第19話 針
ひなたの憑依体もまた、私と似たように“まくら”の頭を被っていた。
両腕は全て綿で覆われており、袖口の辺りから、さらに長い袖が連なっている。その姿は、遠目には振袖のようだ。
また、両腕の綿の部分には幾つもの大きな裁縫針が刺さっている。
ひなたは覚悟を決めた顔つきで、“二股のアサブクロ”へ目掛け、両腕の袖をバタバタと振った。
ひなたが袖を振る毎に綿が発生し、“二股のアサブクロ”の体や周囲に付着した。
「えいっ!」
ひなたは掛け声と同時に、両腕を振り上げた。
それを合図に、付着させた綿からは無数の針が飛び出し、“二股のアサブクロ”の体を突き刺す。
これには苦悶の叫びを上げ、“二股のアサブクロ”はその場に倒れこんだ。
しかし、倒れた先にも綿があり、さらに“二股のアサブクロ”の顔や体に付着した。
「やぁーっ!」
ひなたは又しても両腕を振り上げると、その掛け声で針は引っ込み、再び綿から針が飛び出し、“二股のアサブクロ”の全身を貫いた。
そのまま悶える“二股のアサブクロ”を尻目に、ひなたは“大柄のアサブクロ”の方を見やった。
「弥兎ちゃんっ!?」
ひなたは心配しきった表情で、こちらへ近づいて来た。
その後ろでは“二股のアサブクロ”に付いた綿の針が、尚も抜き差しを繰り返していた。
やがて“二股のアサブクロ”は動かなくなると、その体から青白い発光体が湧き出し、ひなたへ吸収された。
“二股のアサブクロ”は黒い靄に包まれ、塵となって消滅した。
「え~いっ!」
ひなたはより大きく袖を振ると、幾つもの綿が飛ばされ、“大柄のアサブクロ”の全身に付着する。
再び袖を振り上げ、無数の針が“大柄のアサブクロ”の体を貫いた。
これには奴も耐え切れず、その場で悶えながら、私を抑え込む両腕を離した。
その隙に私は身を翻し、体勢を整えた。
「弥兎ちゃんっ!」
今度は安堵した表情で、ひなたは私の名を呼んだ。
私はひなたを見て小さく頷くと、すかさず“大柄のアサブクロ”の懐に入り、その首元を連続で切り付けた。
ひなたの針が抜き差しを繰り返すたびに、“大柄のアサブクロ”は体を跳ねさせる。
“大柄のアサブクロ”が攻撃の手を緩めている隙に、私は奴の肩を“ロリポップ”の腕で掴み、地面を強く蹴りながら腕を曲げる勢いで、空高く跳んだ。
“ロリポップ”の両手を重ねるようにして、3本の鉤爪が交互に並ぶように合わせた。
私はそのまま落下し、奴の首元に鉤爪が食い込んだ瞬間、力一杯に合わせた両腕を振り下ろした。
「はあああーっ!」
“大柄のアサブクロ”の首元を切断し、奴の首が落ちる。
頭が無いにも関わらず唸り声を上げると、地響きを起こして巨体が倒れた。
すると、“大柄のアサブクロ”から青白い発光体が湧き出し、私へ吸収された。
(……!)
今度は、先程失ったと感じたものが満たされる感覚があった。
「わぁ~い! やったよぉ~! 弥兎ちゃ~ん!」
私が考えていると、ひなたは万歳のポーズで、私を抱きしめようと近づいて来た。
「ちょちょちょっ! ちょっと!」
私は“ロリポップ”の腕で通せんぼする形で、ひなたをそれ以上近づけさせないようにした。
針だらけの腕で抱きしめられれば、私まで串刺しになってしまうのだ。
「うわわぁ、ごめんねぇ~。えへへ」
「はぁ~」
とにかく、私とひなたはこの窮地を脱したのだ。
その後、屋上の戸は開いていたため、私達はエレベーターを使いビルを後にした。
駅に着くと、ひなたは私の前に立った。
「今日はほんとにありがとぉ~。二度も助けられちゃったねぇ」
「私もひなたに助けられたわ」
「えへへ、だとしたら嬉しいなぁ~」
ひなたは紙袋を抱えているため、指を立たせて小さく手を振ると駅へ歩き出した。
数歩進むと、何かを思い出したようで、ひなたはこちらへ小走りで駆け寄ってきた。
「これ、私の連絡先」
ひなたは自分の電話番号が書かれた紙を、私に手渡してきた。
「また一緒にお出掛けしようねぇ~」
「ええ」
ひなたは今度こそ駅へ向かった。その姿を見届けると、私は踵を返した。
「さてと」
まだ日が沈むには早く、私は確かめたい事があったのだ。
――シャッター音が鳴ると、スマートフォンの画面に二人の少女の姿が写る。
画面には写らないが実物に目をやると、それぞれ兎と羊のぬいぐるみを従えていた。
撮影者は、別れる二人の姿を遠巻きに見つめているのだった。