第18話 アサブクロ
「ふえ? 何ぃ!? 弥兎ちゃんのお友達ぃ?」
――そんな訳あるか。どう見ても、友好的ではないだろう。
以前遭遇した、麻袋を被った化け物。“アサブクロ”だ。
だが、いずれも以前見た奴とは形状が違っていた。
1体は基本的な特徴は同じだが、最大の違いは、腰から上には二つの上半身が枝分かれする形で生えていた。
それぞれ両腕の麻袋の中からカミソリ、又はカッターの刃のようなモノが幾つも飛び出している。
もう1体は体格が良く、露出した生気のない人肌からは強靭な筋肉が見て取れる。
両腕の麻袋の先からは斧の刃が飛び出していた。何より横にいる“二股のアサブクロ”の2倍程の背丈である。
2体のアサブクロはこちらへ近づいてきた。
“大柄のアサブクロ”は一歩踏み出す毎に地響きを起こし、“二股のアサブクロ”はそれぞれの上半身が腕を激しく振り回しながら、ケタケタと笑っている。
「くっ、“ロリポップ”!」
私は以前のように、まるで取り憑かれているような、あの憑依体をイメージして声を上げた。
それと同時に、一瞬の閃光を得て、私は憑依体へと姿を変えた。
今回は、前方に居た“ロリポップ”が光ったかと思うと、この姿へ変わっていた。どうやら私目掛けて飛ぶ必要はないようだ。
それより、以前の憑依では感じなかった事に気づいた。
(……何?)
体の中で何かが失われた、減ったという感覚があった。だが、この正体を今の私が知るすべはなかったのだ。
「えっ、何ぃ? 何なの……?」
ひなたは困惑していた。表情から察するに、アサブクロも憑依体も初めて見たようだ。
「ひなた! アイツらは私達を容赦なく攻撃してくる。“まくら”を使って倒すのよっ!」
「えっ……えぇっ」
ひなたは私とアサブクロを交互に見やり、未だに状況を掴めずにいた。
“まくら”が向かって行ったと同時に、私も奴らへ向かって行く。
“大柄のアサブクロ”に“ロリポップ”の腕で何度も切り付けた。
奴はうなり声を上げるものの、私の攻撃に構わず、太い腕を振り下ろしてきた。
私はそれを上手くかわすが、避けた途端に振り下ろした勢いで突風が起きる。奴の腕力は相当なもののようで、直撃すれば一溜りもないだろう。
“まくら”はひなたに近づけまいと、“二股のアサブクロ”の前に立ち塞がった。
“まくら”を覆う毛が膨らむように増え、やがて大きな毛玉となる。その見た目は羊だが、体を覆う毛は羊毛ではなく、綿のようだ。
立ち塞がる“まくら”を前に、“二股のアサブクロ”は振り回しているそれぞれの腕で、容赦なく“まくら”を切り付けていく。
その場に留まる事しか出来ず、“まくら”の綿は見る見る切り取られ、その体もまた傷つけられていく。
「いや……やめてっ! “まくら”に酷い事しないでぇ!」
ひなたはその場から動けず、胸の前で自分の手を握り締め、懇願する事しか出来なかった。
その声に反応し、“二股のアサブクロ”はひなたの方へ近づいて来た。
幾度となく切り付けられた“まくら”は、その場でぐったりとしている。
私は、ひなたへ近づく“二股のアサブクロ”に注意が向いていた。
その瞬間、“大柄のアサブクロ”が左腕を、私目掛けて振り下ろした。
私は避けきれず、右側の“ロリポップ”の腕が奴の太い腕に押し付けられ、抑え込まれてしまう。
押さえつけられた衝撃で、私の足は地面を離れ、仰向けに倒れこんでしまった。
今、私の眼前に広がったものは空ではなく、“大柄のアサブクロ”の雑に描かれた不気味な顔だった。
奴の力に敵わず、その場でもがくが抜け出す事は出来なかった。
そのまま“大柄のアサブクロ”は、右腕を私目掛けて振り下ろした。私はそれを左側の“ロリポップ”の腕で受け止める。
巨大な斧の刃と、私の鉤爪が接触し、時より火花が散った。
しかし奴の力に抑え込まれ、斧の刃は徐々に私への距離を詰めていく。
「や……、いや……」
近づいて来る“二股のアサブクロ”を前に、ひなたは怯え、その目に涙が浮かんでいった。
私は身動きが取れず、ひなたへ向かって叫んだ。
「ひなた! 憑依して、ソイツを倒して!」
ひなたは私を見る事なく言った。
「だめ……、私には出来ない」
“大柄のアサブクロ”の斧は尚も私に迫って来ていた。
(ああぁ……、もうっ!)
私は一際大きな声を上げ、ひなたに喝を入れた。
「戦え、ひなたっ! 叶える夢があるんでしょ!?」
「っ!」
ひなたは私の言葉ではっとすると、その瞳は力強く輝いた。
「――そうだよ。私は……、助けてもらうばかりなんて――嫌だぁ!」
ひなたは“まくら”へ向き直り、その手を伸ばした。
「“まくら”っ! 私に……守る力を貸してっ!」
その言葉を受け、辺りを一瞬の閃光が包み、ひなたは憑依体へと姿を変えた。