第14話 フェルト
「そういえば、もしかして用事とかあったの?」
半ば強引に付き合わせたようで、私は今になって気になってしまったのだ。
「うん、待ち合わせしてるんだぁ」
「それなら、ここに居ていいわけ?」
「大丈夫だよぉ~、こっちに来てもらうから」
特に問題なさそうだったので、私はそれ以上言及しなかった。
料理を待つ間、暇を持て余していると、ひなたが持っていた紙袋が気に掛かった。
紙袋は何かでいっぱいなためか、大きく膨らんでいる。また紙袋の側面の凹凸が不規則な事から、中には色々な物が入っていることが推測できた。
「何それ?」
私の視線でひなたは質問の意図を察した。
「ん? これぇ? これはねぇ――じゃ~ん!」
ひなたはもったいぶってから、紙袋の中身を私に見えるように傾けた。
見ると、包装された大小様々な色の毛玉が入っている。
「それ何?」
似たような質問で返してしまった。私は未だに何の用途で使うものなのか理解できずにいたからだ。
「この近くに専門店があってねぇ。今日は色々買い足しに来たんだぁ~」
ひなたは目を輝かせながら続けた。
「これは中詰め用で、こっちは全部染色用! 評判が良かったから、このフェルティングニードルも買っちゃったんだぁ~。弥兎ちゃんもやったりするかなぁ?」
(……何を言っているんだ? いや、言いたい事は想像がつく。おそらく裁縫が趣味なのだろう)
私が怪訝な顔をしていると、ひなたは我に返ったようにハッとして、鞄に付けていた小物を見せてくる。
「ごめんねぇ~いっぱい喋って、びっくりだよね。これ、フェルトアートって言うんだよぉ」
それはフェルトで作られたキャラクターのストラップだった。よく出来ている。
私は素直に感心した。少なくとも私はこんなにも器用に作ることは出来ないだろう。
しかし、先程お礼にと紙袋をあさっていたが、何をよこす気だったのか。
ひなたは何やら専門的な言葉を用いて説明していたが、要約すると、フェルトアートとはフェルトと針を使って作れる手芸作品のようだ。
ひと通り説明しきると、ひなたは落ち着きを取り戻し、やがてぽつりと話し出した。
「私はね、いつか自分のお店を持つことが夢なんだぁ」
ひなたは少し遠い目で続ける。
「こうして生きてるんだもん、何もしないなんて良くないよねぇ」
大げさな言い回しとは思ったが、行動力がある事は良い事だ。
「今は何かしてるの?」
「うん! 今はネットで個人でも販売出来るんだよぉ。この間、初めて買ってもらえたんだぁ!」
ひなたは嬉しそうに話していた。
「ひとつ買われただけで、そんなに喜ぶこと?」
「勿論だよぉ~。この世界に私の作品を欲しいと思ってくれた人が居る、こんなにも嬉しい事はないんだぁ」
またしても大げさな言い回しとは思ったが、ひなたの熱意が私に届くには十分だった。
そうこうしていると、ようやく料理が運ばれてくる。
ひなたは未だにフェルトアートについて語っていたが、眼前にステーキが舞い降りた今、私の耳に彼女の声が届くことはなかった。
ナイフとフォークで、ステーキを一口大に切り分け、頬張る。
骨身に沁みて、涙が出そうだ。
特製ソースの旨味と、嚙み締める度に肉汁が溢れるこの肉は、絶品だった。
(分かる? おばちゃん。成長期に必要なのはこれなのよ)
私の食いっぷりを、ひなたはニコニコしながら見ていた。
「弥兎ちゃんは美味しそうに食べるね~、友達を思い出すよぉ」
「待ち合わせの人?」
「うううん、別の子ぉ。もう随分と会えていないんだぁ~、元気にしてるかなぁ?」
「ふーん」
すこぶるどうでも良いので、適当に聞き流した。今の私はステーキの虜だ。
すると、ひなたは何かに気づいたようで、声を上げた。
「あっ、来たみたぁい。おーい、こっちだよぉ~」
待ち合わせの相手が来たようだが、ひなたは店の入り口ではなく、窓から外の景色へ手を振る。
私も釣られてそちらへ目をやると、羊のぬいぐるみが通りの先からこちらへ迫って来ていた。




