第55話 説得
佳奈が母親と共に病院から帰宅する頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
「佳奈、ポスト見といてくれる?」
玄関前まで来たところで、佳奈は母親に頼まれた。
「うん。分かった」
佳奈は玄関扉から数歩歩いた先にある、外周フェンスの横に設置されたポストまでやってくる。
ポストに郵便物が届いていない事を確認し家へ戻ろうとした時、佳奈は何者かの気配を感じ、自宅前の道路へ注意を払う。
「ん……」
佳奈は道路に出ると、周辺を見渡した。
すると、ひたひたと足音が近づき、暗がりの路地にある街灯の下へとある人物が現れる。
真上から照らす街灯の光が目元に影を作り、ただならぬ雰囲気を感じさせるその人物は言葉を発した。
「こんばんは、佳奈ちゃん」
突如表れたらむねを目の当たりにして、動揺した佳奈は声を上げた。
「ひっ!? 樋郡っ!? 何で? あんた……能力を失ったんじゃ!?
マっ、マヌ犬っ!」
佳奈は早急に憑依しようとする。
「えっ……? あっ――! ちっ、違うよ、佳奈ちゃん! ただ、挨拶しただけだよ!」
周囲を警戒しながらキラー・スタッフト・トイを呼ぶ佳奈に対し、らむねはすぐさま弁明をする。
しかし、肩を落とすと弱々しい声で続けた。
「そっ、そうだよね……。私に信用があるわけないよね、ごめんなさい……」
キラー・スタッフト・トイが居ない事を確認した佳奈は、恐る恐るらむねに声を掛ける。
「なっ……、何の用だってのよ」
「あっ、あのね。実は佳奈ちゃんにお願いがあって――」
「はっ?」
面倒事の予感が、佳奈を怪訝な顔付きに変えた。
「じっ、実は東林さん達があるキラードール……つまり、私達を襲ってくる化け物を探しているんだけど、どうしても見つけられないみたいなの。
だからね――その……」
佳奈は腕を組むと、得意げな顔になった。
「だから、あたしの力が必要って訳ね」
佳奈が即座に話を理解してくれた事に感激し、らむねは声を弾ませて答えた。
「そう! そうなんだよ、佳奈ちゃん!
手を貸してもらえないかな?」
佳奈は得意げな顔から一転し、一瞬で目を尖らせると、らむねへ言い放った。
「お断りよっ!」
佳奈はそのまま180度体の向きを変えると、玄関へ向けてずんずんと歩いて行く。
「まっ、待って佳奈ちゃん!」
佳奈はらむねの声を無視して、家の中へと入っていった。
「ああ……」
翌朝――
「いってきまぁーす」
佳奈が自宅を出て学校へ向かい始めようとした時、路地からぬっとらむねが現れ、声を掛けられる。
「おはよう、佳奈ちゃん」
「うわっ!? 樋郡っ? あんた何やってんの!?」
「あの、もう一度話を聞いてほしくて……、朝から待ってたんだ。
どうしても佳奈ちゃんの協力が必要で、厚かましいのは分かっているんだけど、お願い出来ないかな?」
「知るか!」
佳奈はらむねを無視して、走り出した。
「あっ……」
らむねは佳奈の背中を目で追いながらも、無理に引き止める事はしなかった――。
佳奈は既に日が沈んだ時間帯に帰宅すると、自宅前の街灯へ目をやった。
「……、また居たりしないだろうな……」
警戒しつつも、そこには誰もおらず、佳奈が安堵した時だった。
「こんばんは、佳奈ちゃん」
「うわああっ!?」
気が付けば、らむねは佳奈の真横に立っていた。
「あんたね……、その登場の仕方止めてくんない? 心臓に悪いんだけど……」
「えっ? でも……挨拶しないのは失礼だし……」
こちらの意図が伝わらないと悟り、佳奈は諦めて話を切り出した。
「樋郡、あんた、マジでしつこい……。あたしが引き受けないのは分かってんでしょ。
何をそこまで――」
佳奈の言葉を遮ると、らむねは答えた。
「これは……私が東林さん達に出来る、罪滅ぼしだから……」
「ふんっ。東林達に……ね。あたしには何もする気はないんだ」
「そっ、そんなことないよ! 何をしたらいい? 佳奈ちゃん。
私、何でもするからっ!」
「あたしに関わるな!」
佳奈はらむねを一喝する。
「んっ、えーとぉ……」
らむねは困り顔になると、ある案を思い付く。
「わっ、分かったよ。それじゃあ……協力してくれたら、私はもう関わらないから!」
「何で交換条件になってんのよ!」
そこで、佳奈は唐突に思い出した事をらむねに問い質し始めた。
「そういえばあんた、お姉ちゃんの見舞いに来たでしょ」
「うん、中倏さんのお母さんに止められちゃったけど……」
「あたしが会わせないように言っといたの! 大体あんた、会ってどうするつもりだったの?」
「その、謝りたくて……」
「――だと思った。でもね、あんたから何言われても、お姉ちゃんは覚えていないんだから、余計な事すんな! お姉ちゃんが混乱するでしょ!
そして、二度と来るなっ!」
畳みかける佳奈に押され、らむねは渋々答えた。
「うっ、うん……分かった。佳奈ちゃんがそうしてほしいなら、もう行かないよ……」
言いづらそうにしながら、らむねは再三佳奈に頼み込む。
「それで……、協力の方は……?」
「する訳ないだろっ! さっさと帰れっ!」
「でも、これは佳奈ちゃんにしかお願い出来ない事だから……、迷惑なのは分かっているんだけど。
それにね、東林さん達が探している処刑女って言うのは、凄く危険な存在らしいの。
このまま放置すれば、中倏さんにも危険が及ぶかもしれないんだよ?」
「麻袋を被った化け物とは、別の奴ってこと?」
「うん」
佳奈は先日の出来事を思い返した。
(あたしが見た、異質な存在――。もしもアイツらにお姉ちゃんが襲われでもしたら……。
面倒事はごめんだけど、東林達が勝手に片付けてくれるなら、チャンスなのかもしれない――)
「……」
考え込む佳奈の表情を窺いながら、らむねは次の言葉を待った。
僅かな沈黙の後、佳奈は答えを出す。
「ちっ、分かった。一度だけ、手を貸してやる。
だけど、いい? これが済んだら、もうあたしに関わってくるんじゃないわよ!
あんた等に関わると碌な事にならないんだから!」
らむねは胸を高鳴らせ、瞳を輝かせた。
「う、うん! ありがとう、佳奈ちゃん!」
らむねは自分のスマートフォンを取り出す。
「それじゃ、日程が決まったら連絡するから佳奈ちゃんの連絡先、教えてもらえるかな?」
「はっ? 何であんたなんかに、嫌よ!」
「そっ、そっか……そうだよね。あっ! じゃあ、東林さんの教えるから、後で連絡してもらえる?」
「げぇっ!?」
佳奈は顔をしかめる。
「いいっ! あんたでいいから、さっさと済ませろ!」
佳奈はスマートフォンを取り出した。
かくして、らむねは佳奈の協力を取り付けるのであった。
弥兎のアパート――
スマートフォンが鳴ると、らむねから連絡が入った。
「もしもし、らむね?」
「東林さん、あのね――」
私は、らむねから良い報告を受ける。
「分かった。ありがとう、助かったわ」
通話を切ると、私はクマ子へ電話を掛けた。
「もしもし、クマ子?」
電話に出たクマ子へ向けて、私はさっそく話を切り出す。
「クマ子、助っ人を用意したから、例の処刑女を見つけられるかもしれないわ」
「……助っ人?」
「ええ。だからもう一度、例の処刑女が現れそうな場所を考えといてほしいの。
例えば、ソイツと初めて遭遇した所とか」
「……」
思い返せば、クマ子が例の処刑女と遭遇した所はまだ捜索していなかった。
クマ子なら、まず最初に当たりを付けそうなものだが、同じ場所に居続ける可能性が低いと判断したのだろうか。
「……そうだな、もう一度……あそこに行くとしよう」
クマ子は独り言のように呟く。
その後、私達は処刑女捜索の日程を調整し始めた――。
放課後になり、処刑女捜索のための待ち合わせへ向かう途中、花子と夏樹はとある建物の前に立ち寄っていた。
花子は6階建てのビルを見上げる。
各階にテナントが入るビルの4階、”puss comfort”というネットカフェを見つめながら、花子は思いを馳せていた。
「……」
「クマちゃん……」
後ろから近寄った夏樹は、花子の肩に手を置くと、優しく声を掛ける。
花子は振り返り、夏樹を見てから視線を正面に戻すと、二人そろってネットカフェを見つめた。
その場から離れようとしない花子へ、夏樹は再度声を掛ける。
「行こ」
花子は目を伏せると、ぼそりと呟く。
「……ああ、そうだな」
歩き始めた花子と夏樹は、弥兎との待ち合わせへと向かった。
私はクマ子とギャル子を探していた――。
待ち合わせは駅を出て少し離れた場所、ベンチやオブジェが置かれたコンクリート通りだ。
見ると、そこには既にクマ子とギャル子が到着していた。
「早かったのね」
「……それで助っ人とは誰なんだ?」
世間話は必要ないとばかりに、クマ子は早々に話を切り出した。
「まあ、会えば分かるわよ。
ギャル子は会ったことのない契約者だと思うけど」
「マジっ!? テンション上がるしぃ~!」
興奮し出したギャル子を余所に、私はもう一人の人物を待つ。
らむねからの連絡が伝わっていれば、ここに現れるはずだ。
生憎ハム子は用事で来られないそうだが、当初よりこの面子で対処するつもりだったため、問題は無かった。
「つーか、あいつちゃんと来るんでしょうね」
待ち合わせの時間を少し過ぎたところで、一抹の不安が過る。
「ちっ……」
そうこうしていると、全く乗り気でない表情を見せる中倏妹が姿を見せた。
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