第47話 能力
「ライオン……」
ライオンの契約者、そいつがハム子を襲ったのか。
「クマ子、どう思う?」
私はクマ子の考えを聞くことにする。
「……この事態に関わった者は皆、“あの声”を聞いているのだろう。
……そして、私達のように真に受けない者もいれば、自分の望みを叶えたいと思う者がいるのも当然だ。
……ここで問題なのは、その解釈の違い。
……弥兎、お前はもう気づいているんじゃないか?」
そう――。
喫茶店で私の脳裏に過った、もう一つの可能性。
やはりクマ子も同じ考えだったようだ。
私はクマ子の目を見据えて言葉を発す。
「“契約者同士で潰し合え”ってことでしょ……」
「っ!」
「……」
ハム子とギャル子が驚きを隠せないまま、私達のテーブルにしばし沈黙が流れる。
私の頭に響いたあの声は、これから苦悩する私達を嘲笑っているようにも感じたのだ。
「……そうだ。生き残るという条件を敵のキラードールではなく、契約者のドールを倒す事だと考えれば、望みを叶えるために契約者を襲撃してくるだろう。
……だが、進むべき正解を見いだせていない今、私達がいたずらにドールの力を失うのはリスクが伴う。
……現段階で無意味に力を失うのは避けるべきだ」
「でも、もしそれがこの事態を終わらせる条件だとしたら?
いずれは、最後までキラードールの力を保有している者を決めなければならない。
そして、もしも本当に何かしらの望みが叶えられるのだとしたら、試しに願ってみてもいいんじゃない?」
「……まあ、それはその時になってみないと分からんな。
……私が危惧しているのは、そんな不確定なものに囚われて自分を見失い、相手を傷付ける事を厭わなくなることだ。
まずはキラードールに襲われない、元の日常に戻るのを優先すべきだろう」
ギャル子もまた、意見を述べる。
「そうなると……まるでゲームみたいだよね、クマちゃん。
参加者はあーし達契約者、クリア条件は生き残る事、報酬は望み」
私は腕組みしながら答える。
「駒として使われる私達は、まるで人形のようね。でもいいんじゃない?
“この事態”に何かしらの呼び名を付けるとしたら、そう――
ゲーム……“ドール・ゲーム”」
再び沈黙が流れると、クマ子が切り出した。
「……とにかく、全員ライオンの契約者には十分注意をすることだ。
……私達に危害が及ぶようなら、いずれは奴と戦わなければならないだろう」
「うん」
「そうっスね……」
ようやく話せる雰囲気になってきたので、私はクマ子が知りえる情報を聞くことにする。
「それじゃあクマ子、そろそろ話を聞かせて」
「……そうだな。だが、その前に……」
切り出す前にクマ子が真剣な眼差しを送ると、向けられたハム子は体を強張らせた。
「……真奈美、お前はどうしたい? 私達は協力してこの事態に立ち向かっていくつもりだ。
……だが、それには私達が想定しえない危険が伴うだろう」
「自分は……」
ハム子は一度俯き、太股の上に置いた拳を強く握る。
顔を上げると、決意の目をして言葉を発した。
「自分も……お仲間に入れてもらいたいっス! 何が出来るか分からないっスけど、自分に出来る事ならお役に立ちたい……立たせて欲しいっス!」
「……うん」
クマ子は小さく、だが力強く頷く。
「クマさぁん」
「もち! ウェルカムだよっ! ハムちゃん!」
ギャル子はウインクしながら、ハム子へサムズアップをする。
「ギャルさぁん!」
「えぇ~……」
私は嫌そうな顔をする。
「ウサさんっ!?」
実際、ほんとにハム子を嫌っていた訳ではない。リアクションが面白いから、からかっているだけだ。
「ウサさん! 自分の何が気に食わないんスか!?」
私はジト目でハム子を見る。
「あんた、生身の私にナイフ投げたでしょ?」
「うえっ!」
ハム子は自分がした事を思い出すと、焦り出した。
「あっ、あの時は……! 自分でも何とかなるんだと思い、調子に乗っちゃってたんスよっ!」
ハム子は必死に言い訳をする。
「あれ、当たってたら死んでただろうなぁー……」
「根に持ってるっス!?」
私は視線を動かすと、今更ながらハム子のトレイの上にある商品に目が留まった。
「っ!?」
ハンバーガーが二種類に、ドリンクとフライドポテトが付いていた。
「なんだこいつ? 金持ちか?」
「ふへへぇ~んっ! ウサちゃんの感性が侘しいしぃ~!」
思わず声に出ていた。
だが、ギャル子は無視してハム子へ尋ねる。
「ハム子のそれ、美味しそうね……」
私は物欲しそうな顔で商品を見つめる。
「ウサさんっ!? 物乞いは良くないっス!」
「ナイフ……」
私はハム子を揺すった。
「んー……、少しだけっスよ?」
了承を得たので私はフライドポテトを一本取り口へ頬張ると、続けてハム子のハンバーガーへ目をやった。
「それも美味しそうね……」
ハム子のトレイの上には二種類のハンバーガーがある。
一つは通常のハンバーガーに厚切りのハムとシャキシャキのレタスを挟んだハムサンドバーガー。
もう一つは、同じく通常のハンバーガーにハムとベーコンを挟んだハム&ベーコンバーガーだ。
「はっ!? これはダメっス! ハムサンドは死守するっス!」
ハム子はトレイの隅にハンバーガーを移動させて私から遠ざけると、二つのハンバーガーを手で覆った。
「別に主食まで欲しいなんて言わないわよ」
本当に美味しそうと思っただけだ。
私が無理やり取る気はないと分かると、ハム子は小さく手を上げた。
「あのー、食べてもいいでしょうか?」
「お食べ! お食べっ!」
ギャル子の許可が出たところで、ハム子はハンバーガーを両手で持つと“はむはむ”言いながら、もそもそ食べだした。
「それで? クマ子」
再度クマ子の話へ耳を傾ける。
クマ子はスマートフォンをテーブルに置いた。
「……まずは憑依体の能力とタイプについて整理しておこう。前にも似た事を言ったが、憑依体はそれぞれが異なる外見と能力を持つ。
……私の場合は、殴打を用いた近距離戦を得意とする攻撃型だ。
……弥兎は軽快な身のこなしと、斬撃を用いた中距離戦を得意とする俊敏型といったところだろう」
「あーしはねぇ――」
クマ子はギャル子を無視して話を進める。
「……そして、私は憑依体が持つ能力を大きく二種類に分類している。
……それが、“固有能力”と“特殊能力”だ」
「固有能力、特殊能力……」
「……私で言えば、固有能力は他の憑依体よりも強力な打撃力。そして、特殊能力は腕の肥大化。
……弥兎は先に挙げた、俊敏性や高い跳躍力が固有能力。腕の伸縮が特殊能力なのだろう」
「あーしのはねぇ!――」
「……今後契約者やキラードールを相手にする際、これら相手のタイプや能力の種類を瞬時に把握出来れば、それに合った対処法を手早く導きだせる。
……これもまた、戦況を有利にする策の一つとなり得る」
クマ子は、またギャル子を無視して話を進めようとしていた。
「ふへへぇ~んっ! ハムちゃ~んっ! 今日のクマちゃん、冷たいしぃ~!」
「世知辛いっスね……」
私も二人を無視して、クマ子へ問いかけた。
「それってわざわざ名称を分ける必要がある訳?
“一つ目の能力”、“二つ目の能力”でも伝わるんじゃ……」
「……いや、これら二つの能力には決定的な違いがある」
「何?」
私達が話している隣で、泣き止んだギャル子がハム子へ話し掛けていた。
「ハムちゃん! ハムちゃんっ!」
「はい?」
「ネギトロの意味は、野菜や魚の葱やトロじゃなくてね! 骨の間の身を削ぎ落とす“ねぎ取る”が語源なんだよぉ、知ってたぁ?」
「知ってるっス」
「じゃあさ、これは! これはっ! 信玄餅って、容器の中に黒蜜を入れて食べたりしない?」
「するっスね」
「あれぇ、正しくは容器を包む風呂敷に餅と黒蜜を出して、混ぜてから食べるんだよぉ~。知ってたぁ?」
「知ってるっス……」
「ふへへぇ~ん……」
隣がうるさい――。
クマ子は私を見据えて告げる。
「……お前は憑依や能力の行使の際、体の中の何かが減少する感覚に見舞われた事はないか?」
「……ええ、あるわ」
私が戦闘の中で、度々感じていたことだ……。
「……次はそれについて話そう。
……恐らくこのドール・ゲームにおいて、極めて重要なことだ」
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