第16話 空
私達は、ひなたが“まくら”と呼ぶ羊のぬいぐるみの後について行った。
「さっきのアレ、何なのよ?」
「ん?」
今度の質問の意図を、ひなたは察せなかった。
私は自分の耳たぶをつまんで見せる。質問を理解し、ひなたは答えた。
「アレはねぇ。私を落ち着かせたり、安心させる時に、よくお母さんがやってくれたんだぁ」
「お母さん、ね……」
――ひなたのような奴は嫌いだ。
ひた向きで真っすぐに、そして愛され、やりたい事がはっきりしている人を見ると、自分が悪者にされている気分になる。
行動し、進み続ける彼女に対し、私は立ち止まったままなのだ。
その現実が、常に私の中の不安を掻き立てている。
何より、こんな風に考えてしまう自分が嫌いだった。
「ここぉ~?」
ひなたは“まくら”に確認を取る。どうやら目的の場所に着いたようだ。
そこはこの辺りのオフィス街でも、ひときわ高いビルの前だった。真下から見上げても頂上が見えないほどだ。
「このビルの中?」
ここまで来て、ひなたは目的を話してはくれなかった。
「うううん、屋上だよぉ」
そう言うとひなたはゾーンを展開し、“まくら”の背に乗った。
「ついて来て!」
すると、“まくら”はひなたを乗せたまま、どんどんビルを登って行った。
「……ったく」
私は、仕方なく“ロリポップ”に掴まった。
“ロリポップ”は、顔の大きさが体とほとんど変わらないため、私はコイツの耳を掴んで、肩車のような状態となった。
未だに正体不明なコイツらへの不信感は消えず、私はあまり触りたくはなかった。
やがて屋上に着いた。
登っている最中、私は下を見ないようにしていた。人間が生存本能から、恐怖心を覚えるには十分過ぎる高さだったからだ。
「芝生だぁ~! お手柄だよぉ~“まくら”」
このビルの屋上には一部に人工芝が敷かれていた。
ひなたは芝生に寝転がると、大きく伸びをした。
「弥兎ちゃんも寝てみてぇ、とっても気持ちいいよぉ」
そう言うと、ひなたは自分の隣の芝をポンポン叩いた。
私は仕方なく、ひなたに促されるまま、隣に寝転んだ。
「ここで寝たかったの?」
芝で寝るのか好きなのかと疑問に思った。
それを聞いて、ひなたは答えた。
「うううん、これだよ。勿体ないけど、元に戻すね。前を見ててぇ」
そう言われ、私は仰向けの状態で視線を正面に戻した。
ゾーンが閉じられると、再び世界は元の色を取り戻した。
眼前に広がるのは、青く広がる空だった。