第24話 コーヒー
「取り敢えず話は聞いてあげる。協力するかはその後で決めるわ」
それを聞くと、クマ子は間髪を入れずに言ってきた。
「……ダメだ。話を聞くなら、協力しろ」
「事情も知らずに承諾出来ないでしょ。嫌なら他を当たれば?」
私は興味を無くした様にふるまい、立ち去ろうとした。
クマ子は透かさず、私を制した。
「……はぁ、それもそうだな。分かった、まずは話を聞いてくれ」
乗ってくれて助かった。
私とて、自分が知りえない事は知っておきたい。ましてや、クマ子のように話が通じそうな相手は貴重だ。だが、少しでも私が有利な立場で事は進めておきたかったのだ。
私達は落ち着ける所へ向かうことにした。
最寄り駅近くの寂れた商店街には、いつ客が入っているのかも分からない喫茶店があったはずだ。
私達が話す内容からしても、人が少ない所の方が良いだろう。
私が歩き出そうとすると、クマ子は出て来たところへ戻り、学生鞄を手に持ってから私に続いた。
鞄を置いていたという事は、クマ子はかなりの時間待ち伏せていたのかもしれない。
移動している最中、クマ子はずっと赤紫のスマートフォンをいじっていた。
仕方なく、私から話しかけた。
「あんた、何で私の名前知ってたの?」
率直な疑問だ。こいつは私が停学中である事まで知っていたのだ。
クマ子はスマートフォンから目を離さずに答えた。
「……調べた」
(え? 私の個人情報は調べれば出てくるのか?)
「どうやって?」
私は続けて尋ねる。
「……それは取引とは関係ない。よって答える義務はない」
「そういう態度じゃ、協力出来ないわね」
私が強気な態度に出ると、今度は私の方を向いてクマ子は言った。
「……調子に乗るな、お前だって私の情報を欲している事は分かっている。相手を無下に出来ないのはお互い同じだろう」
「……」
何も言い返せなかった。
ここまでの会話でクマ子は馬鹿ではないとは思っていたが、確信した。簡単に欺けるような相手ではないのだろう。
その暗い瞳で見つめられると、心の奥底まで見透かされる気がして、私はクマ子から目を逸らした。
寂れた商店街に着くと、その一角にある喫茶店へ入った。
その小さな喫茶店にはカウンターに店主と思しき渋い老人が読書をしており、客は他には居なかった。
「……あぁ! いらっしゃい」
客が来ると思っていなかったのか、本に没頭していた彼は、私達に気が付くとマスターの顔つきになり、好きな席へと私達を促した。
私とクマ子は、カウンターに居るマスターから一番遠い窓辺の席へ、向かい合うようにして腰を下ろした。
お冷を置いてかれた後、私はメニューへ目を通した。
我が目を疑う。
(コーヒーが一杯、650円? 何かの間違いだろう……)
私の金銭感覚的には、例え2リットルで出されても納得できない。
クマ子は一頻りメニューに目を通すと、コーヒーのブラックを注文した。
いるいる。少し背伸びしてブラックを飲む奴。私の前だから、少しでも大人ぶりたいのだろうか。
味の良さを理解しているなら文句はないが、果たして本当にその魅力がわかっているのか。
クマ子が飲んだら、感想を聞いてやる。
「……何も頼まないのか?」
私が注文しないのを見て、クマ子は尋ねてきた。
「いらない」
こんなところで金を使ってなるものか。ロリポップが何本買えると思っている。
クマ子はコーヒーを待つ間、黒のスマートフォンをいじっていた。私はロリポップを舐めきると、新たなロリポップを舐め出した。
クマ子に目をやると、ジト目で私の事を見ていた。
「何?」
「……別に」
そう言うとクマ子は、再びスマートフォンをいじりだした。
他にやることがないと、クマ子はずっとこんな感じだ。そこで彼女の手元のスマートフォンに目が留まる。
黒だ。
そんな色だっただろうか。店内は間接照明で照らされており、やや薄暗い。そのせいで暗い色に見えているのかもしれないが、私はそれ以上気に留めなかった。
程なくして、ブラックコーヒーが運ばれてきた。
私はクマ子が飲む様子を窺った。
クマ子は出されたコーヒーに目をやると、カップを掴みほんの僅かだけすする。
舌をべえと出し渋い顔をすると、テーブルに置かれていたミルクと砂糖をドバドバとコーヒーへ入れていった。
真っ黒だった表面は見る見る白く濁っていった。
再びすすると、表情は真顔だがどこか満足そうだった。
「飲めないなら、普通の頼めばいいじゃない……」
私は我慢しきれず、言葉を投げかけると、メニュー表のコーヒーを指さした。
「…………、普通のあったのか……」
単に気づいていないだけだった。
私はお冷に口をつける。
互いに喉を潤したところで、私達は本題に入る事にした――
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