第23話 熊
その日の朝は、ちょうど通学する学生がいなくなる頃だろう。
最近は余計なことに頭も体も使うせいか、以前よりも腹が減りやすくなった気がした。
(カロリー不足だ……)
私の体が太らないとこを見るに、摂取したエネルギーは全て生命維持に回され、プラスに転じていないのだろう。
それ故、翌日には重度の空腹感に襲われる。
私は自宅の子機を取り、手渡された紙に書かれた番号へ電話を掛けた。
「はぁ~い。小日辻で~す」
相手からしたらおそらく非通知であろうに、名乗るのは少々不用心に感じたが今は気に留めないことにした。
「ひなた? 私、弥兎」
私の声を聞くと、ひなたは嬉しそうな声色になった。
「あぁ~! 弥兎ちゃんっ!? 電話してくれたの? えへへ、嬉しいなぁ~」
私は早速本題を切り出した。
「ひなた、お腹が空いたわ。朝ごはんもまだなの、何処かへ食べに行きましょ」
それを聞くと、今度はすごく申し訳なさそうな声色で、ひなたは言った。
「ごめんねぇ、私今学校で、これから授業なんだぁ。
放課後は被服室で作業もしたいから、その後なら空いてるよぉ。
夕方まで待てる?」
――待てる訳ないだろ。それではただの晩飯だぞ、ひなた。
停学のせいで曜日感覚があやふやになりかけていたが、今日は平日だ。当然授業があるだろう。
私はそんなのサボってこっちに来るように言いたかったが、わがままを言うのは止めた。
ひなたのような人畜無害な奴にまで嫌われたら、私はいよいよ人として、どうしようも無いように思えたからだ。
「ならいいわ。またね」
「ううぅ、ほんとにごめんねぇ……。またねぇ」
最後は泣きそうな声で、ひなたは電話を切った。
仕方なく私は身支度を整え、出かける事にした。
昨晩使った食器をお盆に載せ、階段を下りる。おばちゃんの部屋の戸の横へお盆を置き、ボロアパートを出たところで、私はロリポップを舐めだした。
このボロアパートの周りはブロック塀で囲われた住宅街が密集しており、アパートを出て右手側には十字路がある。
私は何処へ行くか思案していると、その右側正面の十字路からスマートフォンを持った少女が現れ、こちらへ近づいて来た。
制服姿でおかっぱ頭の少女は色白というより顔色が悪く、目のしたに酷いくまができていた。無表情な彼女の背は低く、もしかしたら中倏妹よりも小さいかもしれない。
私から少し距離を取った所で立ち止まると、少女は言葉を発した。
「……ほんとに停学中なんだな」
「……」
開口一番がそれか。なんだこいつは。
少女は言葉を続けた。
「……いいか、東林 弥兎。私はお前と争う気はない」
行き成りこんな事を言われれば、唐突すぎると感じるだろう。だが、今まで突如として現れた者達との経験を経て、こいつが何者なのか察するのは難しくはなかった。
少女がその言葉を言い終えると、彼女が出てきた所と同じところから、全身に縫い目と継ぎ接ぎがある熊のぬいぐるみが現れた。
ゆっくりよたよたと歩きながら、少女の横に並ぶとその場に立ち止まった。
少女はくまの出来た目で私を見る。
私が何も答えない事に痺れを切らし、声を上げた。
「……何か答えろ」
目にくまがある熊のぬいぐるみを連れたこのクマ子は、私に何の用だというのか。
「あんたも、私と同じ……」
「……そうだ。私もお前と同じ契約者」
(契約者?)
私は続けて尋ねた。
「それで、私に何の用だっていうの?」
「……お前は私達に起きているこの現象について、どこまで知っている」
「どこまでって、全然分かんないわよ」
「……そうか。なら私は、私が知っている事をお前に教えよう」
「いきなり現れたかと思えば、何の見返りも求めずに情報を寄こすって言うの? 信用しがたいわね」
そう言うと、クマ子は意を決したように私を見て、言葉を発した。
「……私は熊見 花子。
東林 弥兎、お前の力を借りたい」
それが、クマ子との出会いだった――。
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