第109話 牙種
近づいてくる“加護の傀儡女”と向き合う花子は、早急に董華と話を進める。
「……董華、私があのチェーンソーを防ぐのは難しいだろう」
「わたくしの回転刃であれば対抗出来ますが、凌いでばかりという訳には……故に――」
「……お前が回転刃で防いでいる隙に、私がヤツに攻撃を仕掛ける」
「それでいきましょう」
二人が単純かつ簡潔に作戦を立てると、“加護の傀儡女”へ向けて走り出した。
“加護の傀儡女”が両手の指を細かく動かすと、腰から生える長い脚は関節の動きを無視した挙動をして触手のように滑らかに動き出し、二人の接近に合わせて脚の先端に備わるチェーンソーを振るった。
花子は両手を地面に着けて押し返し、反動で後方へ飛び退く。
次いで董華が前へ出て両腕に備わる獅子の盾の刃を回転させ、相手のチェーンソーを受け止めた。
“加護の傀儡女”はチェーンソーが止められると直ぐ様離し、別角度から董華を狙うが彼女はそれらの攻撃を弾く、又は受け止めることで全て防いでいた。
互いの高速回転する刃が接触し合い、激しい金属音と火花が飛び交う中、“加護の傀儡女”は傀儡子の防具の隙間から董華に鋭い眼光を飛ばす。
その間に花子は前腕移動で素早く“加護の傀儡女”の横へ回り、殴打を放つ。
「……ふっ!」
しかし、“加護の傀儡女”は殴打を躱すために反対方向へ体勢を崩し、倒れ込みながら肩と背中を地面に着けると、倒れた勢いを利用して全身を回転させ始めた。
花子は追撃しようとするも、“加護の傀儡女”は地面に背中を着けながら遠心力を利用して開いた腰の両脚を回転させるブレイクダンスのウィンドミルを行い、腰から生えた脚とその先のチェーンソーが激しく回転するせいで近づけなくなってしまう。
「……厄介だな」
「わたくしが参ります!」
董華は両腕を前方へ構えると、魔力を消費してウィンドミル中の“加護の傀儡女”へ左右の回転刃を放つ。
回転刃が勢いよく盾から射出されると、“加護の傀儡女”は腰から生えた脚を開いたまま自身の腕と頭部の防具から生えている傀儡子の腕をそれぞれ使って体を支え、脚と体を旋回させるブレイクダンスのトーマスフレアーを繰り出し二枚の回転刃をチェーンソーで弾いた。
“加護の傀儡女”は回転刃を失った董華を捉え、自身の脚と腰の脚で地面を踏み締めて宙へ跳ぶ。
空中で体を回転させながら接近してくる“加護の傀儡女”に対し、董華は獅子の盾を軽く横振りして打撃形態で迎え撃とうと身構える。
眼前に着地した“加護の傀儡女”が振るうチェーンソーを董華が盾で防ぐと、その隙に背後からは弾かれていた二枚の回転刃と花子が前腕移動で迫った。
両腕で地面を押して空中へ跳んだ花子は体を捻り、魔力を消費して右腕を肥大化させる。
「……ふん!」
董華が後方へ退避すると同時に、回転刃と肥大化殴打が“加護の傀儡女”を直撃しようとする。
だが、“加護の傀儡女”は左右の指を素早く動かすと全身をバラバラにした。
「……!?」
花子の前腕の上を複数のパーツが転がりながら攻撃を躱し、二人から距離を置いた所で再び体を組み上げると、“加護の傀儡女”は元の姿へと戻る。
着地した花子に、董華は回転刃を盾へ納めながら声を漏らす。
「ことごとく躱されてしまいますわ」
「……だが、ヤツが避けるのはこちらの攻撃が有効である証拠だ。
……まともに受けては防ぎきれないと分かっているんだろう」
「ですが、このままでは……」
「……」
花子は拳を握る。
(……砲撃打を放ちたいところだが、今のように躱されては私に隙をつくることになる。
……ヤツがそれを見逃すとも思えない。
……それよりも、ここまでの攻防でヤツがこちらの動きを把握しているのを逆手に取れば)
「……董華、お前の切断力と私の腕力を合わせるぞ」
「策がお有りなのですね。伺いますわ」
董華は花子の作戦を聞き終える――。
「……よし、一度で決めるぞ」
「承知しましたわ!」
花子が左腕も肥大化させてから前腕移動で向かっていくと、“加護の傀儡女”の周りを時計回りに移動し始めた。
董華は左右の鬣の刃を回転させながら、花子とは逆の反時計回りに周りだしたため、“加護の傀儡女”は二人の動きを警戒しながらチェーンソーを構える。
二人が“加護の傀儡女”の周りを走っていると、董華の前を花子が通過する瞬間が訪れ、“加護の傀儡女”からは二人が重なったことで董華の姿が一瞬見えなくなる。
そして、花子が通り過ぎると董華は両腕を前方へ構えた状態で立ち止まっており、即座に回転刃を放った。
「はあっ!」
“加護の傀儡女”は二枚の回転刃を防ごうとチェーンソーを振るい一枚を弾くと、もう一枚へ向けて身構えるが、二枚目の回転刃が飛んでこない。
目をギョロギョロと動かして辺りを探すも見つからず、董華の腕へ目をやるが盾に留まっている訳でもなかった。
「……!」
“加護の傀儡女”が横へ視線を向けると、花子は肥大化した腕で鬣の刃を持って円盤投げの構えをしていた。
すれ違いざまに、董華が花子へ渡していたのである。
「……ふん!」
花子が投げ飛ばした鬣の刃は、肥大化した腕の腕力が加わってレーザービームのように高音の風切り音を響かせながら一瞬で“加護の傀儡女”を直撃し、鬣の刃が突き刺さった衝撃で全身はバラバラに吹き飛んだのであった。
“四足の傀儡女”を吹き飛ばした弥兎は、真奈美の元へ駆け寄った。
「ハム子っ!」
「ウサさん、……おかげで助かったっス」
真奈美が起き上がると、二人は彼女の憑依体頭部の口元から生える刃物の牙へ目をやる。
牙は横幅がそこそこあるせいで生え際である憑依体の口元は横へ引き伸ばされ、ハム蔵の表情は何となく苦しそうに見えた。
牙には等間隔に“V”字型の線が二本入っており、全体が半透明であるため、真奈美が牙越しに見る弥兎の顔はぼやけていた。
「これ、今みたいに防御に使えば良いのでしょうか?
攻撃には使いづらいっス……」
「大きく頷くように頭を動かせば、相手に刺せるんじゃない?」
「やりづらいっスよ……」
答えながら、牙越しでは弥兎と話しづらいと真奈美が感じた途端、真下を向いていた二本の牙は一瞬で真正面へ角度を変えた。
「のおっ!?」
「危なっ!?」
弥兎がもう少し接近していれば、刺さり兼ねない。
「ちょおっ! すみません! ……ですが、これは」
牙は角度を変えることが出来た。
真下を180度として、真奈美はそこから25度の角度まで牙を上げてみる。
(おっ?)
真奈美が目をやると、牙の根本も“V”字型になっており断面も確認できた。
牙はあれ程の強度がありながら、中は空洞になっていたのだ。
(ん~……?)
真奈美がこの構造の意味に辿り着きそうになっていると、弥兎は急かすように声を掛ける。
「ハム子、とにかく今はヤツを破壊するのが先よ!」
「うっ、うっス!」
二人が話し終えたと同時に、“四足の傀儡女”は上半身を起こす。
弥兎が憑依体の腕を構えようとすると、“四足の傀儡女”は背中から生える二本の腕の先の指を激しく動かし、バラバラになっていた下半身を一瞬で組み上げ元の姿へ戻ってしまった。
「こいつ不死身か!?」
一方――夏樹はバラバラになって足元へ飛んできた“大手の傀儡女”のパーツを破壊しようとするが、地面に転がる腕が指を激しく動かすと、散乱していたパーツは一ヶ所へ引き寄せられ、一瞬で“大手の傀儡女”は元の姿へと戻る。
「マジ……」
花子と董華もまた、散乱した“加護の傀儡女”のパーツを破壊しようとするも、手のパーツが指を動かすと一瞬で本体を組み上げ、“加護の傀儡女”は復活を果たした。
「……」
“加護の傀儡女”は“大手の傀儡女”と“四足の傀儡女”の状況を確認して、二体へ目配せをする。
各傀儡女が指示を受け取ると、“四足の傀儡女”はチェーンソーを構えて弥兎と真奈美へ向かって走り出した。
「んっ!」
「ひいぃっ!?」
弥兎は飛び退き、真奈美は真横を通過しようとする“四足の傀儡女”を急激な方向転換で躱す。
その際、すれ違い様に“四足の傀儡女”の下半身側面に刃物の牙が接触して横線の切断面をつくったが、“四足の傀儡女”は構わず二人の前を駆け抜けていく。
(攻撃が通用したっス……!)
“加護の傀儡女”に花子と董華が追撃しようとすると、“加護の傀儡女”はヘッドスピンを行いながら腰の脚を大きく外側へ開いた。
チェーンソーが広範囲に高速回転し、二人は接近することが出来なくなる。
「……くっ!」
“四足の傀儡女”はヘッドスピン中の“加護の傀儡女”の上を飛び越え、背後からひなたと夏樹へチェーンソーを振るう。
「わあっ!?」
二人が回避すると“四足の傀儡女”は“大手の傀儡女”の側で止まり、“加護の傀儡女”はヘッドスピンを止めて腰の脚で直立すると、二体の傀儡女の元へ走っていく。
三体の傀儡女はコテージの入り口がある西側へ集い、夏樹とひなたの元へは他の契約者達が駆け寄った。
「……全員無事か?」
「ええ」
「うん!」
全員が傀儡女へ目をやると、三体は弥兎達を睨みつけた後――踵を返して一斉に駆け出した。
「んっ?」
そのままコテージエリアを後にして、“加護の傀儡女”と“大手の傀儡女”は道路を左に曲がり下りの管理棟方面へ、“四足の傀儡女”は右に曲がり上りの川方面へと逃走していく。
「逃げた!?」
「撤退の判断を下したようですわ」
「……それだけ追い詰めているということだ。追うぞ」
弥兎達は一斉に走り出した。
「クマ子、私とハム子で“四つ足”を追うわ!」
「……任せた。私はデュアルゾーンを展開する。
……寝込みを襲われる訳にはいかない。必ずここで倒しきる」
花子を中心に波紋のようなものが広がりデュアルゾーンが展開されると、今より17分間――展開時間が延長された。
弥兎と真奈美は道路に出て右側の川方面へ、他の者達は左側の管理棟方面へ向かって行く。
“四足の傀儡女”は既に道の先を左へ曲がり、直線道路を駆けていた。
弥兎は追い付くために、合宿一日目のレース中に通ったガードレールの先の森を指差す。
「ハム子っ!」
「うっス!」
弥兎は高く跳び上がって木々の上を移動していき、真奈美は擁壁を滑り降りると森の中を小刻みな移動で木々を躱しながら走り抜けていく。
真奈美は足を動かしながら刃物の牙の角度を限界まで上げ、今一度牙の断面の空洞へ目をやる。
(ここにフィットする物とは、もしや……)
真奈美は半信半疑のまま、両手のヒマワリの種型ナイフを刃物の牙の空洞部分へ差し込んでみる。
(おっ!?)
牙の中へナイフはぴったり嵌まり、置くまで入れて固定された感触がしたところで引き抜いた。
引き抜くのに合わせて牙は生え際の方へ引っ込み、三分の二の長さになる。
その代わりナイフの半分から上には先端が逆“V”字に尖った刃物の牙の三分の一の部分が備わり、牙が合わさったことでナイフは長さを増したのであった。
牙の表面に見えていた二本の“V”字線は連結する三本の牙の境目を表していたのである。
(通常の切り付けでは大した効果が無かったっスけど、先程……牙が接触した際には損傷を与えることが出来ました。
この刃物の牙とナイフが合わさった“牙種刀”であれば、自分の攻撃も通用する……まだまだお役に立てるっス!)
真奈美はハム蔵の前足と後ろ足で握っている各ナイフへ持ち変えると、それらも牙種刀へと変える。
それにより憑依体頭部から生える牙は無くなったが、六本のナイフは強化されたのであった。
また、真奈美は新たな牙の生成を試みたが生えることはない。
(ハム蔵さんの牙を特殊能力で生やすことは出来ないようっスね……)
真奈美が牙の性質を確認していると、上から弥兎の声が降ってくる。
「ハム子っ! そこを登れば“四つ足”に追い付くわ!」
「了解っス!」
真奈美は眼前へ迫る擁壁を駆け上がり、弥兎は木の上から“し”の字型の道路の曲線部分を走る“四足の傀儡女”の元へ飛び、空中から連続して切り付けた。
「はああーっ!」
「……」
“四足の傀儡女”は背中の両腕と左腕の手首から直線状の剣身だけの剣を伸ばし、斬擊に対抗する。
弥兎の攻撃を受け流して走り続けると、“つ”の字型の大きなカーブの先では既に真奈美が待ち構えていた。
“四足の傀儡女”は速度を上げて、真奈美へ向けてチェーンソーを振り上げる。
牙種刀を握り締め、真奈美は振るわれたチェーンソーを急激な方向転換で躱すと、相手の前足を切り付けた。
「はいっ!」
真奈美の攻撃を受けてバランスを崩した“四足の傀儡女”はガードレールを突き破り、道路下の川原へと落下していく。
後ろから追い付いた弥兎は、牙種刀が気に掛かり真奈美へ尋ねる。
「ハム子、それは?」
「ハム蔵さんの牙の力を得たナイフっスよ。
これでしたら、あの方にも有効なようです」
川原で倒れている“四足の傀儡女”を見下ろしながら、真奈美は弥兎へ頼んだ。
「ウサさん! 自分をあの方目掛けて高く投げてもらえますか?
上から切り付けます!」
「いいわ! 私は援護に回る!」
弥兎が憑依体の両腕で真奈美を掴むと、“四足の傀儡女”の頭上へ投げ飛ばした。
彼女が飛ばされている間に、弥兎は起き上がろうとする“四足の傀儡女”の元へ跳ぶ。
“四足の傀儡女”の注意が迫り来る弥兎へ向けられている隙に真奈美は六本のナイフを縦向きに構え、空中で体を丸めて縦回転を始めた。
落下に合わせて回転速度を増しながら、“四足の傀儡女”へ狙いを定める。
「牙種・短裂切りっス!」
「……!」
“四足の傀儡女”が空中から迫る真奈美に気付くと、川へ向けて駆け出す。
一瞬の間を置いて真奈美が全ての牙種刀を振り下ろすと、川原の石を弾き飛ばしながら地面には横並びの深い縦線が六本刻み込まれた。
「躱されたっス!?」
“四足の傀儡女”は踏みしめる度に水飛沫を上げながら、川の下流へ向けて逃走する。
「追うわよ! ハム子!」
「うっス!」
二人は見失わないように追走していくが、速度を上げる“四足の傀儡女”から離されていく。
「ハム子! 投げナイフで足止めを!」
「牙は生成できないので、躱される可能性がある内にこの状態のナイフを手放すのは……。
それよりも、先程のようにウサさんが吹っ飛ばせないんスか?」
「あれは踏ん張っていないと打つ準備すらできないから、追いながらは無理よ」
真奈美は解決策を模索した。
(この状況で決定打となるのを命中させるのでしたら……)
「ウサさん! 自分を独楽回しの要領で投げてください。
それでしたら当てられるかもしれません!」
「やってみるか」
一時的に川幅が狭くなり、“四足の傀儡女”が躱しづらくなった今をチャンスと捉え、弥兎は片方のスパイラル・アームを真奈美の体に巻き付ける。
前方へ大きく跳び、岩の上で両足を踏みしめると、全力で対象へ向けて投げ飛ばした。
「うおりぃやぁぁーっ!」
放す際に回転を加え、放たれた真奈美は空中で激しく横回転を起こしながら一気に“四足の傀儡女”へ接近する。
「……!」
“四足の傀儡女”が走りながら振り返ると、空中では六本の牙種刀を真横に伸ばした真奈美が迫りながら声を上げた。
「牙種・独楽切り大盤振る舞いっス!」
独楽のように高速回転する真奈美に六本の牙種刀で全身を連続して切り付けられると、四足の傀儡女”の体は激しく損傷した後バラバラとなり、急降下する流れとなった川を転がり落ちて行った。
次回へ続く。




