第37話 支配
「どうして、あいつがここに?」
突然の中倏妹の登場に、私は驚く。
「……誰だ、あいつは」
クマ子からしたら、当然の疑問だろう。
「あいつの名前は中倏 妹」
「……違うと思うぞ」
間違えた。たしか名乗っていた気もするが、思い出せない。
私からすれば中倏ですらどうでもいいのに、その妹となれば覚える気にすらならなかったのだ。
「柑奈か? いや、それは中倏の名前だ。
駄目だ、思い出せない」
「佳奈よ! 佳奈っ! 馬鹿にしてんのか、東林ぃ!」
中倏妹がキャンキャン吠えていた。
「あぁー、そんなんだったわね」
(駄目だ、今にも忘れそう……)
「……中倏 柑奈の妹か、そいつまで契約者になっていたとは。
……だが、姉を襲った樋郡側に付いているのはどういうことだ」
「確かに」
「……まぁ大方力でねじ伏せ、言いなりにさせているといったところか」
クマ子の発言に樋郡は口を挟んでくる。
「酷い言いようだね、クマの人。私は力の差を示して、佳奈ちゃんに手伝ってもらっているだけだよ。
二人にも見せたかったなぁ。
初めて会った時は牙をむいた狂犬って感じだったのに、私が負かしてからはすっかり怯えて、今じゃ捨てられた子犬のよう――」
「要するに暴力で言いなりにさせてんでしょ。中倏があんたにしたのと同じように――」
樋郡は暗い顔をすると、反論してきた。
「誤解してるよ、東林さん。私は……乱暴な人間じゃない、こんな事するつもりなんてなかったのに……」
樋郡は握り拳を作ると、語り出した。
らむねが柑奈を襲った日――
中倏 柑奈はゾーンに引き込まれていた。
「何なの……、これは……」
誰も居ない色を無くした世界を前に、柑奈は困惑していた。
「なっ、中倏さん!」
「んっ!?」
柑奈が振り返ると、そこには縫い目と継ぎ接ぎがあるゴリラのぬいぐるみを連れた、らむねの姿があった。
「樋郡? 何であんたがここに……。
まさか! これ……あんたの仕業なの?」
「そっ、そうだよ。中倏さん、私――」
「ふざけんじゃないわよっ! 早く此処から出しなさいよ! さもないと、ただじゃ置かないから!」
柑奈を冷静にさせようと、らむねは落ち着きながら語り掛けた。
「聞いて中倏さん、私は中倏さんと話がしたかったの。
お願い、これまでの事をちゃんと謝って。そうすれば私、全部許すから。
そしたら私達――」
らむねの言葉を待たず、柑奈は声を上げる。
「はあ!? 何で私があんたなんかにっ! 唯でさえあいつのせいで、こっちはむしゃくしゃしてるのよ!」
柑奈は独り言のように捲し立てた。
「折角クラスの連中を懐柔させたのに、あの一件で私の面子は丸潰れよ! あれ以来、どいつもこいつも私の言うことを聞きやしない! あぁ~っ! ムカつくっ!」
柑奈はその場で地団駄を踏むと、ふと思いついたように顔を上げた。
「そうだ……また光桔達と一緒にあんたの相手をしてあげる! 何の取り柄もないあんたは、私のような特別な人間のご機嫌取りをしてればいいのよ!」
らむねが拳を強く握ると、その手は小刻みに震えていった。
「そのしけたツラが袋叩きにされているのを見れば、ちょっとは私の気分も晴れるわ。
私を満足させたら、ずっと病院にでも引きこもってろ!
樋郡、あんたみたいな居ても居なくても変わらない奴がどうなろうと、誰も気に掛けちゃくれないんだから!」
「なっ、中倏さぁん……うっ――」
らむねは瞳を潤ませながら俯くと、握り締めていた拳は力なく開いた。
顔を上げたらむねは冷たい眼差しとなり、瞳の端から一筋の涙が伝うと柑奈へ告げる。
「――そう、よく分かった……」
――ゾーン内で、弥兎達はらむねの話に耳を傾けていた。
「酷い、酷いよぉ! 私は……謝ってくれれば、それで良かったのにっ!
どうして中倏さん達の行いは許されて、私は咎められなきゃならないの!? 私は黙って殴られていれば良かったの!?
まかり間違えば、私は……死んじゃっていたかもしれない!」
樋郡は体を震わせ涙を流すと、切実な表情で私に訴えかける。
「世の中にはそういう人達が居るんだよ! 東林さん! どれだけ相手を傷付けても心を痛めず、笑っていられる人がっ!
あの人達は、私がしたって事を覚えていたとしても、誰一人……私に申し訳ないと思ったりしない!
“面倒な奴に手を出した。あんな奴に関わるんじゃなかった”と、唯の一人も謝ってなんてくれないんだぁぁーっ!」
樋郡は両腕の拳で地面を叩くと、激しい地鳴りが起きる。
「だから仕返ししたんだよ! 二度と手出し出来ないように、私の痛みを知らしめるために病院送りにしてやった。
誰より人の痛みが分かる私が、理不尽な暴力を終わらせたんだよ。
それでも私があんな人達と同じだって言うの!? 答えて、東林さん!
こんな事は望んでいなかったのに……。
私は……ただ……友達が――」
「あんたは中倏と同じだよ、樋郡 らむね」
「――っ!?」
私は樋郡の問いを無視して答えた。
「どうして……? どうしてそんな酷い事言うの?」
樋郡は隣にいる中倏妹を睨みつけるが、すぐに同情の顔へと変わった。
「分かるよ、佳奈ちゃん。最初は何をされても反抗心を持ってチャンスを待つよね。でも次第に痛め付けられるのが怖くて、早く終わってくれればと逆らわずに言いなりになってしまう。
すると相手は面白くないから、増長してやることはエスカレートしていく……。
それがお姉さんが私にした事、私がされた事……」
「んっ……」
中倏妹は押し黙ってしまう。
樋郡は私達に向き直ると告げた。
「あなた達にも教えてあげる。この世界の残酷で許しがたく、揺るがない現実を……。
はああぁぁぁあ~っ!!」
樋郡が雄叫びを上げると、彼女の憑依体の背中からさらに二本の腕が生え出す。
「っ!?」
「……くるか」
計四本の太く長い腕が生え揃うと、元の両腕の拳同士をゴツンと合わせ、樋郡はより一層物々しい雰囲気を漂わせながら私達へ言葉を発した。
「――暴力こそが人を支配するの!」
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