第48話 魔力
「……お前が感じ取っていた減少効果、あれは一種のエネルギーの消耗だ」
「消耗……」
「……ここで言うエネルギーの正体は察しがつくだろう」
その問いに答えるのは容易かった。
「キラードールから湧き出していた、青白い発光体ね」
クマ子は小さく頷く。
「……その通りだ。
……私はあのエネルギーこそ、アサブクロのようなキラードールが一般人を襲わない理由なのではないかと考えている」
「どういうこと?」
皆がクマ子の話へ聞き入る。
「……ゴリラ型のキラードールからエネルギーが放出された事から、私達のドールもあのエネルギーを保有しているのは確かだろう。
……アサブクロのような襲撃してくるキラードールが私達契約者をゾーンへ引き込むのは、ドールが持つエネルギーを狙っているのではないだろうか。
……契約者はドールとの繋がりによってゾーンの展開と共に、強制的にゾーン内へ引き込まれてしまう。
……そして、敵はエネルギーを求めて私達のドールへ攻撃を仕掛けてくる。契約者をも狙うのは、虫が外敵を襲うような習性に近いのかもしれないが……。もしかすると、私達がまだ知り得ない理由があるのかもしれない。
……少なくともこのエネルギーによって、契約者はキラードールに狙われているのではないかと推察している」
「それじゃあ……アサブクロの目的は私達ではなく、キラードールということ?」
「……恐らくな。
……一般人が襲われるところを見ていないだけと言われれば、それまでだが……」
私は腕組みをして考える。
らむねが下帯 野乃花をゾーンへ引き込んだ際、わざわざ私達まで引き込んでいたとは考えづらい。
そもそも、こちらが出て行くまで気付いていない様子だった。
もし、近くに居ただけで契約者がゾーンへ引き込まれてしまうなら、アサブクロが一般人を襲うためにゾーンを発生させた時、その場面に出くわす機会があっても良いはずだ。
だが、そうした経験が一度も無いという事は、いよいよもってクマ子の説が有力になる。
そこでギャル子はクマ子へ尋ねる。
「それってぇ、襲ってくるキラードールは普通の人を引き込まないってこと?」
クマ子は自分のドリンクを一口飲んでから答えた。
「……私が知る限りはな。
……契約者なら特定の相手へ危害を加える目的で引き込む事はあるかもしれないが、アサブクロのようなキラードールにはその理由がない」
すると、ギャル子は口を挟む。
「えぇ~? でも、あーし契約者じゃない子が引き込まれてるの見たことあるしぃ~」
透かさずクマ子が問い詰める。
「……どこで?」
「えぇ~とねぇ……、あっ……!」
ギャル子は顎に人差し指を当てながら視線を上げて思い出そうとしていると、急に焦った顔つきになり固まった。
直後、クマ子と私に手を合わせて詫びてくる。
「ごめ~んっ! あーしの勘違いだったみたい! 忘れて、忘れてっ!」
「何それ……」
「……」
呆れ顔な私に対し、クマ子はギャル子に疑惑の目を向ける。
だが、クマ子がギャル子をそれ以上問い詰めることはなかった。
「……まぁいい、話を戻そう。
……少なくともあのエネルギーに、キラードールを引き付けるだけの魔力があるのは確かだろう」
「要するに、私はこれまで魔力の消耗を感じ取っていたという訳ね」
「……そうだな。言うなればその“魔力”だが、私達がドール・ゲームを生き抜くためには必要不可欠なものだ。
……現時点で、私が把握している魔力を消耗する行為は次の三つ。
……ゾーンの発動、憑依、そして特殊能力の行使だ」
私は真剣な面持ちのまま、クマ子の話へ耳を傾ける。
「……ゾーンの発生権を持つ事の優位性は、説明しなくても良く分かっているだろう。重要なのは魔力を一定量保有していなければ、唯一の対抗手段である憑依すら行えなくなることだ。
……憑依体になるだけの魔力がなければ、敵対するキラードールや契約者を相手にする際、キラー・スタッフト・トイ単体の力に頼る事になる。だが、ドールだけの力で勝てる確率は限りなくゼロに近いだろう」
「結局その呼び方、採用なんスね……」
ハム子のぼやきは耳に届かず、私は考えを巡らせた。
最初に遭遇したアサブクロには“ロリポップ”の力だけで太刀打ち出来たが、あれが“大柄のアサブクロ”相手ではどうだろうか。
私を守るためだったとはいえ、“ロリポップ”は憑依体になったハム子にすら敵わなかった。
キラー・スタッフト・トイと憑依体には、明確に超えられない実力差が有るのは確かだろう。
そうなると、憑依が行えなくなる魔力不足という状況はキラードールに襲われた際に命取りとなる。
クマ子は話を続ける。
「……そして、戦況を有利に運ぶために特殊能力の行使もまた、重要だ。
……各憑依体が持つ固有の能力と、魔力を消費する事で繰り出せる特殊な能力――。
……この二つの力を持って、初めて私達は憑依体の力を最大限に発揮することが出来る。
……つまり固有能力とは、魔力の消耗を伴わない常時発動可能な能力を指し、特殊能力は魔力を消耗する発動回数が有限な能力のことだ」
「それが、二つの能力の違いって訳ね……」
「……ああ」
私は椅子の背もたれに、もたれかかる。
「でも……そんな大事な事、何でらむね戦の前に言ってくれなかったの? いくら交渉用の情報だったとしても、話しておくべきだったんじゃない?」
ギャル子とハム子は顔を見合わし、互いに首を傾げた。
「……あの時私が戦闘経験を尋ねると、お前は三回と答えていたな。
……私はこれを単純に憑依の回数と捉え、あの段階でお前が魔力の減少を正確に感知出来ているとは断定出来なかった。
……私や夏樹の経験上、魔力の減少は憑依と能力の行使の回数を重ねていく事で、徐々に自覚していくものだ。
……また、魔力の消費量は数字で表せるものじゃない、感覚的なものになる。
……らむね戦の前にお前へ魔力の事を話せば、いざ戦闘が始まり能力の発動を行う度に“後どれくらい使えるのか”と残りの回数に気を取られ、お前本来の動きが出来なくなると思い、弥兎が全力を出せるようにするためにも話すのは止めたんだ」
私の脳裏に、コンビニでのクマ子の顔が思い浮かぶ。
(あの時のクマ子の不安そうに見えた顔は、戦闘経験が浅い私の力を懸念していたのではなく、話すべきか否か悩んでいたのか……)
ギャル子とハム子は私達を見ながら、声を漏らす。
「“ラムネ”戦ってなんだろね? ハムちゃん」
「一気飲み大会でもしてたんじゃないっスか?」
隣の声を意に介さず、クマ子は続けた。
「だが、消費した魔力は失ったままではない、回収する事ができる」
「敵の絶命と共に湧き出していた魔力……」
私は独り言のようにぼやく。
その言葉にクマ子は答えをくれた。
「……ああ。キラードールを倒すことで、魔力は回収できる。
……全員良く覚えておいてくれ、魔力回収が行えるのは魔力を保有する対象へ最後に止めを刺した者に限られる。
……それまでの戦闘における貢献度は一切関係ない、仕留めた者へのみ魔力は与えられる。
……一方でこの仕組みを利用すれば、戦闘が不得意な者にも魔力を与えることは可能だ。
……協力者が対象のキラードールを負傷させ、魔力回収をさせたい者が止めを刺すことで、任意の相手へ魔力を補給させることが出来る」
そこで、更に当時の事を思い出した私は声を上げた。
「あっ! だからあんた“とぐろのアサブクロ”の時、“無駄に憑依するな!”って……」
クマ子は私を見据えて、告げる。
「……そうだ。あの場に現れたキラードールは一体。対してこちらは二人。キラードールから放出された魔力を吸収出来るのは一人だけ。
……あの場面において、助力が必要な場合及び防衛目的以外のために憑依を行うのは無駄に魔力を消費しているに過ぎない。
……アサブクロ相手であれば、私一人の力で十分だったうえ、らむね戦で全力を出してもらう為にも、弥兎には出来るだけ魔力を温存しておいてもらいたかったんだ。
……さらに、らむねとの初戦以降魔力回収を行えていなかった私としては、再戦を前に魔力を補給しておきたかったという訳だ」
「なるほどね」
ずっと疑問だった、体の中の何かが失われる感覚。そして、青白い発光体の謎は解き明かされた。
思考を巡らせて聞き入っていたため、しばし気を緩めようとした時、ハム子が恐る恐る手を上げる。
「あの~、一つ疑問が……」
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