第60話 仇
「……弥兎! 今だ!」
ギャル子が捕らえられたのを確認すると、クマ子が私へ指示を送る。
「おうっ!」
私は左右の憑依体の腕を伸ばし、アイアン・メイデンの胴体をそれぞれ時計回り、反時計回りに縛り上げた。
「フォッフォッフォッ……」
私が拘束するとアイアン・メイデンは低い声で不気味に笑い、一気に上昇しようとする。
「うっ!?」
ギャル子を捕らえたまま、縛り上げている私ごと持ち上げられた。
地面から足が離れた瞬間、私の視界をクマ子の背中が覆った。
「……んっ!」
クマ子は私とアイアン・メイデンの間で跳ぶと、伸ばしている私の憑依体の左右の腕を掴んだ。
「……んんっ!」
力いっぱいに私の腕を下方へ引っ張ると、腕の先で拘束されているアイアン・メイデンは地面へ垂直に打ち付けられた。
地鳴りと共に駐車場に大きなひびが広がり、ヤツの本体は僅かに地面へ埋まる。
「……弥兎っ! ヤツを逃がすなっ!」
「分かってるわよ!」
私はアイアン・メイデンを縛り上げたまま、腕の先をありったけ伸ばした。
周囲の車の窓ガラスを幾つも突き破り、片腕につき3、4台の車を腕に通すことで重量を上げる。
伸ばした腕の先を私の足元まで戻すと左右の鉤爪を地面へ突き刺し、先程よりも厳重に固定した。
その隙にクマ子はヤツに飛び掛かり、殴打を放つ。
鐘が突かれたような重低音が響くが、アイアン・メイデンの装甲はほとんど外傷がない。
効果がない事を再確認したクマ子は、そのままアイアン・メイデンの右肩を掴み、憑依体の右手の拳を構える。
「フォッフォッフォッ……」
不気味に笑いながら、クマ子とアイアン・メイデンの視線が重なった。
「……憎たらしい顔だ」
私怨に満ちたように鋼鉄の指をギチギチと鳴らしながら、クマ子は石膏像のようなその顔へ殴打を放つ。
「フォォォ~~ッ!」
クマ子の殴打をもろに受け、アイアン・メイデンの顔面は粉々になり、完全に砕かれた。
それでも、魔力が湧き出すことはなく倒れる様子はない。
「……夏樹! かましてやれっ!」
クマ子が声を上げると、アイアン・メイデンの内部から擦るような音が聞こえてくる。
「なんだ?」
その音は徐々に連続して聞こえ出し、加速しながらヤツの内部から激しい回転音が鳴り出した。
回転音と共に打撃音と金属音が入り乱れ、時折隙間から火花が漏れる。
どうやらギャル子が内部で暴れているようだ。
内部からの激しい攻撃を受け、アイアン・メイデンは体を小刻みに震わせていた。
「フォッ! フォッ! フォォォ~!」
顔がないまま悲痛な声を上げると、アイアン・メイデンの首元に亀裂が生まれ、それは徐々に全身へと広がっていく。
その瞬間、クマ子はヤツの上から飛び退いた。
「どっせぇぇ~~いっ!」
アイアン・メイデンの首元が砕かれると、内部よりギャル子が腕を突き上げながら声を上げて飛び出してきた。
「フォォォォォ~~ッ!」
断末魔を上げながら、アイアン・メイデンの全身は破裂するように吹き飛んだ。
ギャル子が地面へ着地すると、アイアン・メイデンの残骸は周囲へ虚しく音を立てながら散乱していく。
やがて、それぞれの残骸から魔力が湧き出し、ギャル子へ吸収された。
私達は呆然と立ち尽くしながら呼吸を整えていると、クマ子はゾーンを閉じて全員の憑依は解除されたのだった。
「クマちゃん……!」
ギャル子は目尻にほんのりと涙を光らせながら、クマ子へ駆け寄り抱きしめた。
クマ子は回された腕を優しく叩きながら、声を掛ける。
「……ああ。良くやった。良くやってくれたな、夏樹」
「すんっ……、うん!」
クマ子は私にも声を掛けてきた。
「……弥兎もな、礼を言うぞ」
「ええ……、うん」
あの処刑女が何だったというのだ。
二人にしか分からない因縁があったように感じるが、こちらから詮索するのは止めておいた。
ハンバーガー屋でもはぐらかされてしまった以上、もしも私に伝えようと思うなら、いつか話してくれる時が来るだろう。
しばらく休憩しながら、他愛もない話に花を咲かせる。
帰ろうとする頃には、周囲は暗くなり始めていた。
帰路へと向かう最中、クマ子は改めて私へ礼を言ってきた。
「……弥兎、今回も助かったぞ」
「えっ? 私は大したことしてないでしょ」
「……いや、ヤツとやり合うには信頼できる者にしか任せられなかった。
……お前が居て良かった」
余りに素直過ぎる感謝に、少々困惑してしまう。
「そう……。まあ、役に立ったのなら良かったわ」
「もち! ありがとね! ウサちゃんっ!」
ギャル子が後ろから抱き着いてくる。
「ちょっとっ」
抱き着かれた勢いで前に倒れないように、踏ん張った。
踏みとどまってから力を抜くと、私の腹の虫が鳴る。
「あっ……」
それを聞いて、ギャル子は同調するように声を上げた。
「お腹空いたよねぇ! あーしもペコペコだしぃ~。
そうだっ! ねぇ、ねぇ! みんなでこれからご飯にしようよっ!」
「いや、私……懐が」
余り安上がりな店へ行く雰囲気ではなさそうである。
「……私が奢ろう」
「マジ!? やった、ラッキー! どこ行く? どこ行く、ウサちゃん!?」
夏樹は私の両肩に手を置きながらはしゃぎ、その場で何度も飛び跳ねる。
「えっ? ええ。何よ、クマ子。ずいぶん気前いいじゃない?」
「……さあな。それで? どうするんだ? 私はケチだからな。奢られるなら今のうちだぞ」
私はどこか辛気臭い今日の雰囲気を払拭するため、気持ちを切り替えてはしゃぐ事にした。
「よーしっ、肉よ! 肉を食うのよ!」
「それなら良いとこ知ってるしぃ~!」
「よしっ! 案内しなさい! ギャル子っ!」
「突撃だしぃ~!」
私とギャル子はテンション高く歩み出す。
いざ飲食店へ向けて闊歩し出した時、クマ子の足音が付いてきていない事に気づいた。
振り返ると、クマ子はその場に立ち止まったまま自然な微笑みを浮かべて私達を見つめていた。
「クマ子~っ、置いてくわよ!」
「クマちゃんっ! 早くぅ~!」
ギャル子はクマ子へ大きく手を振る。
「……ああ」
小さく笑って返事をすると、クマ子は私達の元へ駆け寄ってくる。
夜のネオンが眩しい中、私達は勝利の宴へと出向くのであった――。
「……夏樹」
「んっ?」
花子は夏樹の瞳を真っすぐ見据えると、一言告げた。
「……お前は払え」
「ふへへぇ~ん……」
アイアン・メイデン編 完 次回へ続く。
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