第17話 制約
寝転がると、屋上のフェンスは視界から消え、目に映るのは青空だけだった。
疎らにある雲は、日差しを心地良く調整し、時より頬を撫でるそよ風は、私達を歓迎してくれているように感じた。
ひなたは、空に目をやりながら続けた。
「私はね、この辺りで一番空に近い所を“まくら”に探してもらってたんだぁ」
自殺を仄めかしているのかと一瞬焦ったが、どうやら本当に空が見たかったらしい。
「こうしていると、何だか飛んでいるみたいでしょ。自由なんだぁと安心するよぉ」
「こんなの、見上げればいつでも見えるでしょ」
私は冷めた返答をした。
最初こそ感動したが、視界いっぱいに広がる空は、自分が沈んでいくような、はたまた空がこちらへ落ちてくるように感じて、何だか不安になってきたのだ。
ひなたは空へ手をかざした。
「そうだねぇ、いつでも見れるから――良いよねぇ」
ひなたは感傷に浸っていると、思い出したように言った。
「あっ、帰りは弥兎ちゃんお願いねぇ~。どうしても直に見てほしくて、あのふわぁ~んって変わるの、閉じちゃったからぁ」
ゾーンの事を言っているのだろう。
「そんなの、あんたがまた出せばいいじゃない」
「でも、今やっちゃったし。ほら、連続で使う事は出来ないでしょ?」
「そうなの?」
「うん。前に遅刻しそうだったからぁ、“まくら”にふわぁ~んってしてもらって、駅まで乗せていってもらったんだぁ。
それでも電車に間に合わなかったから、快速の止まる次の駅まで乗せてもらおうと思って、閉じちゃったアレをもう一回出してもらおうとしたらぁ、やってくれなくてね。
出来るようになったら、やってってお願いしたの。
しばらくしてから、“まくら”は突然ふわぁ~んってしてくれて、あれって私のお願い聞いてくれたのかなぁ?」
私は、少し考えてから訊き返した。
「再発動したのって、どのくらい経ってから?」
「え~とぉ、あの授業中だったからぁ、4時間後くらい?」
(つまりゾーンを再度使用するためには、それだけ待たなければならないのか――)
私は早急に確認しておく必要があると感じた。
ひなたの話から、さらにゾーンに関して分かったことがある。
“まくら”が再度ゾーンを使用したのは、ひなたが教室に居た時の事だ。
突然の事に戸惑い急いで閉じたそうだが、周りの様子を確認した際、皆は挙動不審になったひなたを心配するだけだった。
周りの人からすれば、ひなたは突然消え、その後また現れた事になる。
しかし、誰もそう疑問に思わないという事は、消えたという認識が無いのかもしれない。
私はこの点について、ひなたと話していた。
「実は、変わらず見えていたのかなぁ?」
「それはないでしょ。さっき下には、あれほどの人が居たのよ。私達が元の空間にも居たとしたら、ビルを垂直に登って行ったのを見られていた事になる。そしたら、もっと騒ぎになっているでしょ」
おそらくだが、私達がゾーンに出入りするのを見た人は、初めから居たような、居なかったような曖昧な解釈になっているのではないか。
それは、この事態に関わった者以外には、明るみにならないための策のようにも思えた。
すると、突然ゾーンが展開されたため、ひなたは私へ言ってきた。
「あれっ? もう下りる?」
戸惑っていたのは、ひなただけではなかった。
「違う、私じゃない……」
私はそれらを目撃すると声を上げた。
「ひなた! 後ろ!」
「ふえ?」
見ると、私達から距離をおいた後方に、2体の“麻袋”が現れたのだ。