第7話 憑依体
「んー何か……、ヤバそうじゃないっスか!?」
動揺する女を前に、私は肩の腕を使い地面から体を押し上げ、高く跳んでみせた。
三階を超えるほどの高さまで舞い上がり、想像以上の高度に焦りを感じたが平静を装った。
両肩の腕で奴目掛けて切り掛かるように意識すると、女に届く距離まで腕は伸びた。
(伸びた?)
“ロリポップ”が近づいてくれるだろうと思ったが、予想外の動きに自分で驚く。
女は自分を襲う鉤爪を慌ててよけるが、連続で切りかかるこの斬撃は受け流しきれず、体勢を崩すと鈍い音とともに三階から地面へ倒れこんだ。
普通なら大怪我だろうが女は転んだ程度の反応である。
私は地面へ着地すると何も痛みを感じない。あれほどの高さにも拘らず互いに平気なのはこの姿のお陰なのだと理解できた。
私が一歩ずつ近づくと女は体制を立て直しながら、ナイフを投げる。こちらへ真っすぐ投げられたが先程のような勢いはなく、たやすく弾いた。
「ハム蔵さんっ!? もっといっぱい投げてほしいっス!」
女の懇願空しく、それ以上ナイフは出せなくなったようだ。
私は女の前に立ちふさがると、奴が被るぬいぐるみへ素早く何度も切り付けた。
「ひぃぃぃ~っ!!」
あの時のコイツのしたり顔を思い出すといい気味だと思った。
「うげぁっ!?」
女の背中に刃が届いた。
「あっ……!」
即座に攻撃をやめるが女の背中から線を引いたように徐々にはっきりと切り口が広がり、ゆっくりと血が滴った。
「かっ……勘弁してほしいっス!」
女は涙声で訴える。
肩の腕から生えた鉤爪を見つめる。こんなモノで切り付ければどうなるかなんて想像はつくが、危害を加えられ私は頭に血が上っていたのだ。
その隙に奴が被っているぬいぐるみは足を素早く動かし、ボロボロになりながらも女を引きずりながら逃げ去った。
「まっ……待て!」
追いかけようとしたその時、響き渡る声に足が止まった。
「(ふふ……その調子よ。生き残ったら、あなたの望みは叶えてあげる)」
少女のようなその声は、頭の中に直接語り掛けるように聞こえてきた。
「何っ……誰なの……!?」
辺りを見渡しても誰の姿も確認できず、私はしばしその場に立ち尽くす。
「望みが叶う……」
私は不意にあの頃を思い返した。玄関の戸を開け、暖かい空間へ声をかける。
(ただいまー!)
(おかえりなさい)
安心できる笑顔がそこにある。
(弥兎、早く手を洗ってらっしゃい。あなたの大好きなオムライスが待ってるから)