で防ぐ。
「おいたは良くないしぃ……!」
「はぁー……」
私は小さく安堵しながら、ギャル子が本当に油断していなかった事に感心していた。
いや、そもそも彼女は私よりも前からクマ子と共に戦っていたのだ。
私達には明るく思いやりのある態度だが、アサブクロに対してはまるで容赦がなかった。
キラードールの脅威については十分に理解しているのだろう。
私は、ギャル子が受け止めたモノの出どころへ目を向ける。
“恥じらいの処刑女”の下半身から飛び出してきた枝切りバサミの正体は脚だった。
伸縮するマジックアームのように二本の脚の関節部分を交差するように重ね合わせ、両足の先に備わっている鎌をハサミのように開閉する事で切断する武器としていた。
さらに大腿部、下腿部の伸縮が可能なようで、それぞれを伸ばすことで攻撃の有効範囲を広げている。
伸ばした脚の先端に交差する刃物が付いた様は、まさに枝切りバサミである。
“恥じらいの処刑女”はドレスの裾をたくし上げたまま足を折りたたみ、縦に伸びていたバツ印のような脚は横に潰れたバツ印のようになる。
たたみきった瞬間、ギャル子目掛け再び枝切りバサミの脚を伸ばす。
「よっ……!」
それをギャル子は腕に備わった盾で防ぐ。
(その程度の攻撃、ギャル子に通用するものか)
正面に向かって片腕をL字に曲げて攻撃を防ぎつつ、ギャル子はもう片方の腕で連続して突き攻撃を放っては左右の腕の攻めと守りの役割を交互に変える。
その動きは、ボクサーのジャブのようであった。
「んっ! やっ! はあっ!」
だが、“恥じらいの処刑女”は体を左右に逸らし、ひらりひらりとギャル子の攻めを交わしていく。
裾をたくし上げたまま交わす様は、宛ら広げられた布で闘牛を挑発する闘牛士のようだ。
攻撃を避けながら脚をたたみ、再び枝切りバサミを伸ばす“恥じらいの処刑女”。
それをギャル子が盾で防ぐといった様子で、互いに攻撃と防御を繰り返していた。
(ギャル子は防御力に特化しているが、機動力のある相手とは相性が悪そうだ……)
また、アサブクロの雑な攻撃と違い、憑依体のぬいぐるみのような部位や肌が露出した部分目掛けて攻めてくる処刑女を相手に、ギャル子はやりづらそうだった。
私も加勢したいところだが、この通路は憑依体には窮屈すぎるため、二人横並びで戦うには狭すぎる。
(とにかく、サイドにある店舗の外側を回り、後ろから攻めるか……!)
私が動き出そうとした時、“恥じらいの処刑女”はギャル子の攻撃を交わしながら横へ抜け、彼女の後ろへ回り込んだ。
私に対し、背中を向けている状態である。
(占めた――!)
「“ロリポップ”っ!」
掛け声と共に一瞬の閃光が走ると、私は憑依体へと姿を変える。
(んっ?)
何か違和感を覚えたが考えている暇はなく、私はすぐに攻撃態勢に移る。
無防備な背中へ斬撃を放とうとした次の瞬間――。
「っ!?」
背を向ける“恥じらいの処刑女”の真後ろの地面。
まるで透明なマジックペンで書いているように、道路の白線程の幅がある黒いラインが通路を塞ぐように引かれたのだ。
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