第49話 ポテト
「……なんだ?」
質問を投げかけようとするハム子へ、クマ子は聞き返した。
「自分は……今にして思えば、魔力が無くなる感覚はあった気がするっス。
ウサさんとやり合った際、ハム蔵さんは突然ナイフを出してくれなくなりました。あれは自分の特殊能力がナイフを出せる事で、魔力不足によって能力を発揮出来なくなったのではないかと……」
「……おそらく、そうなのだろうな」
「ですが……あの一件以降、自分はキラードールを倒して魔力を回収したことはないんスよ。
にも拘らず、以前のように体の中で何かが満ちている感覚はあるんス。
これは魔力が回復出来ているのだと思いますが……どういう事っスかね?」
私もハム子に続いてクマ子へ尋ねる。
「私は憑依を行った後、毎回魔力回収が出来ている訳ではないわ。
それでも問題なく憑依や能力を使えているのは何故なの?」
クマ子は再度ドリンクに口を付けると、ハム子を見ながら話し出した。
「……まずは真奈美の問いに答えよう。
……魔力の回復手段は二種類ある。
……魔力保有者を倒す方法と、キラー・スタッフト・トイによる自然回復だ」
「コイツらが? 自然回復?」
私はクマ子の後ろに居る“まるこげ”を見る。
「……ああ。魔力回収をせずとも、魔力が回復している事には気づいていた。
……これも変わらず憶測にすぎないが、コイツらは魔力が失われた場合、元の保有可能な量までなら魔力を自然回復できるのだろう。
……但し、自然回復は魔力回収より遥かに少量を時間をかけて行われる。
……ドールの魔力を早急にかつ、十分に満たしたい場合には魔力回収を行う方が手っ取り早い」
「そういうことっスか」
納得したハム子に対し、クマ子は話を続けた。
「……また、魔力回収にはさらなる利点がある。
……弥兎には、この間アサブクロを一撃で倒して見せたが、私が初めて憑依した頃はあの時の様にはいかなかった」
「そうなの?」
「……ああ、私は魔力回収によって理解した。
……魔力を吸収する事によってドールの魔力を満たすと共に、憑依体の能力を高めることが出来るのだと。
……私が自覚している範囲で言えば、打撃力は以前よりも確実に向上している。
……キラードールとの戦闘を避け、逃げるという選択肢は取れる。実際、相手によっては深追いせずそうした手段に出た方が良い時もあるだろう。
……だが、基本的には魔力回収のため、そして危害を加えるモノを排除するためにも戦うべきだ。
……常にドールの魔力を満たし万全な体制を整え、憑依体を強化して強者相手にも渡り合えるようにしておく――」
クマ子は皆へ目をやり、告げる。
「――魔力回収。
……これこそが、現状私達に出来る単純にして最も有効なドール・ゲームを生き抜く術だ」
「……」
聞かされた話を整理する隙を与えず、クマ子は私へ言ってきた。
「……弥兎への答えは簡単だ。
……一度の憑依や多少の能力の行使程度で、魔力が尽きる事は無い。
……だが、魔力不足によるリスクを考えれば、やはり回収可能な時にはしておくべきだろうな」
私は腕組みをしながら答えた。
「自分の魔力残量や増減をいち早く自覚出来るようにするためにも、戦闘経験を重ねておいた方が利点は多そうね。
危ない目に遭うのはごめんだけど……」
話が落ち着いたところで一瞬思い詰めた表情をしたクマ子は、スマートフォンを持つと意を決して腰を上げた。
「……夏樹、ちょっといいか?」
「えっ? うん、なぁに? クマちゃん?」
クマ子はギャル子へ声を掛けると、そのまま二人で飲食スペースの奥の方へ行ってしまった。
(……私達には聞かれたくないってこと?)
私は席から離れていく二人の背を目で追っていた。
ハム子はもう一つのハンバーガーを食べ始める。
内緒話をされている事が何だか気に食わず、私は不満を飲み込むためにハム子のトレイからフライドポテトを容器ごとかっさらうと、一本ずつ手で取りつまみだした。
このフロアの奥はお手洗いとなっており、その前の細い通路にクマ子とギャル子は向かい合うようにして立ち止まった。
いくら客が少ないとはいえ、周囲の会話や店内で流れる音楽、この席からの距離のせいで二人の会話は聞き取れなかった。
向き合って早々おどけた様子のギャル子だったが、クマ子が神妙な面持ちで何かを呟くと、真面目に聞く姿勢となる。
それを遠巻きに見ながら、私はフライドポテトを口へ頬張る。
ギャル子は聞き返すようにクマ子へ声を掛けると、それを受けてクマ子は何かを口にした。
それを聞いたギャル子は目が点になり、驚きからかその場で硬直してしまう。
私はさらにフライドポテトを口へ頬張る。
ギャル子は何とか言葉を絞り出すと、それを受けてしばらくの間はクマ子が話していた。
話の途中でクマ子が私の方を見ると、ギャル子も釣られるようにして私を見た。
初めて会った時の楽し気な感じと違い、ギャル子は困惑したような表情をしていた。
フライドポテトを食べながら二人の様子を気にしている私に気づくと、ギャル子は愛想笑いを浮かべてこちらへ軽く手を振る。
その後、再び向き直ると二人は会話を続けた。
「ああぁぁーっ!?」
突如、隣でハンバーガーを食べ終えたハム子が大声を上げる。
「ちょおっ! ウサさん! 自分の分も残しておいて欲しいっス!」
どうやら私が食べているフライドポテトに文句があるらしい。
「くれるって言ったじゃない?」
私は横目で言い返した。
「全部とは言ってないっス! 自分も食べたくて注文したんスから!」
わがままな奴なのだ。
私は仕方なく容器に残された7~8本のフライドポテトを手で鷲掴みにすると、残った容器をハム子のトレイの上へかざす。
差し出した容器を掴んだままひっくり返すと、中からフライドポテトのカスが二、三欠片ハム子のトレイへ落ちた。
その様子を、黙ったままハム子はまじまじと見つめている。
何度か目をパチクリさせると、トレイの上のカスを見ながらハム子は声を漏らす。
「……何スか、これ?」
「あんたの分」
「勘弁してほしいっス!」
仕方なく私は掴んでいたフライドポテトを容器の中へ全て入れると、ハム子のトレイへ戻した。
(これで文句ないだろう……)
フライドポテトとの別れを惜しんでいると、私へ刺さる視線に気づく。
見ると、先程まで騒いでいたハム子が至近距離で私の顔をまじまじと観察していたのだ。
私はそれに負けじとジト目でハム子を見つめ返す。
だが、一向に折れる様子が無いため、仕方なく私から声を掛けた。
「何?」
しばし間を置いてから、ハム子が呟く。
「ウサさんって……何で片目瞑ってるんスか?」
「……」
私は曲げた中指を親指で抑えると、残りの指をピンと立たせる。
その状態で力を込めた手をハム子の額の前に掲げていくと、ハム子は私の手を目で追っていく。
私の手が指定の位置に到達すると、親指を離した瞬間に強烈なデコピンがハム子の額へ炸裂した。
「あいたっ! 何スか!? 何なんスか!?」
ハム子は額を押さえながら、痛みに悶えた。
デリカシーの無い奴め。
「お待たぁ~」
そうこうしていると、クマ子とギャル子が席へ戻ってくる。
ギャル子は暗い顔を止めて、先程のように楽し気に微笑んでいた。
「何話してたの?」
「えっ? あはははっ、何でもないしぃ~。
待たせてごめんねぇ、ウサちゃん」
無駄とは分かっていたが、やはり会話内容を教えてはくれなかった。
クマ子は席に着きながら、声を漏らす。
「……さて、お前への話も済みらむねの件も片付いたことで、ようやく私の本来の目的へ移れる」
私はそれを聞いて声を上げる。
「えっ? 暴行事件解決があんたの目的じゃないの?」
「……いや私からしたら、あの一件は横やりが入ったに過ぎない。
……らむねには悪いが、あれでとんだ手間を食った」
「それじゃあ、あんたの目的って……?」
クマ子は私を見据えながら話し出す。
「……前にお前が聞いてきた“アサブクロや契約者の他にもヤバいのが居るのか”という問いに、“居る”と答えたのを覚えているか?」
「ええ」
「……私の目的はソイツを討ち果たすことだ」
「それって、何なんスか?」
ハム子の問い掛けに対し、クマ子はその存在への説明を始めた。
「……私が以前遭遇したそのキラードールは、アサブクロやキラー・スタッフト・トイとは全く異なる容姿をしている。
……また、アサブクロという種類のキラードールに個体差の有るものが存在する事から、ソイツもまた同系統のキラードールが存在すると仮定し、私はヤツをこう呼称している――」
クマ子から告げられるその名は、私の前に新たなる脅威が迫りくる前触れであった。
「――“処刑女”と」
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