第45話 集い
「……」
「……」
私は興味なさげに目を逸らすと、独り言のように呟いた。
「なんだ、ハム子か……」
私の発言に対し、ハム子は素早く言葉を返した。
「ちょおっ!? 何だとは何スかっ!?」
現れたのはハム子だった。
以前私が遭遇した、ハムスター型のキラードールを連れた契約者だ。
彼女との接触により、私はこの現象に陥った者が自分だけではないと気づいたのだ。
だが、らむねとの戦闘を経た今となっては、警戒するような相手ではなかった。
私は再びハム子を見る。
彼女は声を出したことを後悔するように口を紡ぐと、ジト目で私の方を見ていた。
私の後方に居るクマ子達を確認すると、さらに目を左右にキョロキョロと動かしながら周囲を警戒する。
こちらへ視線が戻ってくると、私から目を離さないようにしながら、ゆっくりと階段を下ろうとした。
「ちょっと、待ちなさいよ」
「っ!?」
今回は優しい口調で言ったにも関わらず、ハム子は体を大きくビクつかせると彼女の商品は一度空中へ跳ね、再びトレイへ着地した。
私は席へ戻り腰掛けると、自分の隣の席を蹴った。
「取り敢えず此処、座んなさいよ」
クマ子とギャル子も一連の流れを見ており、全員がハム子へ注目していた。
ハム子はバランスを保ちながら片手でトレイを持ち直すと、こちらを指差しながら答える。
「そんなこと言って! 騙されないっス! 今回はお仲間さんも居て、完全にヤる気まんまんじゃないっスか!」
既に話が進まずイライラしていた私は、鋭い視線でハム子を睨むとドスの利いた声で命令した。
「座れ」
「うっス……」
私の圧に押され観念したハム子は、私の右側かつギャル子の正面にあたる席へ着いた。
着席したハム子は俯いたまま怯え、ガクガクと震えている。
(何もしないっての……)
私は腕組みをしながらハム子を見る。
クマ子は目線だけハム子へ向けて、スマートフォンを操作する手を止めたまま観察していた。
目をパチクリさせながら口をUの字にしているギャル子は、興味津々といった様子だ。
全員の視線が刺さる緊張感に耐えられなくなったのか、ハム子は私達と視線を合わせないように出来るだけ顔を伏せたまま、喉を潤そうとドリンクへ手を伸ばす。
緊張からか、ドリンクを掴むも容器を上下に振ってしまい、震えが収まる様子がない。
(バーテンダーか、お前は……)
すると、ドリンクはプラスチック製の蓋がされていたが、中身が炭酸飲料だったのか、隙間から中身が零れ始める。
「ぶぇあっ!?」
凄い声を出して驚いたハム子は取り敢えずドリンクを置こうとするが、今度は力んでいるのか手が離れず、震えているせいで小刻みにドリンク容器で何度もトレイを打ち付け、それに合わせてトレイも音を鳴らすためドラムロールのようになっていた。
うるさいのだ……。
ハム子は空いているもう片方の手を使い、何とかドリンクから手を引き離した。
「はぁ~……」
緊張が解けたのか、ハム子は脱力する。
「ハムちゃんっ!」
「ひゃあっ!?」
急に声を上げたギャル子に驚き、ハム子は着席したまま跳ね上がると膝をテーブルの裏にぶつけた。
「あだぁっ!?」
その衝撃でハム子のドリンクが倒れそうになる。
「のぉっ!?」
安定させようと、焦って伸ばしたハム子の手が当たってしまい、ドリンクは完全に倒れた。
「ひゃあっ!?」
すぐさま立てると、蓋のおかげで中身が零れることはなかった。
「ふあぁぁ~……」
ハム子は深く息を吐いて安堵した。
「ぷははっ! 何この子っ! おもろ~っ!」
ギャル子爆笑である――。
一連の流れを見て警戒心を解いたのか、クマ子はスマートフォンの操作に戻った。
「ハムちゃん! ハムちゃんっ!」
ギャル子は期待の眼差しをしながら、ハム子へ話しかける。
「はい?」
「あーしの子見る? 絶対驚くしぃ~!」
「はあ……、いいっスよ……」
一人で暴れ疲れた様子のハム子は、取り敢えずギャル子の話に耳を傾けた。
「あーしのはねぇ~……」
そう言うと、ギャル子は体を横へずらし、左右の手を真っすぐ延ばして大きな“く”の字を作る。
「じゃあ~んっ! 恐竜だしぃ~!」
私にした時と同じように、大々的に自分のキラードールを見せつけた。
「いやそれ、アルマジロっスよ?」
「――っ!?」
(――っ!?)
ハム子の指摘で、私とギャル子に衝撃が走る。
(いや、知っていた。私は知っていた。
ハム子が知っていて、私が知らない訳ないではないか。ギャル子のアホめ。
どっからどう見たってアルマジロだ。
……、アルマジロとは何だ?)
私は自分の無知を隠すため平静を装っていると、クマ子がジト目でこちらを見ていた。
「何?」
「……別に」
クマ子は再びスマートフォンの操作に戻る。
一方ギャル子は頬に一筋の汗が伝うと、驚きで口を大きく開けたまま声を上げる。
「マジ……? ハムちゃん、超物知りじゃない……?」
そう言うと、ギャル子は人差し指でビシッと自分のキラードールを指しながら、高らかに宣言する。
「お~しっ! “みたらし”~っ! お前は今日からアルマジロサウルスだしぃ~っ!」
「だから、恐竜じゃないんスよ! 何で分かんないんスかっ!?」
「へえっ……?」
(あっ……)
ハム子が強めの口調で指摘をすると、それまで楽しげにしていたギャル子は口を僅かに開け、スンとした表情になる。
硬直して動かないまま目が潤んでいくと、その瞳から涙が溢れ出すと同時に隣に居るクマ子へ泣きついた。
「ふへへぇ~んっ! クマちゃ~んっ!! ハムちゃんまで、あーしの事いじめるしぃ~!」
「いじめてないっスよ! 何なんスかこの人!?」
(こいつら、ほんとうるさい……)
私はギャル子の発言に対し、すぐさま異議を唱えた。
「つーか、ギャル子。私までいじめた事にしてんじゃないわよ!」
「いえ、ウサさんならやりかねないっス……。自分はあの時、ヤられるかと思いました……」
「あれは、あんたが逃げたからでしょ……」
「あんなおっかない顔されたら、誰だって逃げ出すっス!」
「何っ? 私の顔が悪いっていうの!?」
「そんなことないっ! ウサちゃん可愛いし、自信持ってこっ!」
泣くのを止めたギャル子は、良い笑顔でウインクをしながら、私へ向けてサムズアップをしてくる。
「そういう意味じゃないと思うっスよ!?」
ギャル子の言葉に、ハム子は素早く反応を示した。
「話がややこしくなるから、あんたは黙ってて!」
「そうっス! ギャルさん、お静かに願います」
私達はギャル子の言葉を退ける。
「ふへへぇ~んっ! クマちゃ~ん! 思わぬ矛先を向けられたしぃ~!」
「今のは、ウサさんの言い方がきついっスよ!」
「先に泣かせたのあんたでしょ! 結局、私のせいって言いたいの!?」
「そんな事言ってないっス! 唯、言い方次第で相手が受ける印象は変わるんスよ!」
「こんなんじゃ、埒が明かない……。ちょっと、クマ子ぉ!」
私はクマ子に賛同を求める。
「ふへへぇ~んっ! クマちゃ~ん!」
ギャル子はクマ子に泣きつく。
「クマさんの意見も聞かせてほしいっス!」
ハム子は見解を求めた。
「……はぁ~……」
クマ子は深いため息をつくと、私達へ言葉を発す。
「……取り敢えず、自己紹介でもしたらどうだ?」
「それ、助かるっス!」
ハム子はクマ子の提案に同意する。
「さっすが、クマちゃ~んっ!」
ギャル子はクマ子に抱き着いたまま、ウキウキと頬ずりをした。
クマ子はギャル子をそっと引き離すと、唯一名前を知らないであろうハム子へ向けて名乗った。
「……私は熊見 花子」
続けてギャル子が横向きにしたピースサインを目元に当て、ウインクしながら自己紹介をする。
「あーし、犰狳雌 夏樹! よろしくねっ!」
「こっ、公星 真奈美っス!」
ハム子は少し緊張した様子で名乗った。
「東林 弥兎」
私は適当に答えた。
クマ子は相手の目を見ながら確認を取る。
「……夏樹に真奈美に弥兎だな」
ギャル子は一人一人、指差し確認をする。
「クマちゃんに、ハムちゃんに、ウサちゃ~ん!」
「クマさんに、ギャルさんに……ウサさんっスね」
「クマ子にギャル子にハム子」
正しく言えたのはクマ子だけだったが、誰も気に留めなかった。
突如として、謎の存在と共に危険な状況に置かれた少女たち――。
本来なら出会う事の無かった私達を、幾重にも交わる運命の糸は互いを結び付け……。
こうして、私達を集わせたのだ。
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