第53話 匂い
「中倏妹? なんで?」
あいつに頼んだところで、役に立つとは思えなかった。
「佳奈ちゃん、キラードールの種類や位置も匂いで嗅ぎ分けられるって言ってたから、東林さん達が探しているキラードールを見つけられるんじゃないかな?
私と居た時は上手く使いこなせていないようだったけど、状況が状況だっただけに冷静だったとは思えないし……。
上手くやってくれなくて、私“暴君”にいっぱい殴らせちゃったから……」
(こわ……)
理由はどうあれ、私も余り人の事は言えないので特に追及はしなかった。人に手を挙げた代償は、自分の現状が物語っているのだから。
「それじゃあ、中倏妹ならキラードールを見つけ出せるってことね?
でも、あいつが私達に協力するとは思えないけど」
「私からお願いしてみるよ。だからといって協力してくれるかは分からないけど、やるだけやってみる。
私だって、東林さん達の力になりたいから」
そう言うと、らむねは中倏妹の説得に名乗りを上げた。
「放課後になったら、佳奈ちゃんの所へ行ってみようと思う。
何度断られても粘り強く交渉し続けるつもりだよ」
使命感を持って意気込むらむねは、東征学園が見える所まで来ると、私と別れようとした。
そんな彼女を私は引き止める。
「待って、一先ずクマ子に確認しておきたい事があるから――」
らむねの時間を奪っているのは承知の上だが、私はギャル子から借りているスマートフォンで、クマ子へ電話を掛ける。
また、らむねにも会話が聞こえるように出来るかと彼女に尋ね、スピーカーモードという周囲の人間にも通話相手の声が聞こえる状態にしてもらった。
彼女をこの場に残したのは、らむねが危険な状態にあるかもしれないという事を、らむね本人にも知っておいてほしかったからだ。
数回の呼び出し音を経て、クマ子が電話に出る。
「……はい」
「クマ子? 私、弥兎」
「……今、休み時間なんだが?」
「ん? ならいいじゃない」
「……、はぁ……まあいい、それで? 何の用だ?
……今日は夏樹の予定が合わないから、捜索はしないぞ。
……三人居なければ意味がない」
「分かってるわよ、そうじゃなくてね。
今、らむねと一緒なんだけど……、一つ気になる事があるの――」
私は、らむねの現状に関する不安をクマ子へ相談した。
「……たしかに、それは気になるな」
クマ子も問題視する一方、らむねはそれほど悲観してはいなかった。
「それなら、私で試してみて」
その発言に私は異議を唱える。
「それじゃあ、あんたが危険でしょ?」
らむねは、話を続けた。
「かもしれないけど、確かめておいた方が良いと思うの」
らむねはスマートフォン越しに、クマ子へ声を掛ける。
「熊見さん、ドール・ゲームに関する事は東林さんから聞いたよ。
熊見さんの言うように襲ってくるキラードールが、“暴君”達だけを狙っているのかどうか、私を使って確かめられると思うんだ。
今後、私の時のように契約者と戦う事になるなら、ドールを失った契約者のその後がどうなるのか、理解しておいた方が良いんじゃないかな?
大丈夫、もし一人の時に引き込まれても、全力で逃げきってみせるよ」
「……」
クマ子は何も答えなかった。
当然、私とてその事実を確認しておきたい。
だが、私やクマ子は分かっていたのだ。
アサブクロならまだしも、上手く隠れられなければ、処刑女から17分間逃げ切るのは難しいだろう。
らむねもまた、私達を不安にさせない為に言い切っているに過ぎない。
私はクマ子へ尋ねる。
「ゾーン内って、電話は通じないの?」
「……無理だ。電子機器の操作は出来るが、外部と連絡を取り合うことは出来ない。
……おそらく、電波が通っていないのだろう」
「それなら、一度引き込まれたらむねをゾーン外から助けには行くのは厳しそうね……」
「東林さん、熊見さん、お願い!
私だけ何もしないなんて出来ないよ! みんなに迷惑を掛けた事への罪滅ぼしでもあるんだから!」
しばしの沈黙の後、クマ子は答える。
「……どの道、24時間らむねを護衛する事は出来ないからな。……そこまで言うなら、協力してもらおう。
……取り敢えず弥兎に連絡先を教えて、状況報告を出来るようにしておいてくれ。
……連絡先は後で私にも共有してもらうぞ」
「うん。ありがとう、熊見さん」
らむねと連絡先を交換すると、私は彼女と別れた。
その後は、らむねに危害が加えられないように、私は東征学園の周辺でキラードールの捜索をしながら、ゾーンの再発動まで時間を潰していた――。
とある病院――。
病室のドアの前で、佳奈は息を整える。
「ふぅー……」
笑顔を作るとスライド式のドアを開け、室内の人物へ声を掛けた。
「お姉ちゃん、来たよ! ママは売店に行ってるけど、すぐに来るから」
「佳奈……」
ベットの上で体を起こしていた中倏 柑奈は、最初期待するような眼差しで開かれたドアへ目をやったが、それが妹であることに気づくと、落胆するように視線を落とした。
「具合はどう? お姉ちゃん」
佳奈は壁際にあった椅子をベットの横へ移動させると、そこへ腰かけながら柑奈に話しかける。
「そんな昨日今日で変わんないって、はあ……早く家に帰りたい」
佳奈の目に映る姉は、足や手にギブスを着けており、痛々しさが抜けていない。
「後、数日で退院だから頑張ろう、お姉ちゃん。リハビリなら、あたし毎日付き合うしさ」
「ありがとう、佳奈。――ふっ……」
柑奈は虚しく鼻で笑う。
「結局、見舞いに来るのはパパとママと佳奈だけ。
私は、誰の気にも留められてなかったのね……」
「それは……、光桔ちゃん達も入院しちゃってるから……」
「あんな事があった後でも、クラスメイトが大怪我すれば誰か来るものじゃないの?
例え無視していた相手でも、これほどの事が起きたら一人くらいは見舞いに来るかと思ったのに……。
ほんと、あいつ等全員大っ嫌い……。学校に……戻りたくない」
気持ちが沈んでいる柑奈へ、佳奈は言葉を掛ける。
「そんなの……、お姉ちゃんらしくないよ」
「私らしさって、何? 人望なんてない、これが私の全てでしょ……」
そこに居る柑奈は、佳奈が見てきた姉の姿とは乖離していた。
「違うよ。あたしの知ってるお姉ちゃんはいつも堂々としてて、周りの人はみんなお姉ちゃんに従うの。
美人でかっこ良くて、お姉ちゃんには人を引き付ける力がある! あたしはそんなお姉ちゃんが大好きで、ずっと尊敬してる。
今までも、これからも!」
「佳奈……」
「ちょっと上手くいかなくなったからって、お姉ちゃんは引き下がったりなんかしない!
だって、お姉ちゃんは最高なんだから!」
「はっ――」
自分へ向けられる佳奈の視線は、付き従ってきた連中と似ていた。
勿論柑奈にとって、大事な妹と取り巻きの奴らは同列ではない。
羨ましさや憧れを持つ連中の眼差し、そしてそんな姉を慕う妹の瞳を前に、柑奈は自分が何者かを思い出した。
「そう……そうよっ。私は中倏家の長女、中倏 柑奈っ!
凡人どもは私の魅力を前に、平伏せばいいわ! 私は特別な人間なのだから!」
ガッツポーズのように両手の拳を胸の前で握りしめた佳奈は、高揚してその場で立ち上がる。
「そうよっ! それでこそお姉ちゃんよっ!」
佳奈の前に、自信に満ち溢れる見知った姉が戻ってきていた。
だが、佳奈の脳裏に以前弥兎に言われた言葉がよぎる。
「……」
“大事な姉が危険な目に遭わないためにも、恨みを買わない行動をとらせるべき”、その言葉が頭から離れず、佳奈は柑奈に言葉を掛けた。
「でもね、お姉ちゃん。もう、今までのようなやり方はやめといた方がいいと思う。
だいたい、お姉ちゃんがあんな凡人どもに愛想ふりまく必要ないよ」
それを聞いた柑奈は、やや不機嫌になる。
「転校したてだったんだから、仕方ないでしょ。
光桔達みたいな喧嘩出来る奴はいないし、あの温い連中をいち早く従わせるには、美人で権力者の娘たる私に付く方が得と思わせる方が手っ取り早かったのよ。
実際クラスのほとんどは、すぐに私の言いなりになったわ」
「勿論、お姉ちゃんの魅力には誰も敵わないわ。だからこそ、何もしなくたってお姉ちゃんの周りには人が集まる。
東林みたいな、厄介な奴には関わんない方がいいよ」
「このまま黙って引き下がれないでしょ! クラスの連中にだって、思い知らせてやる!」
「そうじゃないよ……そうじゃなくて――」
震え声になりながら、佳奈は言葉を絞り出した。
「――お願いだから、もう止めて……」
佳奈は再び椅子に腰を下ろすと、柑奈の手に自分の手を重ねながら、顔を伏せる。
「お姉ちゃんがこんな目にあって、あたしが何も感じないわけないでしょ!
お姉ちゃんが苦しんでいる姿なんて、二度と見たくないよ……」
「佳奈……?」
「あたし、お姉ちゃんが怪我したって聞いて、本当に怖かったんだから!
お姉ちゃんをこんな目に合わせた奴は絶対に許せ……、んっ――なかった……」
感情を吐き出しながらも、らむねの事を考えると佳奈の心情は複雑になる。
そのまま黙ってしまった佳奈の頭を柑奈は撫でた。
「妹に心配されるようじゃ、お姉ちゃん失格ね」
「お姉ちゃん?」
顔を上げると、柑奈は微笑む。
「まずは佳奈を悲しませない姉になるわ」
「はっ――! うんっ!」
互いに笑顔を向ける最中、突如眼前に居る柑奈の姿が消滅する。
「――っ!?」
だが、佳奈は即座にその場で立ち上がると、状況を理解した。
(消えたのはお姉ちゃんじゃない……、あたしの方だ)
病室を見渡すと世界は色を無くし、佳奈はゾーンに引き込まれていた。
佳奈は苛つきながら、マヌ犬に目をやる。
(ちっ! あたしに知らせるとか出来ないの? コイツは……)
柑奈が居たベットに、佳奈は視線を戻す。
(まあ、お姉ちゃんが巻き込まれなくて良かった……)
気持ちを立て直すと、佳奈は病室の扉へ向き直る。
(面倒ごとはごめんなのに……、さっさとあたしを引き込んだクソ野郎をぶっ飛ばして、お姉ちゃんの元に戻る!)
佳奈は再び苛立つと、舌打ちをしながら声を上げた。
「ちっ! マヌ犬っ!」
病室に一瞬の閃光が走ると、佳奈は憑依体へと姿を変える。
らむね戦の後、佳奈は一度アサブクロと遭遇していたが、討伐に成功していた。
先の戦いで憑依体の動きに慣れ、自分自身でも驚く程に体はドールの力に適応していったのである。
「あたしから隠れられると思うなよ!」
佳奈は魔力を消費して能力を行使する。
佳奈自身は自分の中で減少していくモノが何なのか分かってはいなかったが、力を使うのに必要なエネルギーを消耗しているというのは察しがついていた。
「すんすんっ、……っ!?」
鼻を利かせながら、憑依体の持つ特殊能力によって、佳奈は敵の位置を感じ取った。
(この建物に……、5体居る――)
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