第57話 補助
眼前に現れたのは少女の姿をしたキラードールだった。
身に付けている衣服は黒を基調とし、所々に赤いリボンをあしらっている。
袖の丈は長く、袖口から手首から先が出ないように着こなしていた。
フリルが付いているためゴスロリ服のようだが、前掛けエプロンをしている事からメイド服のようにも見える。
前髪は眉の上で切りそろえ、ミディアムヘアのサラサラとした白髪をなびかせている。
顔は雪のように真っ白で、垂れた目を瞳が見えないほど細めたまま、口を閉じてにっこりと微笑んでいた。
だが、私へ向けて微笑んでいる訳ではない。
その頭部は人形であるため、それ以外の表情が存在しないのだ。
人型ではあるが、異様な雰囲気を漂わせるその存在が人間でない事は明らかだった。
アサブクロとは全く異なる容姿と、クマ子から聞いた特徴の一部が合致している事から、あのキラードールは処刑女である可能性が高いだろう。
私の視線に気付くと、“微笑みの処刑女”は手が隠れている袖を前へ突きだし、こちらへ向けて手招きしてきた。
「フフフッ……」
私を誘うような手招き――。
アサブクロとは違い、冷たくも優しく微笑むその姿を前に、何かしらの意思疎通が図れるのではないかと惑わされた私は、ゆっくりとソイツの元へ近づいていった――。
夏樹の前には2体目のアサブクロが立ち塞がっていた。
そのアサブクロは他のアサブクロより一回り大きな顔をし、大きく平たい手を正面に掲げ、手のひらには無数の画鋲がびっしりと敷き詰められている。
「ハーイ、ハーイッ」
ハイタッチを求めるように左右の手のひらを正面に突き出す“ハイタッチのアサブクロ”は、夏樹へ襲い掛かってきた。
「んっ!」
夏樹は腕に備わっている長いカーブ掛かった盾で“ハイタッチのアサブクロ”の攻撃を受け止めると、そのまま盾に乗せるようにして持ち上げた。
「やぁーっ!」
反り投げを受けたように、“ハイタッチのアサブクロ”は夏樹の頭上を超えて後ろへ投げ飛ばされると、背中を地面に打ち付ける。
「ブアッ!」
「クマちゃん!」
「……おう」
夏樹は背後を気にすることなく、正面に居る3体目のアサブクロへ身構える。
夏樹が花子へ呼び掛けるタイミングで、花子は仰向けに倒れている“ハイタッチのアサブクロ”の元へ辿り着いた。
「……ふぅ~……」
握り拳を垂直に構えると、花子は“ハイタッチのアサブクロ”へ狙いを定める。
「ハーイッ」
仰向けのまま、“ハイタッチのアサブクロ”は花子の拳目掛けて両手を突き上げてきた。
「……ふっ!」
花子は構わず鋼鉄の指が輝く拳を振り下ろすと、大きな手のひらに敷き詰められた画鋲を物ともせずに手のひらを押し返しながら、 “ハイタッチのアサブクロ”を地面にめり込ませた。
「バ~イッ!」
殴りつけた衝撃で地鳴りが起こる――。
“ハイタッチのアサブクロ”は断末魔を上げると魔力が湧き出し、花子へ吸収された。
夏樹は、正面に居る最後のアサブクロを見やる。
そのアサブクロは基本的な特徴は他のモノと変わらないが、特筆すべきは首が異様に長く、頭部の左右には長い鉄の棒が突き刺さっていた。
麻袋で覆われている左右の手と胴体には一本の鉄の棒が貫通する形で刺さっており、両腕は動かせず機能していなかった。
“鉄棒のアサブクロ”は首をブンブンと激しく振り回し、風斬り音を鳴らしながら夏樹に迫ってきた。
振り回される鉄の棒で夏樹は何度も叩かれるが、全身を覆う装甲が彼女へダメージを与える事はない。
相手の応酬を意に介さず、夏樹は連続して突き攻撃を放った。
「やっ! はっ! やあーっ!」
その攻撃によって胴体に幾つもの穴が開き、肉体を激しく損傷した“鉄棒のアサブクロ”は崩れるように倒れ込むと魔力が湧き出し、夏樹へ吸収された。
花子と夏樹は、瞬く間に3体のアサブクロを倒しきったのである。
そこで、黙ったままの弥兎が気に掛かり、花子は後ろへ振り返った。
「……っ!?」
花子の目には、手招きをするメイド服のような恰好をしたキラードールへ、吸い寄せられるように歩み寄っていく弥兎の姿が映った――。
「……弥兎っ!」
「――はっ!」
“微笑みの処刑女”へ近づく最中、私は花子の声で我に帰った。
私が正面まで来たところで、“微笑みの処刑女”は車の上から地面へ降りると、袖口から瞬時に大型の鎌の刃を生やし、こちらへ向けて伸ばしてきた。
「んっ……!」
私はすんでのところで、伸ばされた刃を肩から生えた憑依体の左腕の鉤爪で食い止める。
“微笑みの処刑女”はさらにもう片方の袖からも鎌の刃を生やし、私へ向けて斬りつけてきた。
その攻撃を憑依体の右腕の鉤爪で受け止めると、“微笑みの処刑女”は身を翻し再び車の屋根に着地すると、即座に私へ向けて飛び掛かってきた。
“微笑みの処刑女”は袖から生えた大型の鎌の刃で無数の斬撃を放ってくる。
それを受けて私もまた連続して斬りつけながら、相手の攻撃を受け流した。
“微笑みの処刑女”が再度身を翻し空中へ跳んだのに合わせ、私は後方へ連続して跳び、ヤツから距離をとった。
「……弥兎!」
「ウサちゃんっ! 大丈夫!?」
駆け寄ってきたクマ子とギャル子は、私を気遣う。
「ええ、平気よ。……っ!?」
“微笑みの処刑女”を見ると、建物の2階相当の高さを維持したまま、空中を漂っていた。
「浮いてる……」
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