第59話 鉄の処女
ハンバーガー屋にて――。
「アイアン・メイデン?」
私の問い掛けにクマ子は答える。
「……ああ。私が遭遇したキラードールは処刑に用いられるアイアン・メイデン、いわゆる“鉄の処女”そのものだった。
……ヤツは元となった処刑具同様、黒い本体の大部分が釣鐘のような形状をして、正面の戸が開くことで内部に処刑対象を収められるようになっている。正面にある戸は観音開きではなく、上部の留め具を軸に斜め上へ左右の戸が開き、その様はまるで翼を広げているようだった。
……内部には、無数の刃が中心に向かって伸びていて、アイアン・メイデンに収められた者は、内部と開いた戸の裏側にも備わっている太く長い円錐状の刃が全身に突き刺さることになる。
……通常の憑依体がヤツの攻撃を食らえば一溜まりもないだろう。
……そして本体の上部には、肩まで伸びたボサボサな髪をなびかせている石膏像のように真っ白な女の顔が付いている。
……常に目を細めたまま、歯茎をむき出しにして、満面の笑みを浮かべてな。
……全身はそのおどろおどろしい姿を着飾るが如く、ゴスロリ服をマントのようにまとっていた。
……処刑具と女性を模した容姿をしている事から、私はあの系統のキラードールを“処刑女”と呼称するようにした訳だ」
皆が集中してクマ子の話を聞いている中、私は続けて問いかけた。
「それで、どうやってソイツを倒すの?」
「……アイアン・メイデンは慎重で狡猾だ。遠くから獲物を探し、対象を絞り込むと透かさず襲ってくる。
……そして、攻撃を終えると即座に撤退してしまう。単体での対処が難しい以上、遭遇した時は必ずヤツを倒しきる。決して逃がしてはならない。
……そこで、まずは捜索と並行して誘き出しを行う。
……狩りの基本だ。自然界でも為されていること。
……肉食獣が獲物を見つけるには、単体より集団の方が見つけやすい。
……だが、いざ仕留めるとなると集団より単体で居る者を狙うだろう。的を絞りやすく、邪魔される可能性が減るからだ。
……そのため今作戦では、複数人でアイアン・メイデンを捜索し見つかりやすい状況を作る。
……ヤツに遭遇した後は私と弥兎で固まって、夏樹から距離を置く。
……憑依体が二人と一人ならば、一人でいる夏樹を狙ってくるだろう。
……だが、それこそが私の狙い。絶対の確証はないが、ヤツの攻撃を夏樹なら耐えられる。
……アイアン・メイデンが夏樹を襲い内部へ収めたら、ヤツを逃がさないように弥兎は伸ばした腕で拘束し、私が殴打で怯ませながら抑え込む」
「クマ子が殴りつければ十分じゃない?」
単発の威力は、この4人の中ではトップクラスだからだ。
「……いや、ヤツの強固な装甲に私の殴打は通用しなかった」
「えっ……?」
「……肥大化殴打を食らわせる方法もあるが、それは最初の作戦が失敗した時に実行する。
……夏樹が収められている状態で私が肥大化殴打を連発すれば、長い刃が夏樹の憑依体の装甲を貫通してしまうかもしれない。
……それに、拘束した状態ではヤツより弥兎の憑依体へダメージを与えかねない。
……アイアン・メイデンの防御力は、夏樹と同等かそれ以上だ。これらを踏まえ、外部ではなく、内部を攻める。
……ヤツに弱点があるとすれば、他に考えられない。全身を固い装甲が覆っているのは、外部より脆い内部を守るためのはずだ。
……私達が取り押さえている間に夏樹が内部を損傷させ、アイアン・メイデンを倒す。
……以上が今回の作戦だ」
話を聞き終え、私は作戦内容について疑問を抱いていた。
「ねえ、クマ子。それじゃあ、ギャル子があまりに危険じゃない?」
「……その通りだ。だが、他の者には任せられない。この役目をこなせるのは、夏樹の憑依体にしか出来ない――……」
大型スーパーの駐車場――。
アイアン・メイデンの出現に合わせ、私とクマ子は横並びになるように近づき、ギャル子は私達から距離を取った。
全体像が明らかとなる高さまで降下すると、アイアン・メイデンは上空で静止し、私達を観察しているようだ。
「クマ子――」
私はクマ子に目をやろうとする。
「……弥兎っ! ヤツから決して目を離すなっ!」
「っ!」
私はすぐさま視線を戻す。
「……ヤツがこちらを狙ってきたら、即後方に跳んでかわせ!
……一切気を抜くな!」
一瞬見えたクマ子とギャル子は、怖い顔をしたままアイアン・メイデンを捉えている。
そうだ。今はクマ子から聞いた忠告を踏まえ、ヤツを倒すことだけに集中するのだ。
すると、アイアン・メイデンは僅かに右へ向きを変え、ギャル子を正面に捉えた。
「――っ!?」
上空に居たアイアン・メイデンは一瞬で降下した。
地面に触れないすれすれのところで減速すると一気に前方へ移動し、瞬時にギャル子の眼前へと立ち塞がる。
瞬きする間の出来事――。
その重そうな巨体からは想像もできないほど、凄まじい速さで移動したのだ。
アイアン・メイデンの移動した後をなぞるように、遅れて突風が吹きすさぶ。
「うっ!」
風に当てられ目を細めていると、移動し終えたと同時にアイアン・メイデンは浮いたまま釣鐘のような巨体を斜め前へ傾ける。
ギャル子の全身をヤツの陰が覆う最中、ギャル子は体を小さくしながら、防御の態勢をとった。
アイアン・メイデンは翼を広げるが如く、正面の両開きの戸をそれぞれ斜め上の方向へ瞬時に開く。
正面の戸を開いたかと思えば一瞬でギャル子を内部へ飲み込み、戸は即座に閉じられた。
「ギャル子ぉ! ……はっ!?」
閉じられたと同時にアイアン・メイデンの内側にある無数の刃が突き刺さり、重なり合うように幾つもの激しい金属音が響いた。
しかし、閉じたと思われた戸は閉まりきらなかったのである。
ギャル子の憑依体の装甲へ無数の刃が突き刺さってはいるものの、本体へは届いておらず、彼女は攻撃を防ぎきったのだ。
アイアン・メイデンの内部から、得意げな声が漏れる。
「あーし、これでもお堅いしぃ!」
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