第50話 新手
「処刑女……? 随分、物騒な名前なのね」
聞かされたキラードールの名は、穏やかなものではなかった。
「……あの姿を見れば、お前も納得するだろう。仮の名称としては十分だ。
……とにかく、ヤツを野放しにしておくにはあまりにも危険すぎる、早急に手を打ちたい。
……また、お前の力を借りることになるだろう」
「それは構わないけど……そんなにヤバいヤツなら、どうして後回しにしてたのよ?」
クマ子は私の問いに対する回答を述べた。
「……理由は三つある。
……一つは、下帯が被害に遭うまでの時間的余裕がなかったからだ。結果として、らむねの件を優先せざるを得なかった。
……もう一つは、私の立てた作戦上……ヤツを確実に倒すには、最低三人の契約者が必要だった。そのため、夏樹と連絡が取れるまで行動を起こせなかったんだ」
私は話を聞きながらギャル子へ目をやると、彼女は当初真面目な顔でクマ子の話に耳を傾けていたが徐々に表情は曇っていき、やがて伏し目がちになると唇をつぐんでしまった。
だが、私の視線に気づくと悲し気な眼差しのままこちらへ軽く微笑み、再びクマ子の話へ集中し直していた。
続けてクマ子は、力強い口調で告げる。
「……最後の要素として、あの処刑女に対抗出来るのは夏樹だけだ」
「ギャル子が?」
再度私がギャル子を見ると、彼女は肘を伸ばしてピースサインを作りながら笑顔で答えた。
「あーしにお任せだしぃ!」
それはお馴染みの明るい表情であったが、今はその笑顔もやせ我慢のように見える。
クマ子は私とハム子を交互に見ながら言った。
「……以上が理由となる。従ってどちらかの助力を得たいが、弥兎が協力してくれるという事で良いんだな?」
私が頷く一方、ハム子は小さく手を上げながらクマ子へ問いかけた。
「あの~、自分はお役に立てないんでしょうか?」
「……戦闘面における真奈美の実力はどうなんだ?」
「自分はっスねぇ……」
「弱い」
言い淀んでいるハム子に代わって、私が答えてやった。
「ちょおっ! 何でウサさんが答えるんスかぁ!?」
「だってそうじゃない」
「それは、得意とは言えないっスけど……」
私が指摘すると、ハム子は何も言い返せなくなってしまった。
実際のところ、ハム子は初めて憑依体となった私に負けたのだ。戦闘行為自体、得意ではないのだろう。
だが、私はハム子を馬鹿にしたかった訳ではない。誰しもがこんな事に適している必要は無いのだ。そもそも、このような事態に巻き込まれる事が異例なのだから。
だからこそ、私はひなたを戦わせるつもりは無かった。彼女は自分の夢を追いかけていれば良い。
こうした面倒で危険な役目は、目標を持たない私が進んで引き受けよう。
「ですが……、せっかくお仲間に入れていただいたのに、心苦しいっス……」
そう呟くハム子へ、クマ子は言葉を掛けた。
「……処刑女の捜索には協力してもらいたい。人手が多いに越したことはないからな。
……だが、戦闘が不得意であるのなら、それ以上付き合わせる訳にはいかない」
「でも、実績を積まなければいつまで経っても成長しないと思うんス!
本心を言えばおっかないっスけど、自分も最後まで協力させて下さい!」
「……いらないと言っている!」
熱意に溢れるハム子の言葉をクマ子は一喝した。
その物言いに体をビクつかせたハム子は、俯きながら気を落としてしまう。
「……はぁ」
クマ子は申し訳なさそうにため息をつくと、ハム子を諭すように声を掛けた。
「……言い方が悪かった。すまない、真奈美。
……あの処刑女の危険性を私は良く知っている。だからこそ、今回は戦闘慣れしている者でなければ任せられないんだ。
……お前に何かあっては困る。分かってほしい……」
「クマさん……」
クマ子は拒絶しているのではなく、只々ハム子の身を案じているのだろう。
その思いがハム子へ届くには十分だった。
「分かったっス。今は自分に出来る事を努めさせてもらうっス!」
「……ああ、頼む」
そう言うと、クマ子は仕切り直すように皆へ向き直った。
「……それでは、説明させてもらおう。
……目的の処刑女の特性、そして……今回の作戦を」
――私達はクマ子の話を聞き終えた。
私は処刑女の特徴を聞き、言葉に詰まる。そんなヤツが本当に居るのか。
アサブクロは、その中身が人間であろうことは見ただけで想像がつく。元は人間だったのか、人間を元にした何かなのだろう。
だが聞かされた処刑女……それが動き回っているのだとしたら、もはや人からは完全にかけ離れた存在であり、化け物そのものではないか。
また、作戦内容について私は疑問を抱いていた。
「ねえ、クマ子。それじゃあ、ギャル子があまりに危険じゃない?」
「……その通りだ。だが、他の者には任せられない。この役目をこなせるのは、夏樹の憑依体にしか出来ない」
「あれぇ~? ウサちゃん、心配してくれてるのぉ?」
ギャル子は目を細めながら、身を乗り出して茶化してきた。
「あのね、私は真面目に――」
言い返そうとする私の言葉を遮って、ギャル子は優しい口調で言ってきた。
「大丈夫だよ、ウサちゃん。 あーし、やるから」
私の目に映るギャル子に不安や恐れは無く、強がりすら見受けられなかった。
そんな顔をされてしまうとこちらからは何も言えず、クマ子の作戦を信じて、ギャル子に託す事にする。
「分かったわ。それで? 何時から始めるの? 明日?」
それを聞くとクマ子とギャル子は立ち上がり、私とハム子を見下ろしてきた。
私はハム子と顔を見合わすと、二人へ向き直り声を漏らす。
「今から……?」
ハンバーガー屋を後にした私達は、処刑女の捜索へ繰り出そうとしていた。
私はロリポップを舐め出すと、クマ子へ尋ねる。
「ところで、見つけるってどうするの? 私は一度アサブクロを探そうとしたことはあったけど、成果は無かったし……」
「……こればかりは手当たり次第になるな。
……正直、らむね戦で魔力を消耗している私としては、先に魔力回収をしておきたいところだ。それを踏まえ、アサブクロと処刑女の両方を探し出す事とする。
……まずはこの辺りを見て回るとしよう」
「了解っス」
クマ子の言葉を受けて、各々は自分のキラー・スタッフト・トイへ指示をだす。
“ロリポップ”、ハム蔵、“まるこげ”、“みたらし”はそれぞれビルを登り、路地を進み捜索を開始した。
一方、私達は固まって行動していた。
処刑女へ単騎で攻めないと決めた以上、ドールからの報告があれば全員のドールを呼び戻し、決めたメンバーで作戦を実行する計画だからだ。
「そもそも、私達はゾーン外でキラードールを目視できるの?」
私は周囲に目を配りながら、誰かに問わずそんな疑問を投げかける。
ゾーン外で、敵キラードールを目撃した事はなかったからだ。
「あーし等でも見えるよ。 こう~なんて言うの? 少し透けた半透明な感じでね!」
ギャル子が楽し気に答える。
そのまま私の方を向いたギャル子は、握った拳から人差し指だけを上へピンと立たせると、真面目な声色で言ってきた。
「だからね、ウサちゃんよく聞いて。あーしはキラードールの正体に気づいてるの……」
私は仕方なく、ギャル子を無下にしないように聞いてやった。
「あれの正体はオバケだよ、ウサちゃん。 幽霊と言ってもいいね」
「うわー、すごい」
ギャル子に泣かれない程度にリアクションを取ると、再び周囲を見渡した。
ギャル子はそんな私に構わず、後ろからクマ子の両肩に手を置くと嬉しそうにその場で何度も跳ねていた。
「ほらぁ~! クマちゃん! やっぱりあーしは、見えるようになったんだよ!」
「……そうだな」
何がそんなに嬉しいのか良く分からないが、何故だかギャル子は喜んでいるのだった。
「……はぁ、今日は解散にしよう」
既に日は落ちて辺りは暗くなっていた。
結局この日、処刑女はおろかアサブクロすら見つける事は出来なかった。
「……日程が合う時にまた連絡する。一人でいる時に例の処刑女に出くわした場合は、必ず逃げるようにしてくれ」
駅前でクマ子の忠告を受けた後、解散しようとした私とハム子をギャル子は慌てて呼び止めてきた。
「ちょっ! ウサちゃんっ! ハムちゃんっ! 連絡先まだ聞いてないしぃ~!」
「あっ」
私はギャル子にスマートフォンの操作をお願いしつつ、全員の連絡先を交換したところで、その日の捜索は打ち切られたのであった――。
帰りの道すがら、花子と夏樹は並んで歩いていた。
そこで花子は、ぽつりと声を漏らす。
「……すまない、夏樹」
「ん?」
詫びられる理由が分からず、夏樹の中で疑問符が浮かぶ。
「……出来る事なら、お前にこんな役割を任せたくはなかった……」
夏樹は花子の気持ちを察すると、軽く微笑みながら声を掛ける。
「クマちゃんは心配?」
「……お前の力量は理解しているつもりだが、それでも絶対とは言えない。
……不安が無い訳ではないんだ」
「それじゃあ、上手くいかないと思う?」
夏樹が優しい声色で問いかけると、花子は彼女を見ながら答えた。
「……私はお前の力を信じている。夏樹なら、ヤツを倒せる」
夏樹は再度、花子へ微笑む。
「その言葉だけで、説得力としては十分だよ! クマちゃん。
これは絶対にあーし達がやらなきゃだし。
それに大丈夫だよ――」
夏樹は正面の虚空へ目をやると、瞳を鋭く尖らせ、目的の処刑女へ闘志を燃やした。
「――あーし、これでもお堅いしぃ」
アーマリィ編 完 次回へ続く。
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