第1話 契約
その日も私は派手な色合いの服装に身を包み街へ繰り出す。
胸を張って歩けば、この世界は自分を中心に回っているように感じられた。
ふと咥えていたロリポップの棒を口から取り出す。飴が残っていないことを確認し先端をひと舐め、味がないと分かればそのまま投げ捨てた。
ウエストポーチから適当に別のロリポップを取り出すと、それに目をやることなく、包みを剥がし口へ頬張る。
キャラメルバニラ味――嫌いではないが、先程舐めていたのがこの味なのだ。味はいつも口に入れるまで確認しない。
気に入ったものが出ればその日は好調な気がした、これは一種の占い。
二度続けて同じ味を引いたことはあっただろうか。
今日はツイていないかもしれない。
街が夕焼けに染まる頃、時より学生が視界に入る。その姿に対し鼻で笑ってやった。
学生服は個を奪う拘束具のようで、見ているだけでも息が詰まる。
集団に身を投じるということは結局、自分を束縛することなのだ。あいつらに比べたら今の私は自分の望む生き方をしていると実感できる。
あの日からこう生きると決めたのだ。
日もすっかり暮れ帰路に就く途中、人気のない路地へ足が伸びた。
こちらはおそらく駅への近道であり、かつ人に酔ったというのが本音だ。
街灯が疎らに行き先を照らしてはいるが、周りの景色は普段より色を無くしたように映り、人っ子一人いない通りは不気味さを際立たせた。
そこはまるで、私を別世界へ導いているように錯覚させた。
しばし歩みを進めていると、ふと目の前のモノに目を奪われた。
ウサギのぬいぐるみが居たのだ。“あった”ではなくそこに“居る”。やや前傾姿勢で直立不動、私の前を塞ぐように立っていた。
理解が追い付かず頭が混乱した。
この現実離れした状況に、こういうモノも居るのだろうと納得した方が楽に思えた。
耳を含めれば私の背丈ほどもあるソレは、縫い目と継ぎ接ぎが全身にあり恐ろしさを覚えずにはいられない。たちまち、私はその場から一歩も動けなくなった。
これぞまさにホラー映画のワンシーンではないか。
冷や汗が頬を伝い時間の経過を思い出すと、とりあえず話しかけてみることにした。
口を開こうとしたその時、ソレは片腕をこちらへ差し出した。
反応に困る。握手のつもりだろうか。人形寺に供養されていそうなコイツの手を誰が取ろうか。
だが、友好的であると信じたかった私はゆっくりとソイツの手を取り言葉を投げかけた。
「私は……東林 弥兎……、アンタは?」
次の瞬間握った手を通して電流が走るような感覚に見舞われ、コイツとは何かが繋がった。
これ以上言い表しようがないが、繋がったのだ。
するとソイツへの恐怖心や不信感はなくなり、私への敵意はないと確信できた。
現状、説明不可能なこの存在への納得しうる答えは私自身の感覚だけだった。
不安から解消されたためか、世界は再び見慣れた色を取り戻して見えたのだった。