第52話 罰
「らーむねっ」
「わっ!? えっ? とっ、東林さんっ!?」
完全な不意打ちであったようで、彼女は驚いていた。
私が探していたのは、樋郡 らむねである。
“ロリポップ”に乗って辿り着いたのは東征学園近くの住宅街で、先の暴行事件で私とクマ子が訪れた場所だった。
今日のらむねは制服を着ており、東征学園の方へ向かっている。
「こんな時間にどうしたの? サボり?」
「ちっ、違うよ! どうしてもこの時間しか予約が取れなくて、あの……病院に行って来てね。今から学校に戻るとこなんだよ」
「あー、そう」
らむねは必死に否定した後に、事情を説明してきた。
あれから何も変わっていないと、思われたくなかったのかもしれない。
「とっ、東林さんこそどうしたの? 学校はお休み?」
「私、停学中だから。ほら、中倏ぼこしたせいで」
「えっ、あっ……そうだったんだ。その……ごめんなさい……」
私にとっては気に障る事ではないため、謝る必要はないと伝えた。
ゾーンの再発動まで特にやることがなく、私は学校へ向かうらむねの隣を歩きながらついて行く。
「病院って……目、大丈夫?」
「えっ、うん。ほら、先生にはもう取っても良いって言われたけど、今日までは付けておこうと思って……」
そう言うとらむねは眼帯を捲り、左目を見せてきた。
見た感じは異常なさそうである。
「治って良かったわね」
「あっ、ありがとう。東林さんのそれはどうかしたの? その……右目……」
気になっていたらしく、らむねは私に尋ねてくる。
「……」
私はらむねの額へ、優しくデコピンをした。
「えっ? 暴力……?」
らむねは額を抑えながら、冷たい眼差しになる。
(しまった。ナイーブな問題だった……)
私は急いで話題を変える。
「あれからどうしてた?」
「えっ? ああ……」
らむねは、気持ちを整えてから話し始めた。
「警察に行ってね、話したよ……全部。私がやりましたって」
「えっ……? ドールの事話したの?」
私の問いに対し、らむねは静かに首を振った。
「そんなこと言ったら相手にしてもらえないと思って、“暴君”に関する事は伏せたよ。
そしたら……取り合ってもらえなかった」
らむねは、悲しさと悔しさが入り混じった顔をする。
「警察の人達に私がいじめられていた事は調べが付いているみたいで、私の自供もいじめの延長で誰かに言わされているんじゃないのかと思われてね……。
勿論、どうやったのかは聞かれたけど、私がみんなに負わせた怪我は一人でどうこう出来るものじゃなかったから、こっちがなんと言っても聞く耳を持ってもらえなかった……」
「そうだったの」
らむねは苦笑いをしてから続けた。
「どうしたらいいのかな……。私は自分が犯した事へのけじめを付けたい。熊見さんとも約束したのに。
みんなの所へ謝りに行っても覚えていなくて、かえって気味悪がられちゃったし……。
私がやった事を……、証明できないの……」
私はらむねの顔を一瞥し、問いかけた。
「もやもやしてる?」
らむねはハッとした表情をすると、冷静に自分の感情を分析し答える。
「えっ? うん、そうだね。ちゃんと落とし前を付けられないこの状況は、やるせないかな……」
「だったら、それでいいんじゃないの? 結局、謝って許されようなんてのは、加害者側のエゴなのよ。
やり場のない気持ちを抱え込んでいるなら、それがあんたにはいい罰になるんじゃない?」
らむねは俯きながら、軽く握った手を自分の胸に当てる。
「これが……、私への罰。そっか、そうなら……、私は受け入れるよ。
でも、もっとちゃんとしたけじめを付ける術があるのなら、私はそれをしようと思う」
「うん」
自分の思いと向き合うらむねへ向けて、私はただ静かに頷いた。
顔を上げたらむねは、複雑な心境を払拭出来ないまま、私に気持ちを述べる。
「私、東林さん達には感謝してるんだ。あの時、止めてもらえなかったら、今も私は……前に進めずにいたと思うから。
でも、正直言うとね。上手くやっていけるのか、不安な面の方が大きいかな……」
「らむね」
「ん?」
私はらむねの目を見ながら、言葉を発した。
「あの時、私が言った事は嘘じゃないから。なんかあったら、言いなさいよ。
あんたを気に掛ける奴は、ここに居るから」
「んっ――」
らむねは頬を赤らめると再度俯き、両手の人差し指の先を何度もつけては離すを繰り返しながら、小声で答えた。
「あっ、ありがと」
らむねは頬を赤らめたまま、声を上げる。
「私、東林さんにそう言ってもらえて、凄く嬉しかった。
孤独を感じていた中で、そんな言葉を掛けてもらえたのは初めてだったから……。
何より――」
らむねは何かを思い出したようで、顔を上げた。
すると、私の前へ回り込むようにして立ち塞がり、後ろ手を組みながら前屈みで言ってくる。
「――あの時の東林さん、かっ、かっこよかったなぁ!」
らむねは瞳を潤ませながら、耳まで赤くして微笑んできた。
「……。あっ、そう」
何と言っていいのか分からず、適当に返事をする。
らむねは再び歩き出すと、私の後方へ話しかけた。
「そうだ、アナタにもお礼を言わないとね。この間は、どうもありがとう」
そう言うと、らむねは“ロリポップ”に感謝の言葉を掛けた。
「えっ……?」
そこで私の足が止まる。
「んっ? 東林さん? どうかした?」
私が立ち止まった事に気づき、数歩先でらむねも足を止めた。
「……あんた、コイツが見えてる?」
私は、隣で立ち止まった“ロリポップ”を指差す。
「えっ? うん。ほら、今だって私の事見てる」
らむねがそう言って指し示す“ロリポップ”は、じっと彼女の事を見ていた。その様子をらむねは正確に言い当ててみせる。
(どういうことだ? いや、キラードールが見えること自体は不思議ではない。らむねは契約者だったのだから。
だが、らむねは契約者……“だった”のだ。
ゴリラ型のキラー・スタッフト・トイを失った時点で、彼女はドール・ゲームにおいて失格となったのではないのか?
ドールを失っても目視できる力が持続すると言うならそれまでだが、もしも今だに参加者という扱いならば、らむねは今尚敵キラードールに狙われる状態にあるのかもしれない。
そうであるなら、私は彼女から唯一の対抗手段を奪ったことになる)
「……」
私は神妙な面持ちでらむねを見る。
「ん?」
それに対し、彼女は不思議そうに小首を傾げた。
私の頬を冷汗が伝う。
(私のした事は……、正しかったのだろうか――)
この疑問をクマ子に相談しようと思った。
だが、らむねも話についてこられるようにしておく必要がある。
私は彼女にざっくりとではあるが、クマ子達から聞いたドール・ゲームに関する見解を話した。
そして、今私達がしようとしている事も――。
らむねは、私の話を一頻り聞き終えた。
「つまり……東林さん達は、その“処刑女”っていうのを見つけたいって事だよね?」
「そう」
私は軽く返事をすると、舐めていたロリポップを口から出し、残りの大きさを確認してから再び頬張った。
「う~ん……」
歩きながら、らむねは顎に手を当てて考え込む。
その最中、何度か私の方へ視線を向けては逸らすを繰り返していた。
「何? どうかした?」
言い淀んでいる、その背中を押してやる。
すると、らむねは言いづらそうにしながらも、私が思いもしない事を提案するのだった――。
「佳奈ちゃんに、頼んでみたらどうかな?」
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