第107話 間幕
三体のベニアサブクロはコテージへ向かってきていた。
「こっちに来るっスよ!?」
「わたくし達で、お相手しましょう!」
「真奈美ちゃん、董華ちゃん。
らむねちゃんは向こうのコテージに居るから、あっちには近づけさせないようにして」
「承知しましたわ!」
話しているうちにウッドデッキの前まで到達した“大槌のベニアサブクロ”は、両腕の大槌を振り下ろし屋根ごとコテージを破壊する。
「ひいぃぃ~っ!」
「わあぁっ!?」
真奈美とひなたはベランダと屋根から庭へ飛び下りるも、リビングに居た董華は瓦礫の下敷きになってしまった。
「シシさんっ!?」
だが中から回転音が響くと、瓦礫を切断して董華が無傷で立ち上がる。
「心配御無用ですわ!」
董華がコテージの前で対峙する三体のベニアサブクロの後方へ目をやると、弥兎達は傀儡女と傀儡子との戦闘になっていた。
(早いところ……あちらの応援へ向かった方が良さそうですわね。
それにしても……戦闘に遭遇する度、新手に出くわしてしまいますわ)
考えていると“木こり”と“後ろ手のベニアサブクロ”は、真奈美とひなたへ触手のような長い手足を振りかざす。
二人に達する前に董華は獅子の盾の刃を回転させながら左右へ腕を広げ、魔力を消費して回転刃を射出した。
「はっ!」
「ウゴォォッ……!?」
「フルルッ……!?」
“木こりのベニアサブクロ”の右腕、“後ろ手のベニアサブクロ”の両脚を切断しながら、董華は二人へ言葉を発す。
「ひなたさん、真奈美さん! ここは早急に方を付け、弥兎さん達の加勢へまわりましょう!」
「うん!」
「うっス!」
“大槌のベニアサブクロ”が両腕の大槌を構えると、董華は射出中の回転刃の軌道を盾へ切り替える。
「ヌウゥゥ……!」
振り下ろされた大槌を躱し“大槌のベニアサブクロ”の両腕の内側へ入ると、戻ってきた回転刃が外側から“大槌のベニアサブクロ”の両腕を切断していく。
「ヌオォォォ~……!」
切断を終えて両腕が地面へ落ちると、回転刃は獅子の盾へ収まる。
董華は刃を回転させ付着していた血を掃うと、即両腕を正面へ構えた。
「はあっ!」
放たれた二枚の回転刃は、“大槌のベニアサブクロ”の上半身と下半身の間に取り込まれていた針金で覆われている丸太に接触し、切断しながら突き進んでいく。
その間に董華は引き出していた盾を軽く橫に振ると、側面を向いていた盾は獅子の面が正面を向くようになる。
盾の裏面の取っ手を握ることで、獅子の盾は打撃武器となった。
回転刃が貫通し、こちらを見下ろしていた“大槌のベニアサブクロ”の上半身が落下して地面に伏せると、董華は相手の頭部を獅子の盾で連続して殴り付ける。
「はっ! やぁっ! はあっ!」
殴る度に表面に備わる獅子の牙が肉を抉り、相手の頭部を損傷させていった。
顔がぐちゃぐちゃになりながらも“大槌のベニアサブクロ”は無理やり起き上がったが、貫通後空中へ飛んで行った二枚の回転刃は、大きな曲線を描きながら再び“大槌のベニアサブクロ”に向かって行き、背中から体内に張り巡らされた針金を切断しながら肉体を割いていく。
「ヌウゥゥ~……!」
董華は切断中の回転刃の軌道を再び盾へ切り替えると、“大槌のベニアサブクロ”の体を切り裂いて貫通した二枚の回転刃は盾へと収まる。
「ヌウゥゥ~……」
弱々しい声を最後に動かなくなった“大槌のベニアサブクロ”からは魔力が湧き出し、董華へ吸収された。
その間に両サイドでは、ひなたが“後ろ手のベニアサブクロ”を、真奈美が“木こりのベニアサブクロ”を倒し、魔力を回収する。
「お見事ですわ!」
「董華ちゃんも!」
二人が互いを称えている合間、真奈美は自分の両手を見つめた。
「……」
「真奈美さん、どうかされましたの?」
「いえ……その、今……魔力を吸収して前より漲ると言いますか、何かが変わったような気がするんスよ……」
「もしや、“憑依回数や一定の魔力を得ることで憑依体が強化される”というのが起きたのでないでしょうか?」
「そうなんスかねぇ……?
しかし、具体的に何がどう変わったのか……」
「きっと、その内分かるよぉ」
「今は弥兎さん達への加勢を優先いたしましょう」
「そっ、そうスね!」
三人は、急ぎ弥兎達の元へ向かっていった――。
完全に元通りとなった傀儡子を前に、弥兎は思わず声を上げた。
「復活した!?」
カラカラと音を立てながら、傀儡子らは即座に攻撃に転じる。
「……来るぞ!」
迫ってきた傀儡子らに弥兎は斬撃、花子は殴打、夏樹は突きで応戦すると、各傀儡子の体のパーツは外れ地面に散乱した。
「……」
だが、傀儡女が素早く指を動かすと、パーツは再び傀儡子の各部位に組み上がり元通りとなる。
攻撃直後で回避行動が間に合わない三人目掛け、傀儡子らの攻撃は続行され斬り掛かってきた。
「くっ……!」
傀儡子の攻撃が達する直前、弥兎達の背後からはヒマワリの種型ナイフが“胴長の傀儡子”を直撃して怯ませ、回転刃が“脚長の傀儡子”へ射出されると“デコの傀儡女”は傀儡子を故意に分解して自身も回避する。
“手長の傀儡子”には綿が波のように押し寄せ、体勢を崩させた。
「っ!?」
振り返る三人の元へ董華、真奈美、ひなたが駆けつける。
「お待たせしましたわ!」
「こっちは片付いたっス!」
「らむねちゃんは離れた所に居るから心配しないでね」
「みんなっ!」
董華は木々を切断しながら森へ飛んで行った二枚の回転刃の軌道を盾へ切り替え、背後から傀儡女への不意打ちを狙う。
「……」
しかし、“デコの傀儡女”は“脚長の傀儡子”を組み上げ――背に乗ると、回転刃が迫ったと同時に傀儡子でバク宙を行い避けられてしまう。
回転刃が董華の盾へ収まると、“脚長の傀儡子”から降りた“デコの傀儡女”はじっと董華を睨んできた。
「手強そうですわ……」
皆も対峙する傀儡女と傀儡子を見やる。
「……よし、全員でヤツらを倒すぞ」
「だけどあの坊主頭、倒しても復活しちゃうわよ……?」
「……そう出来ないようにするまでだ。
……体のパーツを再構築不能なまでに破壊する。
……私と夏樹、董華で傀儡子をヤる。残りの者は傀儡女の相手をしてくれ。
……倒そうと無茶はするな、傀儡子の操作を妨害してくれればいい」
「よし! それでいきま――」
弥兎が話している途中で、傀儡女らは一斉にトレンチコートの前を開けた。
「!?」
露わになった傀儡女の体は傀儡子と同じく、全裸の球体関節人形であった。
突然の行動に戸惑っていると、傀儡子を操作しながら今度は三体の傀儡女も弥兎達の元へ突っ込んでくる。
「なっ!?」
「お下がりください!」
董華は一人前へ出て回転刃を放つが、“脚長の傀儡子”は高く跳び上がり、“デコの傀儡女”はスライディングをして躱しながら接近してきた。
“脚長の傀儡子”は地面を凹ませる“かかと落とし”を繰り出し、弥兎、真奈美、花子が回避すると、滑り込んできた“デコの傀儡女”が董華の前で跳び上がり両脚の太股で彼女の顔を挟んだ。
(はっ……!)
相手の狙いに気付き、董華は咄嗟に“デコの傀儡女”の太股を両手で抑え、そのまま一緒に真横へ倒れ込む。
森へ飛んで行った回転刃は“脚長の傀儡子”を対象にしていたため、董華は軌道を盾へ戻すことで再度“デコの傀儡女”を狙う。
だが自身へ向かってくる回転刃に気付いた“デコの傀儡女”は、董華から離れ“脚長の傀儡子”の背に乗り回避しようとしていた。
花子は二体目掛けて殴打を放とうとするが間に合わず、“脚長の傀儡子”の脚力を活かして二体は高く飛び上がってしまう。
二体を目で追いながら、董華は先程のことを思い出すと冷や汗が流れた。
(首を折られるとこでしたわ……)
回転刃が盾へ戻ったところで、董華の特殊能力の効果時間が終了した。
一方――“脚長の傀儡子”の“かかと落とし”を回避直後、真奈美には“胴長の傀儡子”、 弥兎には“切り揃えの傀儡女”が襲い掛かる。
真奈美は“胴長の傀儡子”の手首と足先から出ている剣の斬撃をナイフで受け流しながら本体を切り付けるが、傷がつく程度であった。
(硬いっス!?)
弥兎はスパイラル・アームを構え、“切り揃えの傀儡女”を迎え撃つ。
「アンタは耐えられるかしら!」
一撃で仕留めようと力を込めて振りかぶるが攻撃を見切られ、“切り揃えの傀儡女”は弥兎の懐に入り、目の前で跳んでから空中で二発の蹴りを食らわす。
「だっ!? あがっ!」
着地後、“切り揃えの傀儡女”が即座に行った回し蹴りが弥兎の腹部を直撃し、後方へ吹き飛ばされる。
「ぐああ~っ!」
飛ばされながらも弥兎は左右の憑依体の鉤爪を地面へ突き刺し、腕が伸びきったところで体が空中で止まると、“切り揃えの傀儡女”を捉えた。
「お返しだっ!」
スリングショットの要領で自分の体を飛ばし、今度は弥兎が蹴りを咬ます。
「……」
“切り揃えの傀儡女”は咄嗟に両腕で防御するも、攻撃が命中すると大きく後退させられた。
弥兎は鉤爪を地面から引き抜き、再度スパイラル・アームを構える。
(やっぱりスピードこそ私の専売特許!)
「はああっ!」
弥兎が連続して斬撃を放つと、“切り揃えの傀儡女”は“胴長の傀儡子”を操り盾とした。
“胴長の傀儡子”が攻撃を受けてバラバラになっていく中、“切り揃えの傀儡女”はさらに後方へ退避すると、すぐさま自分の近くで傀儡子を組み上げる。
真奈美は相手から目を離さないようにしながら、弥兎を気遣った。
「ウサさん、大丈夫っスか!?」
「ええ、だけど……やっぱりアイツを仕留めないと切りがないわね……」
他の傀儡女同様“七三の傀儡女”も傀儡と共に接近して憑依体を狙う。
襲い来る“手長の傀儡子”にひなたは生成した綿から針を出して応戦するが、針は傷を付けるだけで刺すことは叶わず動きを止められずにいた。
夏樹は接近してきた“七三の傀儡女”を前に、片手で盾を構えたままもう片方の手で突きを繰り出す。
「はぁっ!」
だが“七三の傀儡女”は攻撃を躱し、突き出された盾にしがみつくと、そのまま腕を伸ばして夏樹の首を掴んできた。
(ヤバっ!?)
夏樹はすぐさま球体形態になると、相手の腕を挟んだまま転がる。
“七三の傀儡女”は体を地面に打ち付けると腕を引き抜き、しがみついたまま球体へ向けて殴る蹴るを繰り返したが、夏樹の憑依体の装甲はびくともしない。
止むを得ず球体から飛び退いた“七三の傀儡女”は“手長の傀儡子”を操り、一度後退し距離を取った。
飛び上がっていた“デコの傀儡女”と“脚長の傀儡子”も森の前へ着地すると、三体の傀儡女は再び横並びとなる。
改めて腕を前方へ伸ばし、傀儡女らは声を揃えてぽつりと呟いた。
「カンマク……」
「?」
同時に指を激しく動かすと、傀儡女と傀儡子の体はバラバラになっていく。
「何をする気……」
“胴長の傀儡子”の頭部と両腕は外れ、両足を地面に着けたまま脚の付け根から体を90度前に倒す。
その状態で肩から鎖骨周りのパーツが地面と平行になるように開き、そのパーツの上部に当たる首周りに“切り揃えの傀儡女”の上半身が、裏側の下部に下半身が合わさり“胴長の傀儡子”の胴体と繋がった。
また、“切り揃えの傀儡女”の背中に“胴長の傀儡子”の両腕が前方へ向けて“く”の字型に垂れ下がるように備わり、指の先から先端が途中で見えなくなっていく糸が伸びる。
さらに“胴長の傀儡子”の首パーツが“切り揃えの傀儡女”の右手にはまると、その先に“胴長の傀儡子”の頭部の頭頂部側が固定され、頭部の首があった接続穴からは幅のある長方形のパーツが三つ横並びで飛び出した。
その全体像は人の上半身と四つ足の下半身を持つケンタウロスのような姿となり、“切り揃えの傀儡女”と“胴長の傀儡子”は“四足の傀儡女”となった――。
“脚長の傀儡子”は腰を境に体が上下に分割され、上半身は首から下が頭部と繋がったまま縦に真っ二つになり、頭部の下にある首の接続穴からは幅のある長方形のパーツが二つ宙へ放たれる。
そして、“デコの傀儡女”を上から包むように“脚長の傀儡子”の上半身が覆い被さると、“デコの傀儡女”の上半身に左右へ分かれていた上半身が鎧を身にまとうように固定された。
さらに“脚長の傀儡子”の下半身も股を境に左右に分かれ、“デコの傀儡女”の左右の腰に備わると、“脚長の傀儡子”の両脚の足先に放たれていた長方形のパーツが装着される。
“デコの傀儡女”は“脚長の傀儡子”を自身を守る装甲として装備し、腰には前方へ伸ばした二本の太く長い脚を備えている“加護の傀儡女”となった――。
“手長の傀儡子”の全身がバラバラになり頭部パーツの中から幅のある長方形のパーツが一つ宙へ放たれる中、“七三の傀儡女”の両腕が外れる。
左右の外れたところへ肩パーツとして、右肩に“手長の傀儡子”の下半身、左肩に上半身がはまる。
その両肩に“手長の傀儡子”の両脚が腕として接続し、右腕先端には長方形のパーツが備わった。
さらに右肩上部に“七三の傀儡女”の右腕が繋がると、その指先からは先端が途中で見えなくなっていく糸が伸びる。
左腕には“手長の傀儡子”の上腕と上腕が繋がった腕が二本と、上腕と前腕が繋がった腕が二本、そして“七三の傀儡女”の左腕が一本、計五本が“手長の傀儡子”の頭部パーツに接続されて巨大な手を形作る。
それが左腕の先端に備わると、“七三の傀儡女”は強靭な肩と両腕、さらに巨大な左手を持つ“大手の傀儡女”となる――。
最後にトレンチコートを“四足の傀儡女”は馬のような胴体にまとい、“加護の傀儡女”は肩にマントのように、“大手の傀儡女”は腰回りに腰布のように身に着けた。
姿を変えた三体の傀儡女を前に、董華は声を漏らす。
「がっ、合体してしまいましたわ……」
「このパターンは経験済みよ! 的が絞りやすくなって却って好都合だわ!
所詮、剣しか出せないんだから臆することはない!」
弥兎が威勢よく声を上げていると、三体の傀儡女に備わる幅のある長方形のパーツからは巨大なチェーンソーの刃が飛び出す。
「それは聞いてないっ……!」
“四足の傀儡女”は右腕の頭部の先から横並びの三台、“加護の傀儡女”は腰から伸びる二本の脚の先に一台ずつ、“大手の傀儡女”は右腕の先に一台のチェーンソーが備わる。
エンジンが掛かる初爆音がしアイドリング状態になると、傀儡女らのチェーンソーは六名の憑依体へ牙を剥こうとしていた。
次回へ続く。




