第8話 男
東林 弥兎は世間的に“良い子”と呼ばれる娘ではない。私自身それは自覚していた。
ごみは道端に平気で投げ捨て、短気で気に入らない時は罵声を浴びせ、暴力も振るう。自分の言動に我慢などしたくはなかった。
若くして私を授かった母は、相手の男に認知されず一人で私を育てようとした。私を産もうとした際、両親に勘当され家はほかの家庭より裕福とは言えなかった。
だけど私に不満などなかった。
ぐずった私をあやす時、母は決まって棒付きキャンディをくれた。少し値の張るロリポップは我が家にとっては特別で、それは形作られた母の愛だった。
私の目には母も幸せに映っていた。
しかし、現状に満足していたのは私だけだったのだ。
程なくしてあの男と出会った。母は自分を受け入れてくれる存在が欲しかったのか、生活を楽にしたかったのかは分からない。
だが、今までの生活に不満があったという事実に私の心は荒んだ。
ある時期から男は母に金をせびるようになった。
当初は大手に勤めていると言ったそうだが、男の発言は全て嘘だった。男はろくに働いていなかったのだ。
それからというもの、家にいる時は金をせびるばかリで、男の要求が吞めなくなると母は夜も働き始めた。
(なぜ、このクズを追い出さない。二人の頃の方が良かったでしょ?)
どういう扱いを受けても自分を受け入れてくれる人が居ることが、母にとっては大事だったようだ。
男の要求がエスカレートするにつれ、母が渡す金額も増えていった。
こいつが家から金を奪っていくせいで、私達はいつまでも貧乏だ。
ある日あの男の本性を暴くため、私は学校をサボって男を尾行した。
すると、男が他の女とパチンコ屋へ入っていくのを目撃した。
結局、一日中楽しげに母から奪った金で遊んでいたのだ。
母にそのことを伝えたが学校に行かなかった事を叱られ、二度とするなと言われた。
今、私の目に映る母は以前とは変わってしまった。
(私は贅沢なんて望まない)
(やりたいことも我慢するし良い子にするから、あの頃の生活に戻ろうよ)
(お母さんの手を取って歩んだ日々が幸せだったから)
いつの日か必ず、あいつとの関係を断ち切ってみせる。