第56話 処刑女
「げぇっ……」
中倏妹はクマ子、私へと視線を移し、最後にギャル子を目にすると、げんなりした顔を見せる。
「増えてる……」
中倏妹に怪訝な顔をされながらも、当のギャル子は目をパチクリさせながら口をUの字にして、興味津々といった様子だ。
「よく協力する気になったわね、中倏妹」
「……なんだ、中倏の妹か」
「佳奈よ! 佳奈っ!」
ギャル子は私達に続いて、中倏妹へ声を掛ける。
「ワンちゃん! ワンちゃんっ!」
「誰がワンちゃんだっ! 失礼な奴しかいねーのか! ここにはっ!」
「一々、声がでかい……」
「人が協力してやろうってのに、あたしを苛つかせる態度しか取らないからだろっ!」
私と中倏妹は互いにガンを飛ばしあう。
そんな私達を見て、ギャル子は愛想笑いを浮かべながらやや困り顔で疑問を投げかけた。
「あちゃ~、もしかしてウサちゃんとワンちゃん、あんまり仲良しさんじゃない感じ?」
「まあ、犬猿の仲って言ったところかしら。なっ! 中倏妹」
「ふんっ!」
中倏妹は、私から顔を背ける。
「この場合はウサギだけどねぇ!」
ギャル子は人差し指をピンと立てながら、茶々を入れてきた。
「うるさい、黙れっ! あんた等に構ってる暇はないのよ!
さっさと終わらせてあたしは帰る――、マヌ犬っ!」
中倏妹が呼びかけるとゾーンが広がり、彼女は憑依体へと姿を変えた。
「……それで、こいつに何が出来るんだ?」
「らむねの話じゃ、匂いでキラードールの位置や種類を把握出来るんだって」
「……ほう」
私の話を聞くと、クマ子は興味深そうに中倏妹を見た。
「んっ!」
中倏妹は力んでみせる。
「何してんの?」
私の問いに、中倏妹はキレ気味に答えた。
「静かにしてろ! 出来るだけ広範囲に嗅ぎ取れるようにしてんのよ。
その分、多くの力を消耗するけど……」
「……」
クマ子は観察するように中倏妹を見つめる。
「すんすん」
中倏妹は鼻を利かすと、体の向きをゆっくり変えながらすべての方角に意識を向ける。
「すんすん……、んっ?」
少しの間待っていると、中倏妹が一つの方角を気にし出し、そちらへ集中して鼻を利かせ始めた。
「すんすん……居る――」
半信半疑だった私達の表情が険しくなる。
「また数が多いな。麻袋の化け物が3体、それに……この異質な匂いは……」
「何か分かった? ワンちゃん?」
「佳奈よ! んっ、麻袋の化け物とは違う奴が2体居る……。
1体は嗅ぎ取りやすいけど、もう1体はやけに匂いが薄い。もっと離れたところにいるのかもしれない」
「処刑女ってこと?」
私は中倏妹へ尋ねた。
「あたしが知るかっ! でも、麻袋の化け物でないことは確かよ。
まさか……パラソルと貴婦人?」
「えっ? 絵画?」
ギャル子が純粋な目で問いかける。
「違うっ! あたしが見た、異質な化け物のことよ!
首から先がパラソルになった女と、日傘を差した貴婦人みたいな奴……。
ソイツ等と同系統の匂いがする」
「……お前が見た奴はどんな色の服を着ていた?」
今度はクマ子が尋ねた。
「えっ? 黒っぽいゴスロリ服とドレスだけど?」
クマ子の目が光る。
「……処刑女である可能性が高いな。そして、同系統の匂いがするという、この先に居る奴らも」
そう言うと、クマ子は中倏妹が匂いを感じ取った方向へ顔を向けた。
「すんすん……、位置的には――」
中倏妹は、キラードールの匂いを感じたおおよその場所を私達に伝えた。
どうやらここから少し離れた、大型スーパーの辺りに居るようだった。
「行こう! クマちゃん、ウサちゃん!」
「ええ」
「……ああ」
ギャル子の掛け声と共に私とクマ子が走り出そうとした時、ゾーンが閉じられる。
「あれっ?」
皆一斉に足を止めて、中倏妹の方へ振り返った。
中倏妹は、腕組みしながら私達へ言い放つ。
「あたしの役目は済んだはずよ! 面倒はごめんだし、もう帰るわ!」
(閉じるなよ、勿体無い……)
「もち! ありがとね! ワンちゃん!」
ギャル子は中倏妹の元へ駆け寄り、抱き着く。
「何だあっ……こいつっ!? 鬱陶しい!」
中倏妹は本気で嫌がりながら、ギャル子を引き剝がした。
「……礼を言うぞ。中倏の妹」
「佳奈よ! 佳奈っ!」
私は中倏妹を指差す。
「違ったら、また呼ぶから」
「もう呼ぶなっ!」
私達は中倏妹を置いて、大型スーパーへと向かった――。
しばらく走ると、大型スーパーへ辿り着いた。
建物自体は1階建ての造りだが、店内の天井が高いため外観は2、3階ほどの高さがある。
倉庫でもある店内には業務用の食料品が箱ごと売られており、大量買いする顧客に人気の店だ。
建物の前にある見渡せるほど広い駐車場に出ると、店側を背にする形で、車の陰から道路沿いの駐車スペースへ目をやる。
そこには半透明な状態のアサブクロが3体確認できた。
ゾーン外に居るキラー・スタッフト・トイは、何かと重ならない限り透けることはない。
だが、前方に見えるアサブクロは確かに透けて見えている。
この違いはキラードールの種類の問題なのか、はたまた契約者の有無が関係しているのだろうか。
そんなことを考えながら、私は二人へ尋ねた。
「ゾーンは? 誰が開く?」
「……私がやろう」
クマ子が名乗りを上げた。
「作戦は? 誰が仕掛ける?」
「……アサブクロ相手なら、そう苦戦する事もないだろう。倒せる者が倒せばいい」
「そうね」
「待って! クマちゃん、ウサちゃん」
私が標的にする相手を選ぼうとした時、ギャル子が声を上げる。
「あーし最近なまってるから、あーしからでいい?」
そう言いながら、ギャル子は伸びをしていた。
「……ああ、構わん」
私は、ギャル子と“みたらし”に目をやる。
(ギャル子の憑依体か……、お手並み拝見ね)
「……弥兎、私達も憑依をしてサポートに回るぞ。……周囲への警戒は怠るな、処刑女が近くに居る可能性が高い」
「分かった」
私達が車の陰から身を乗り出すと、“まるこげ”を中心にゾーンが展開される。
私はウエストポーチからロリポップを取り出すと、慣れた手つきで包みを剥がし叫んだ。
「“ロリポップ”っ!」
クマ子はスマートフォンの電源を切ると、鞄へしまい込んだ。
「……やるか、“まるこげ”」
ギャル子は左右の手で握り拳を作り、肘を曲げてから片腕を天へ伸ばすと、元気良く声を上げる。
「おーしっ! “みたらし”ぃ~、かますしぃ~!」
三つの閃光が走ると、私達は憑依体へと姿を変える。
憑依後、ロリポップを咥えた私は、光が晴れその全容が明らかになったギャル子の憑依体へと視線を移した。
ギャル子の憑依体は、人体を覆う柔らかそうな着ぐるみめいた部位の上を固そうな装甲が覆っていた。
その外見は、まるで鎧兜のようだ。
頭に被る“みたらし”の頭部からは顔の側面と首の辺りを守るように錣のようなものが垂れている。
また、全身には湾曲している大小様々な形の装甲が備わっていた。
特徴的なのは両手の武器である。
左右の腕の側面には、ギャル子の身長程もある三日月状のカーブがかった長く巨大な盾を装備している。
模様も相まってカットされたメロンの皮のようだ。
その盾とは別に手の先からは、砕くのに特化しているであろう杭が突き出ていた。
杭の左右には爪の先端が内側を向いた、勾玉よりさらに丸まっている鉤爪が付いている。
鉄壁の守りを呈するその姿は、明らかに防御型の憑依体だ。
私達の存在に気付くと、1体のアサブクロがこちらへ向かってきた。
ソイツは下半身が細長く、1枚の大きな麻袋を履いた状態ですり足で接近してくる。
上半身は大判焼きのような横向きにした高さの低い円柱形で、左右には骨があるかも怪しいほど細い紐のような腕が生えていた。
その腕の先には棘付きの鉄球が付いており、両腕をブンブンと横振りして自身の胸に当たると構わず逆回転で再び振り回す動作を繰り返している。
棘付き鉄球が当たる胸の辺りは既に穴が空き、損傷していた。
一連の動作を繰り返すその様は、まるで“でんでん太鼓”のようだ。
“でんでん太鼓のアサブクロ”は腕を振り回しながら、前進してくる。
そんな相手にギャル子は、街中を闊歩するが如く余裕たっぷりに向かっていった。
“でんでん太鼓のアサブクロ”がギャル子の前まで来ると、棘付き鉄球が何度もギャル子の憑依体に直撃する。
だが、憑依体の装甲は棘付き鉄球を弾き返し、ギャル子は“でんでん太鼓のアサブクロ”の前で突っ立ったまま、動じる様子がない。
「んっ! やっ! はあーっ!」
ギャル子は掛け声を発する毎に、突き攻撃を食らわせた。
アサブクロの上半身へ杭が貫通しそうなほど突き刺すと、丸まった鉤爪までもが相手の体内へ埋没する。
その後、体内の肉に引っ掛かっている鉤爪を無理やり引き抜く為、腕を抜くと“でんでん太鼓のアサブクロ”の傷口は内側から外へ開いた形になる。
突いて抜くだけの動作――。
単純ながら、見かけ以上にあの攻撃は強力だろう。
「ウウゥゥゥ~ンッ……!」
唸り声を上げると、“でんでん太鼓のアサブクロ”はその場に倒れ込んだ。
その体から魔力が湧き出すとギャル子へ吸収され、“でんでん太鼓のアサブクロ”は黒い靄に包まれると塵となって消滅していった。
1体倒したのを確認すると、クマ子もまた前進していく。
私はというと、呆気に取られていた。
(もはやアサブクロでは歯が立たない。実際に目の当たりにして感じる。
やはりクマ子とギャル子の憑依体は、私やハム子の憑依体より一段階上の性能を有している気がした。
もしも個々の特性だけでなく、憑依体自体に性能差があるのだとしたら――)
私は灰色の空を見上げた。
(クマ子達をも凌駕する力を持った契約者が、まだどこかに居るのだろうか……)
ギャル子の実力を前に、物思いにふけっていた時だった――。
「んっ……?」
何かの接触音が耳に入った。
後方にある車の屋根の上に何かが乗ったような、置かれたような――そんな音だ。
私は音の出所が気になり、後ろへ振り返った。
「えっ……」
視線の先のモノに驚き、目が点になる。
メイド服のような衣装に身を包んだソレは、私の背後十数メートル先の車の上に居た。
軸が一切ぶれないまま、バレリーナのように靴のつま先で片足立ちをしながら、こちらへ微笑んでいたのだ。
「フフフッ……」
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