第58話 執行者
両手の袖から鎌の刃を生やしている“微笑みの処刑女”の姿は、まるでカマキリのようだった。
空中を浮遊するその様子に目を奪われながら、私はクマ子へ声を掛ける。
「クマ子、あれが……処刑女?」
「……恐らくな」
「アイツ、素早い上に飛べるみたいだけど……」
「……少し面倒だな」
「どうするの? クマちゃん?」
クマ子は“微笑みの処刑女”を見据えながら一瞬黙り込むと、口を開く。
「……作戦を立てた」
「教えて、クマ子」
「……中倏の妹の感知が正しいのなら、もう一体処刑女がどこかに潜んでいるはずだ」
そう言うと、クマ子は一度上空を気にしながら話を続けた。
「……近くに目的の処刑女が居る可能性を踏まえ、魔力を温存するためにも、極力特殊能力の行使は控えよう」
「分かったわ」
クマ子は空中に居る“微笑みの処刑女”を見やる。
「……浮遊し素早い動きをしてこようが、俊敏型のお前なら渡り合える。
……弥兎、ヤツが建物の外壁を背にするように誘導できるか?」
「やってみる」
「……弥兎と私でヤツの気を引き、所定の位置へ誘導したところで夏樹が攻撃を仕掛け、怯ませる。
……動けなくなった隙に、お前が止めをさせ」
「アイツ飛べるんだから、ギャル子じゃ届かないでしょ?」
「……私がサポートするから問題ない」
それを聞くと、ギャル子はクマ子を見ながら目を輝かせた。
「あれだね!? あれをやるんだね! クマちゃん!」
クマ子はコクりと頷く。
「おーしっ! あーしにお任せだしぃ~!」
ギャル子は、やる気に溢れた。
(良く分からないが、この二人なら大丈夫だろう)
「それじゃ、後は任せたわっ!」
私は走り出すと、地面を強く踏みしめ跳び上がった。
腕を伸縮させずとも、元々腕が長いおかげで跳躍力を生かして接近すれば、一定の距離を保ちつつ、大抵の相手には攻撃が届く。
私の憑依体の特徴とも言えるだろう。
私が連続で斬撃を放つと、それを受け流すように“微笑みの処刑女”も刃を振るう。
激しい金属音を響かせながら、空中で斬撃の応酬が起こった――。
花子は近くにあった車を両手で持つと、弥兎が降下し始めたのを見計らって、“微笑みの処刑女”へ向けて車を放り投げた。
「……ふんっ!」
目の前まで迫った車を避ける暇はなく命中するかに思われたが、“微笑みの処刑女”は両腕を真横へ真っすぐ伸ばすと上半身を高速で回転させ、プロペラの如く回転刃となった両腕を用いて車を真っ二つに切断した。
浮遊したまま上半身の回転を止めると、二つの車の残骸が大きな音を立てながら地面へ落ちる。
構わず花子はそれぞれの手で掴んだ車を“微笑みの処刑女”へ放り投げる。
迫りくるたび上半身を回転させ、車を切断し命中するのを許さないが、腕を横へ伸ばす前に空中で一歩後退するため、“微笑みの処刑女”は徐々に建物の方へ追いやられていた。
「クマちゃん、あんまし効果なさげだよ?」
夏樹は、誘導しつつも攻撃が通っていない事が気に掛かった。
「……私の攻撃を避ける必要がないと思わせればそれでいい。……アサブクロよりかは知恵が働くようだしな」
花子の車体投げが止んだところで、再び跳んだ弥兎は“微笑みの処刑女”へ攻撃を仕掛ける。
弥兎の斬撃が受け流されつつも、建物の外壁近くへ追いやることに成功するのだった――。
(所定の位置へは誘導できたはずだ。さあ……どうするつもり)
私はクマ子へ目配せする。
「……よし。やるぞ、夏樹」
「任せてっ! クマちゃんっ!」
クマ子の合図を受けてギャル子はその場で蹲ると、憑依体の各部位にある装甲はそれぞれが隙間を埋めるように合わせ目が繋がり、綺麗な球体となった。
「えっ?」
クマ子は両手で球体化したギャル子を鷲掴みにすると、投球の構えを見せる。
「まさか……?」
クマ子はそのまま球体化したギャル子を、“微笑みの処刑女”目掛けて投げ飛ばした。
「……ふんっ!」
ギャル子は回転しながら凄まじい勢いで飛んでいくと、一瞬で“微笑みの処刑女”の元へ到達する。
“微笑みの処刑女”は反射的に両手を前へ突き出すが、ギャル子が直撃すると衝撃で両手の鎌の刃は砕かれ、外壁へめり込みながら押し潰された。
体当たりの直後、即座に“微笑みの処刑女”から離れたギャル子は空中で球体から通常形態へ戻り、私へ声を掛ける。
「今だよ! ウサちゃんっ!」
「――っ!」
“微笑みの処刑女”は外壁から崩れるようにゆっくりと落下していく。
表情は微笑んだままだが、脱力しきって完全に伸びていた。
私は落下していく“微笑みの処刑女”へ素早く無数の斬撃を放つ。
“微笑みの処刑女”は激しく損傷していき、ぼろきれのようになりながら地面へ体を打ち付けた。
私が着地すると同時にその体から魔力が湧き出し、魔力は私へ吸収された。
「うは~っ! やったね! ウサちゃんっ!」
「ええ、そうね」
ギャル子の多彩な能力を目の当たりにして、少々状況の整理が追い付いていなかった。
「……上手くいったな」
クマ子が私達の方へ歩み寄る。
私とクマ子は、黒い靄に包まれ塵となって消滅していく“微笑みの処刑女”に目を落とした。
「これが……処刑女。襲ってくるキラードールも厄介になりつつあるわね」
「……だが、生き残る事が難しくなるほど、ドール・ゲームが進行している証なのかもしれない。
……いつかは終わりがきて、求める答えへ辿り着く。……私はそう信じたい」
「そうね」
クマ子と話していると、先程まではしゃいでいたギャル子が急に静かになっていることに気づいた。
見ると、ぼぉーと上空を眺めながら、不思議そうな顔をしている。
私が声を掛けるより早く、ギャル子がぼそりと尋ねてきた。
「ねえ、クマちゃん……。何だろね? あれ」
ギャル子の言葉でクマ子は目を見開くと、途端に顔が青ざめる。
クマ子は即座に顔を上げて上空へ目をやると、私も同様に二人の視線の先を見やった。
「何だ……? あれ……」
私もまた、似たような感想が出る。
遥か上空に黒い点があるのだ――。
徐々に大きさを増していきながら楕円形へと変化していったかと思えば、それが釣鐘のような形をしているのだと分かった。
形状が変化しているのではない。上空からこちらへ下ってきているのだ。
クマ子は降下するソレを捉えると、眉間にしわを寄せふつふつと怒りが沸き上がっていた。
相手の正体に気づいたギャル子からは笑顔が消え、瞳を鋭く尖らせたまま対象を睨みつけている。
二人の変化を前に空気は一変し、張り詰めた緊張感がゾーン内全体へ漂う。
「フォッフォッフォッ……」
上空より出でしソレは、低い女の声を発しながら笑っている。
その容姿は、バーガー屋で聞いた目的の処刑女と特徴がすべて合致していた。
「……やっと会えたな、私の仇――」
クマ子は鋼鉄の指をギチギチと鳴らしながら、上空より飛来した処刑女へ向けて言い放った。
「――アイアン・メイデン!」
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