第41話 平手
「あんたはすっこんでろっ! 東林っ! このままじゃあたしの気が済まないのよ!
だいたい、あたしは無関係な人間なの。あんたが言ったことでしょ!
それなのに、こいつのせいで散々な目に遭った! 落とし前は付けてもらうわ」
「うっ……」
樋郡は、また俯いてしまう。
「そうね……だけど、中倏が樋郡に何をしていたか、知らなかったわけじゃないでしょ?
自分には関係ないと問題を放置しておき無関心、それがいざ自身へ危害が加わると騒ぎ立てて。
だったら、初めから声を上げなさいよ。
周りの奴には出来なくても、あんたが言えば……中倏の行いは止められたかもしれない……。
あんたからしたら樋郡のためでなくていい、大事な姉が危険な目に遭わないためにも、恨みを買わない行動をとらせるべきだった。
もし、相手が病院送りでは済まないような……取り返しのつかない事をする奴だったらどうするの?」
「ふん! そんな奴がいたら、あたしだってお姉ちゃんを止めるわよ。相手がこいつだから、放置してただけ」
中倏妹は、樋郡を見下しながら言い放つ。
「分かる? 世の中には必要なのよ。こいつみたいに誰かのうっ憤を晴らすのに使われる奴が!
当時もこいつを庇おうとする奴なんていなかった。こいつがどうなろうと気に留める奴なんて誰もいないわ!」
「うぐっ……うっ……」
その言葉を受け樋郡は涙ぐむが、私は中倏妹を鋭く睨みつけて声を上げた。
「ここに居るわ!」
「っ!?」
再び顔を上げた樋郡は、私を見る。
「樋郡に……らむねに手は出させないっ!
これ以上やろうって言うなら、私が相手になる!」
「ひぐっ……うっ……東林さん……!」
らむねは泣き出してしまった。
「んんっ……」
先程の戦闘を目の当たりにしていた中倏妹は、相手が私となると尻込みしてしまう。
「何であんたがそこまで向きになんのよ……」
中倏妹は私に問いかけた。
「――っ!」
私は、憑依体の腕で地面を殴りつけると叫んだ。
「空しいでしょ! 私達は何のために争っているの!? 誰かが傷つけなきゃ、誰も傷つかずに済んだじゃないっ!」
張り裂けそうなもどかしさの中で、言いようのない感情が渦巻いていた。
中倏が始めたいじめは……らむねを傷付け、私を傷付け、自分と友人を傷付け、最後は自分の妹まで傷付ける結果となった。
一体誰が得をしたというのだ。
このくだらない憎しみの連鎖の中で、私自身も被害者であり加害者となっていたのだ。
「……、ちっ!」
中倏妹は舌打ちをすると、憑依を解除する。
「樋郡、歯ぁ食いしばれ」
「えっ? あっ……」
中倏妹は右手を上げて平手打ちの構えを見せた。
それを目にしたらむねは、ひざまずいたまま目をつむると受け止める覚悟を示した。
「んっ!」
中倏妹が手を振ると、バチンと頬を叩く音が響き渡る。
叩かれた頬がじんわりと赤くなっていく中、らむねは静かにその痛みを噛み締めていた。
「いった~……」
だが、叩かれたらむねよりも叩いた中倏妹の方が、痛そうに手をぶらぶらと振っている。
「だっ、大丈夫!? 佳奈ちゃん!?」
「うっさい! 黙れっ!」
「ひっ!?」
中倏妹に怒鳴られ、らむねは体を強張らせてしまう。
叩いた手首を押さえながら、中倏妹はらむねへ言い放つ。
「あんたの事、許した訳じゃないから。でも今は、これで勘弁してやる」
「えっ」
呆気に取られているらむねを尻目に、中倏妹はこの場から立ち去ろうとする。
らむねは立ち上がると、遠ざかるその背中へ声を掛けた。
「佳奈ちゃん!」
「……」
中倏妹は立ち止まり背中を向けたまま、横目でらむねを見る。
「ありがとう」
「……、ふんっ! 行くわよ、マヌ犬」
らむねの言葉に何も答えることなく、中倏妹の姿は遠ざかっていった――。
中倏妹が見えなくなる頃にはゾーンが閉じられ、私達の憑依は解除される。
夕暮れの空の下、佇む私とらむねのもとへクマ子が近づいて来た。
「……やれやれ」
「あっ……クっ、クマの人……」
らむねはクマ子にどう接するべきなのか分からず、どぎまぎとしてしまう。
「……私は熊見だ。熊見 花子」
「くっ、熊見さん。私、色々迷惑かけて……ごめんなさい!」
らむねはクマ子へ向けて、深々と頭を下げた。
「……もういいさ、お前の行いは止められたからな。……もうするなよ」
「うん。今の私には何の力もないから……」
そう言うと、らむねは寂しそうに自分の手の平を見つめた。
「これからどうする気?」
私はらむねに尋ねる。
「自分のした事のけじめは付けるつもりだよ。大丈夫、一人でやれるから」
「……お前の言葉、信じていいんだな?」
「うん。安心して、熊見さん」
クマ子の問い掛けに、らむねは力強い眼差しで答えた。
「あっ、そうだ! わっ私、樋郡 らむねっていいます」
らむねは自分だけ自己紹介をしていないことに気づいたのか、唐突に私達へ名乗った。
「……知ってるぞ」
「うん」
私は、口内のロリポップを転がしながら答える。
「えっ、あっ、そっか……。はぁ~……」
らむねは深くため息をつくと、私達に自分の思いを語り出した。
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