第32話 急行
「ちょっと、クマ子っ!」
クマ子は足早に電車へ乗り込んで行き、私もそれに続いた。
電車に揺られながら、クマ子は話し出した。
「……三枝 朱里もまた、中倏のグループの一人だ。これで残すは下帯だけになった」
「その“三枝”はいつやられたの?」
クマ子はグループチャットを確認しながら答える。
「……ついさっきだ。体育の授業中にやられたらしい。
……授業内容はマラソン。学校の敷地を出る長距離のようで、外で負傷しているのを発見されたようだ。……急がなければ」
真顔のままだが、クマ子はどこか忙しない様子だった。
「落ち着きなさいよ。ゾーンが連続で発動できないのは知ってる?」
「……ああ」
「再発動までの時間は?」
「……正確な時間までは把握していないが、半日経てば再発動可能なのは分かっている」
「私も自分で確かめたわけじゃないけど、約4時間。恐らくそれが、再発動可能な最短時間よ。
信用できる子からの情報だから」
「……」
クマ子は黙ったまま、私の話を聞いていた。
「要するに、樋郡は今すぐ下帯に手出しすることはないってこと。
やるとしたら、恐らく放課後……」
「……根拠は?」
「あいつは出来るだけ外部犯の犯行に見せかけたいはず。
だとしたら、下帯が一人で敷地外に出る放課後以降って事になるでしょ」
「……確証は有るのか?」
「絶対そうする! あいつはこれからも、あそこに通うんだから。
校舎内に居る時に襲わないのは、内部の人間が疑われるのを避けるためだと思う」
クマ子は少し考えてから、言葉を発した。
「……確かに、お前の言う通りだろう……」
クマ子は落ち着きを取り戻し、流れる外の景色へ目をやった。
それ程までに、下帯 野乃花という人物は大切な存在なのだろうか。
しばらくの移動の最中、私達にそれ以上の会話はなかった。
東征学園へ着くと、現場と思われる通りにはパトカーが止まっており、数人の警察官が現場検証を行っていた。
その周りでは、近所の主婦や老人が野次馬となって様子を観察している。
校舎に目をやると、窓の奥では生徒たちが変わらず授業をしているのが分かった。
生徒を帰宅させる処置は取らなかったようだ。
だが、校舎の入り口には男性教師が佇んでおり、警戒はしているのだろう。
私とクマ子は遠巻きに、正門が見える物陰へ陣取った。
「それで? 来たのはいいけど、これからどうする気?」
私はクマ子に尋ねる。
「……下帯が出て来たら彼女の後をつけ、樋郡 らむねに襲われるのを何としても阻止する」
私はクマ子から聞いた暴行事件の話から、思うところがあった。
「樋郡による襲撃の傾向は?」
「……今までは日を分けて、一人ずつ襲っているな」
「それじゃあ、今日はもう現れないんじゃないの?」
「……かもしれないな。だが、最後の一人となれば変則的な行動に出るかもしれない。
……何より、手遅れになっては元も子もない。このまま待つ」
そこで、私は嫌な予感がする。
「えっ……、樋郡が現れるまで、ずっと?」
「……当たり前だろ」
クマ子は、当然といった様子で答えた。
「勘弁してよ……」
いや、絶対に止めるとなればその通りなのだが、最悪一晩中待ち伏せする可能性もあると思うと、私は愚痴を漏らさずにはいられなかった。
樋郡のゾーン再発動が可能になるまで、まだ時間的余裕はあった。
それでも、このような事態に置かれた私達はいつ予測不可能な事態に遭遇するか分からず、気が抜けない状態が続いていたのだった。
――東征学園の校舎に目をやりながら、花子はスマートフォンを握りしめ、思いを馳せていた。
(……下帯 野乃花。お前は必ず、私が救ってみせる――)
よろしければ、ブックマーク・評価をお願いいたします。