第43話 ギャル
その日の私は、部屋で寝巻姿のままだらだらとした朝を過ごしていた。今頃、普通の学生は学校に着く頃だろう。
家でやらなければならない事はあったが、やる気は起きなかった。
学校側から渡された大量の問題集。
タンスの横に積まれたそれは、停学中の間に私がやっておかなければならないものだ。
前期分は停学が下された時に渡され、それらは後期分の課題を受け取るために学校へ行く際、提出しなければならない。
それを怠れば、私の学業成績は最低評価となるのだ。
「ふん」
知ったことか――。
そもそも契約者となり、それどころではない。
この状況を終わらせる手段を見つけなくてはならないのだ。
自分に言い訳をしている事に気づいていながら、現実逃避をしていた時だった――。
自宅の電話が鳴った。
私は子機を取って、電話にでる。
「もしもし?」
「……私、熊見と申しますが、弥兎さんは御在宅でしょうか?」
「ぷっ、クマ子。私!」
クマ子だった。普段の口調と違い、社交的な対応を取るクマ子が何だか可笑しかった。
「……なんだ、お前か。……――」
相手が私と気づき普段の口調に戻ると、クマ子は黙り込んでしまった。
「どうかした?」
私は尋ねる。
「……お前、どうして家の番号を教えたんだ? 普通、スマフォだろ」
どうやら待ち伏せの際に私がクマ子のノートに書いた連絡先が、自宅の番号だった事に文句があるらしい。
「別に“連絡先”って言われたんだから、間違いじゃないでしょ」
「……後でスマフォのも教えろ。外で連絡が取れないと不便だ」
「はあ……。それで、何の用?」
まさか、それだけのために電話してきた訳ではないだろう。
私は、電話口でクマ子の次の言葉を待った。
「……夏樹と連絡が取れた。お前に会わせたい」
(ギャル子!?)
喫茶店で聞かされた、クマ子とつるんでいる契約者だ。
「わっ、分かった。いつ?」
「……放課後に会うことになっている……」
クマ子の話では、放課後に指定の駅で私と合流し、その後クマ子が待ち合わせ場所である店まで案内してくれるそうだ。
「ふーん、別に今からでもいいけど?」
家にいても暇なので、提案してみた。
「……くくくっ、悪いが“普通”の学生は授業があるんでな。出来れば放課後にしてもらえるとありがたい」
クマ子は不敵に笑いながら、馬鹿にするような口調で言ってきた。
「はいはい」
嫌味な奴め。
クマ子と待ち合わせの約束をし、私は電話を切る。
「ギャル子か……」
クマ子とは協力関係にあり、助力を求める程の仲のようだが、だからといって私に対しても友好的とは限らない。
らむねとの戦闘を経て、初めて会う契約者に対しては楽観視できなくなっていた。
間違っても敵対することがないように、注意が必要だろう。
私はまだ見ぬ契約者の事を考えているとじっとり嫌な汗をかき、待ち合わせまで一人静かに緊張の時を過ごしていた。
時間になると、私はクマ子に指定された駅へとやって来た。
放課後ということもあり、雑踏の中には学校帰りの学生も多く見られる。
私の地元の駅と違い、此処の駅周辺は栄えており、改札を出るとすぐにタクシー乗り場とバス停がある。
その先の道路の向こうは商業ビルが立ち並び、飲食・物販・家電屋が幾つも見えた。
クマ子には駅前で待ち合わせと言われたが、この人混みの中からちっこいクマ子を見つけるのは至難の業だろう。
だが、私は容易く見つけられる自信があった。
「居た」
私は一人、声を漏らす。
正確には、クマ子を見つけた訳ではない。私が見つけたのは“まるこげ”だ。
人混みの中で、頭を覗かせるキラードールが居れば嫌でも目立つ。
それを目印にすれば、ソイツの隣にはクマ子が居るだろう。
「よっ」
「……ん」
挨拶にしては、余りに簡素な言葉を私達は交わす。
クマ子は、相変わらずスマートフォンをいじりながら待っていた。
私は、そのスマートフォンに注目する。
赤紫だった。
カバーを付け替えているわけではない。改めて見ると、機種そのものが違っている。
見間違いではなかったのだ。
やはりこいつは、2台もスマートフォンを持っているのか。
「……行くぞ」
クマ子は早々に移動を開始し、私は並走しながらついて行った。
「どこで会うの?」
私はクマ子に聞いてみた。
「……バーガー屋だ。駅前にもあるが、待ち合わせる場所はこの時間でも混み合っていない穴場だ。
……話す内容からしても、人が少ない方がいいだろう」
クマ子は横目で私へ言う。
「……そこで約束通り、私の知りうる事をお前に話そう」
私は生唾を飲む。
クマ子が持つ情報、それを聞ける時がついにきたのだ。
クマ子に案内されてハンバーガー屋にやって来た。
とはいえ、バンズとその他の具材が串刺しになっている高級路線の店ではない。
唯のファストフード店だ。
自動扉が開くとレジカウンターがあり、その頭上の壁面には大きなモニターに定番商品から新発売の商品が映し出されていた。
二階建てになっているこの店舗の一階部分には、レジとその裏に見える厨房しかなかった。
その代わり、入口から見て右端には上り階段があり、上がった先の二階が飲食スペースとなっているようだ。
「小腹が空いたわね」
私はモニターに映るメニューを眺めながら声を漏らした。
「……奢らんぞ」
クマ子がぼそりと呟く。
「なんも言ってないでしょ!」
正直あわよくばとは思っていたが、望みは絶たれた。
だが、いつまでも人から施しを受ける私ではない。今こそ、これを使う時がきたのだ。
私は、以前おばちゃんに貰ったポチ袋を取り出す。
中には千円札が二枚入っていた。
おばちゃんは、このくらいのお小遣いを不定期で何度かくれる。これが塵も積もって懐の足しとなるのだ。
既にクマ子は、レジで商品を注文し始めていた。
私も別のレジで注文を始める。
「いらっしゃいませー」
定員は挨拶の後に決まり文句を並べる。それにそった返事を一頻りするとようやく商品を選べた。
(ハンバーガーは二種類、それにポテトも付けたいなぁ……)
悩んだ末に、私はメニューを指差しながら答える。
「ハンバーガーを一つと……水」
「……、以上で宜しいでしょうか?」
「ええ」
(文句あるか?)
好きなだけ食べるのは我慢した。
どうせ帰ったら晩飯なのだ。ここで無駄遣いはできない。
いざという時にロリポップが買えない方が、私にとって痛手なのだから。
しばらくすると、注文した商品を載せたトレイを渡される。
クマ子も自分の商品を受け取り、二人ともトレイを持った状態となった。
クマ子は私の商品を一瞥してから、自身を先頭に私達は二階へと上がる。
階段を上りながら、クマ子は背中を向けた状態で私に尋ねてきた。
「……それだけでいいのか?」
私の注文した品が少ない事に疑問を持ったのだろう。
「ええ」
(文句あるか?)
階段を上がりきった所で体を左へ向けると、テーブルと椅子がズラリと並ぶ。
飲食スペースは、一階入り口の真上にあたる窓際のカウンター席。厨房の真上にあたる壁側のソファー席。
それらの間にある四人掛けのテーブル席となっていた。
私は一人の客に注目する。
階段側に一番近いテーブル席に座り、私達の方へ体を正面に向けて……。
そこにギャル子は居た――。
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