第33話 尾行
放課後まで待ち伏せている間は、暇を持て余していた。
その間に私は生活費について考えることにする。
「ねぇ、クマ子。なんか書くもの持ってない?」
「……鞄に入っているから、勝手に使え」
私はクマ子の鞄からノートとペンを取り出した。
今月はひなたとクマ子に奢ってもらい、おばちゃんから小遣いを貰えたため、懐にはまだ余裕があった。
私にとって重要なのは、あと何本ロリポップが買えるかということだ。残高によっては日の消費量を抑えなければならない。
計算をしながら考え込んでいると、クマ子が思い出したように私へ言ってきた。
「……そうだ。お前の連絡先を聞いておきたい」
「じゃあ、ここに書いとくわ」
「……いや、今言え」
クマ子はスマートフォンを構えるが、私は筆を止めない。
「もう書いてるから、後で確認しなさいよ。はい、ここ入れとくから」
そうして、私はクマ子の鞄にノートとペンを戻した。
クマ子はやれやれといった様子で私を見ると、話題を変えてきた。
「……今のうちにお前へ伝えておく事がある。
……憑依体は個体によって外見だけでなく、能力にも違いがあることは気づいているだろう」
「ええ」
「……私は樋郡 らむねとの初戦で、奴の能力を目の当たりにした。それを踏まえ、お前に話しておく――」
クマ子は、私を見据えて告げる。
「――今回の作戦と奴の能力を」
――私はクマ子から話を聞き終えた。
「了解よ。まぁ、話し合いで解決するのが理想だけど、無理でしょうね」
「……ああ、そうだな」
――その後、私達はそのまま待ち続け、ついに放課後を迎える。
学校のチャイムが周辺へ響きわたる中しばらくすると、生徒たちが徐々に下校を始めた。
校庭に部活を始める生徒の姿は見受けられない。
どうやら今日の事件を受け、授業後は全員帰宅させられるようだ。
クマ子は正門を抜ける生徒達へ目を光らせる。
「……あいつだ」
私達は一人で帰宅していく、女学生を捉えた。
たしかに真面目で気弱そうといった印象を受ける。
あの生徒こそ、下帯 野乃花なのだろう。
私達は帰路につく下帯の後をつける。
近くに樋郡が居る可能性を踏まえ、周囲を警戒しつつ“ロリポップ”と“まるこげ”は、通り過ぎる住宅の塀の内側を歩かせて周囲からドールが見えないようにして進んだ。
一軒家の前に着くと、下帯は中へと入っていく。表札には下帯と記されている。彼女の自宅に間違いないだろう。
「あいつは現れなかったわね」
「……ああ」
これは本格的に、一晩中の見張りとなりそうだ。
だが、下帯家の玄関が見える通りの物陰に潜んでからしばらくすると、私服姿となった下帯 野乃花が出て来た。
「待って、マロン」
彼女は靴を履き直す。
「よしっ、行こ」
手に持ったリードの先には中型犬が居た。
「犬の散歩みたいね」
「……そのようだな」
下帯は家を出て左の通りを進んで行き、私達は遠巻きに彼女の後をつける。
二車線の道路が交わる開けた通りに差し掛かった。
全体が円形になったこの場所は、以前はロータリーだったようだが、中央を取っ払い十字路として使用されているようだ。
下帯が信号待ちをしていると、突如として世界は色を無くす。
「っ!」
「……」
ゾーンが展開されたのだ。
下帯が困惑していると、彼女の犬は十字路の中央へ飛び出し、通りの先へ吠え出した。
下帯は犬のそばへ駆け寄った。
「マロンっ!? どうしたの?」
下帯が顔を上げるのに合わせ、私達も犬が吠える方向へ視線を移した。
通りの先から、道路の中心を歩いて近づいて来る人影がある。
その人物は入院服を着た状態で、手足や頭に包帯を巻き付け、左目に眼帯をしていた。
そのすぐ後ろを、ゴリラ型のキラードールが追従している。
彼女は道路の円形部分に差し掛かると、立ち止まった。
私の瞳はゴリラの契約者を捉えた。
クマ子に見せられた画像の時より、かなり痛々しい姿になっていたが間違いない。
(あいつが、樋郡 らむね……!)
樋郡は下帯に目をやると、声を掛けた。
「こんばんは。下帯さん」
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