第29話 声
「ところでギャルって?」
私は聞き逃した訳ではなかった。
「……知り合いの契約者だ。
……本当はそいつに助力を得るつもりだったが、どういう訳か連絡が取れない。
……全く、何しているんだか」
私は椅子の背もたれに、もたれかかった。
「まぁ、必要な時に頼りにならない奴よりかは役立ってやるわよ」
私はわざと嫌味ったらしく言った。
すると、今度はクマ子の方が不機嫌そうにした。
「……言っておくが、お前じゃ“夏樹”には勝てないだろう。
……あいつが居ないせいで戦力としては減だ」
「あっそ」
投げやりに答えたが、恐らく事実だろう。クマ子とつるんでいるギャル子、一体どんな奴なんだ。
私の考える素振りが、臍を曲げたように見えたのか、クマ子は一応訂正の意を込めて言ってきた。
「……だが、お前には期待している」
「……」
全く、貶したいのか、褒めたいのか、よく分からん奴だ。
「……聞きたい事はそれだけか?」
クマ子は、今一度確認してきた。
「待って! 最後に一つだけ聞いておきたい……」
今まで何人かの契約者と出会ってきたが、こうして落ち着いて話す機会がなく、聞きそびれていた。
だが、ずっと気掛かりだったあの事について確認しておきたかった。
「あんたも聞いた?」
「……?」
「望みが叶うってやつ……」
私が初めて憑依したあの日。私に語り掛けるようにして少女の声が聞こえた。
“ふふ……その調子よ。生き残ったら、あなたの望みは叶えてあげる”と。
あれは幻聴だったのか、私だけになのか、他の者も聞いたのか、それを知っておきたかったのだ。
「……あぁ、聞いた」
クマ子は端的に答える。
「具体的に教えて」
クマ子はコーヒーを飲み切ると話し出した。
「……私が初めて憑依した時、少女の声で聞こえた。
……“生き残ったら、あなたの望みは叶えてあげる”と。
……その声は周囲からではなく、直接頭に響くように聞こえた」
私の時と同じだ。
「どういう意味だと思う?」
クマ子は顎に手を当て、少し考えてから言った。
「……生き残るというのは、危険な状況下を耐え抜けということだろう。
……この状況における“危険”とは、アサブクロのような襲ってくる化け物を指すと思われる。
……つまりはドールの力を使い、化け物の襲撃から生き残れという意味ではないだろうか」
「まぁ、そうね……」
私にはもう一つの可能性が過った。おそらくクマ子もだ。
だが、その考えを口にするのは止めた。そうであってはならないからだ。
「生き残れば、望みが叶えられると思う?」
「……当てにならんな。そもそも望みの定義が曖昧過ぎる。
……“世界一の金持ち”・“不老不死”・“人類すべてを自分の言いなりにさせる”これらを望んだ時、具体的にいくら手に入るのか?
……自害して確認する必要があるとしたら、その結果自分の想定と違い、肉片となっても生きてしまうのか?
……超人的な力でさえも望みの対象なのか?
それらが示されていない以上、あんな声の言う事を鵜呑みにすべきではない」
「ええ」
(でも、もし……もし本当に望みが叶うのだとしたら……)
私の中で優しく微笑む母の顔が思い浮かぶ。
もう一度あの頃に戻れるのだとしたら、私は――
「……大丈夫か?」
「えっ?」
表情は真顔だが、気遣う声色で、クマ子は私に聞いてきた。
「えぇ、平気」
気付かぬ間に、思いつめた顔をしてしまったようだ。
「……いいか。私はお前より現状についての知識があるかもしれないが、あくまで見聞きしたものから仮説を立てているに過ぎない。
……今はまず、私達が置かれた状況を理解し、生き残る道を模索するのが最優先だろう。
……それらに確証を持ち定められたルールを理解すれば、生存の可能性は広がるはずだ。
……そうすれば、いずれあの声の正体も掴めるだろう」
「うん」
私はあの声を思い出す。
幼さすら感じさせるあの声は圧倒的な威圧感を持ち、絶対的優位性の下、私達を見下していた。
私は直感していたのだ。
あの声の主こそ、この事態を引き起こした張本人だと。
執念を燃やす私の握り拳に力が入る。
(私達を危険にさらし、弄んでいるあのメスガキに……)
私は決意に満ちた目をする。
(いつの日か、己の罪深さをこの手でわからせてやる――)
よろしければ、ブックマーク・評価をお願い致します。