第106話 序幕
ひなたとらむねはコテージから離れた裏手に着地し、さらにそこから距離を取って別のコテージの前まで来ていた。
「ここまで来れば大丈夫かなぁ」
「ありがとうございます、小日辻さん」
二人が自分達のコテージへ目をやると、屋根から裏手に落下していた“とぐろのベニアサブクロ”が起き上がり、ひなたとらむねに狙いを定めている。
「らむねちゃんはここに居て」
「気を付けてください」
らむねに近づけさせないために、ひなたは“とぐろのベニアサブクロ”へ向かっていった。
“とぐろのベニアサブクロ”の長い体は、流れるように素早くこちらへ迫ってくる。
「え~いっ!」
ひなたは勢いをつけて両腕を正面へ向けると、流れ出るように連なる大量の綿を直線状に生成した。
“とぐろのベニアサブクロ”は正面から押し寄せる入道雲のような綿に全身を包まれる。
「やぁ~っ!」
ひなたは生成した綿を腕から放してから両腕を振り上げると、“とぐろのベニアサブクロ”を包む綿からは内側へ向けて大量の針が突き出した。
体の一部を突き刺すも、土管で覆われた部位には貫通せず“とぐろのベニアサブクロ”は速度を落とさずに向かってくる。
「んっ……! やあっ!」
ひなたは続けて振り上げていた腕を勢い良く下ろすと突き出していた内側の針は引っ込み、外側の地面に接している部分へ大量に突き出す。
無数の針が地面に突き刺さり、“とぐろのベニアサブクロ”の動きを止めた。
(やった……!)
小さくガッツポーズを取るらむねを背に、ひなたは右腕を真上へ掲げ、腕の先に綿の柱を作り出す。
「んん~……!」
綿柱の先に無数の針を出すと、束にして先端を合わせることで、1本の巨大な針に見立てた。
全身を覆う綿から逃れようと踠く“とぐろのベニアサブクロ”の頭部目掛けて、ひなたは右腕を振り下ろす。
「やぁ~っ!」
しなりながら振り下ろされた巨大な針が、“とぐろのベニアサブクロ”の脳天を貫いた。
「ゲビィッ……!」
伸ばした右腕の針を突き刺したまま、ひなたは左腕から綿を真横に伸ばし、先端には同様に巨大な針を生やす。
「え~いっ!」
しならせながら左腕を横振りし、巨大な針は“とぐろのベニアサブクロ”の首元に突き刺さった。
「ゲベェェッ……!」
最後の攻撃の衝撃で首が飛び、“とぐろのベニアサブクロ”から魔力が湧き出すとひなたに吸収された。
(小日辻さん……、意外と容赦ないんだなぁ……)
戦闘の様子を見届けていたらむねの元にひなたが戻ってくる。
「らむねちゃん、大丈夫ぅ?」
「私は平気なので、小日辻さんはみんなの所に行ってあげてください。
きっと小日辻さんの力が必要になると思うので」
「うっ、うん。それじゃあ、気を付けてね」
心配しながらも戦闘の終結を優先し、ひなたは足元に綿を積み重ねて飛行機雲のように飛んで行った。
ひなたがコテージの屋根に着地して状況を確認すると、思わず声が漏れる。
「ふえ!? なぁに……!?」
弥兎達の前方で倒れている三体のベニアサブクロの後方には、三体のトレンチコートの女が立っていたのだ。
ベニアサブクロを起き上がらせながら中央に居る傀儡女は、庭とコテージに三名ずつ居る憑依体に目をやる。
横並びで居る二体へ目配せすると、左右の傀儡女は指示を把握した。
三体の傀儡女は指を動かし、ベニアサブクロを弥兎達へ向かわせる。
「ウゴオォォッ!」
「くるわよっ!」
弥兎達が迫り来るベニアサブクロに攻撃を放つと三体はそれを躱し、三人の横を抜けて後方に居る董華達の方へ走り続ける。
「無視っ!?」
「シシ子達なら対処出来るわ! それよりも――」
「……今の内に傀儡女を倒すぞ。ヤツらの操作が及ばなければ、針金化も倒しやすくなるはずだ」
弥兎、花子、夏樹は攻撃の構えのまま傀儡女へ向かっていく。
近づいていくと傀儡女の特徴がより明らかとなり、指先から張った状態で出ている糸は途中で先が見えなくなっていた。
瞳は白目に当たる結膜が黒く、黒目に当たる角膜が白い。
瞳孔はベニアサブクロと同様、点のように小さかった。
そんな瞳は常に上向きで、無表情なのも相俟って虚ろに見える。
弥兎が右側に立つ前髪を切り揃えている傀儡女へ、花子が中央のデコ出しの傀儡女、夏樹が左側の七三分けの傀儡女に接近すると、傀儡女らは手を開き指先から張った状態で伸びていた糸が消失する。
すると、背後ではベニアサブクロらが我に返り、コテージに居る董華達が目に入ると透かさず襲い掛かっていく。
直後、三体の傀儡女は声を揃えてぽつりと呟く。
「ジョマク……」
「?」
その言葉と共に傀儡女らは各々腕を真横に動かし指先から新たな糸を張ると、横から何かを引っ張り出すように再び腕を正面へ戻す。
その動きに合わせて、森の中からは新たなキラードールが飛び出した。
「んっ!?」
「……何っ!?」
「えっ!?」
予想外の事態に弥兎達は攻撃を中止し、後方へ下がって距離を取る。
飛び出してきた三体のキラードールが傀儡女の前に着地すると、弥兎達の前に立ち塞がった。
それらは傀儡女よりも顔が幼く、背丈は一回り大きい球体関節人形だった。
目の上下には同じく縦線があり、眠っているように瞳を閉じている。
細身の成人女性の胴体に対し、髪の毛のない素体の頭部は被り物のように異様に大きく、アンバランスさが不気味さを際立たせていた。
体を動かす度にカラカラと音を立てるソレらを前に、弥兎達は声を漏らす。
「そう……それがアンタらのお人形って訳ね」
「こっちは顔が子供っぽくない……?」
「……呼称するなら、”傀儡子”と言ったところか」
そんな三体の傀儡子は、各々――部分的に造形が異なっていた。
“デコの傀儡女”が操る傀儡子は、脚だけが異様に太く長い。
伸ばせば脚だけで傀儡女と同じ高さになる程だ。
“切り揃えの傀儡女”が操る傀儡子は、傀儡女の背丈と変わらない程の大きさがある胴体である。
“七三の傀儡女”が操る傀儡子は、上腕が三本連なった先に前腕が付いているため、肘が三か所ある異様に長い腕を持っていた。
傀儡子らには空中から数本の糸が垂れており、“胴長の傀儡子”と“手長の傀儡子”は吊るされた状態で足先を垂らし、地面から僅かに浮いている。
“脚長の傀儡子”は股を開いて腰を落とし、脚を曲げた状態で立っていた。
傀儡女らが指を動かすと、三体の傀儡子はカラカラと音を立てながら素早い動きで襲い掛かり、弥兎達はこれを迎え撃つ。
「はあっ!」
向かってくる“胴長の傀儡子”へ弥兎は素早く斬撃を放った。
鉤爪で連続して切り付けるが、“胴長の傀儡子”は体が揺さぶられるだけで構わず接近してくる。
(効いてない……!?)
動揺していると、“胴長の傀儡子”の手首と足先からは直線状の剣身だけの剣が飛び出し、体を左右に振る勢いを利用して手足の剣で斬り掛かってきた。
「くっ……!」
攻撃を躱しながら弥兎は隙をついて斬撃を繰り出すも、多少の切り傷が出来るだけで大した効果はなかった。
(普通の攻撃じゃ駄目か……。なら――)
弥兎は後方へ退避して大きく距離を取る。
「――この夏の成果を見せてやるわ! ふんっ!」
言い放つと、弥兎は魔力を消費して憑依体の右腕を真上に高く伸ばす。
“胴長の傀儡子”が近づこうとした時、憑依体の腕を横回転させ頭上でプロペラのように回した。
先端に三本の鉤爪がある腕が高速で回転しているため、“切り揃えの傀儡女”も安易に接近させることが出来なかった。
だが、弥兎の行動は牽制が目的ではない。
「ふっ!」
頭上の回転の幅を徐々に狭め、最後は真上で柱のように腕を伸ばしきると憑依体の腕は一気に何重にも捻れた。
腕を下ろす際、仕上げに自身の力でギチギチと音を立てながらきつく締めると、肩の付け根から鉤爪がある先端までが捻れている右腕となったのだ。
接近可能となった隙を見逃さず、“切り揃えの傀儡女”は指先を動かす。
“胴長の傀儡子”が体を大きく振りながら手足で斬り掛かろうとした時、弥兎は捻れた憑依体の右腕で思いきり切り付けた。
「おらっ!」
斬撃が直撃すると、“胴長の傀儡子”の右側の手足はバラバラになり、パーツが地面に散乱する。
「……」
自分の傀儡の損傷により、“切り揃えの傀儡女”が“胴長の傀儡子”を後退させた隙に、弥兎は左腕にも同様の動作を手早く行うことで、左腕も捻れた状態となった。
力を込める度にギチギチと音を立てる両腕を構えると、地面を蹴り上げ急接近して“胴長の傀儡子”へ無数の素早い斬撃を放つ。
「はああ~っ!」
連続して切り付けられ、カラカラと音を立てながら“胴長の傀儡子”の全身はバラバラになった。
「……」
腕を前方へ上げたまま立ち尽くしている“切り揃えの傀儡女”に、弥兎は得意げな顔を向ける。
(見たか! これが――この夏の私の学び。
憑依体の腕を螺旋状に巻くことで柔軟性を維持しつつ、遥かに強度を増すことが出来る。
さらにきつく締め上げているこの腕は張り詰めた筋肉のように硬く、常に力んでいる状態。
そのため、従来よりも高い威力を持った斬撃を繰り出せる。
攻撃力と耐久力を向上させたこれぞ……強敵に対抗するために新たに編み出した――“スパイラル・アーム”だっ!)
時同じく――花子が相手の出方を窺っていると、“脚長の傀儡子”は一気に脚を伸ばして彼女の真上へ跳んだ。
手足の先から剣身だけの剣を出し、上空で一回転してから“かかと落とし”を繰り出す。
「……っ!」
花子が後方へ避けると“脚長の傀儡子”の足が振り下ろされ、土を巻き上げながら地面に穴を空ける。
花子が攻撃の構えを見せると、“脚長の傀儡子”は透かさず前転する勢いで前へ跳び頭を地面に着ける。
脚を真横に伸ばし、そのままブレイクダンスのヘッドスピンを行ってきた。
足先の剣は花子にまで達し、腕を曲げて防御するも憑依体の腕は傷付いていく。
花子は一度後退してから前腕移動に切り替え、“脚長の傀儡子”に接近したところで地面を強く押し上げ、今度は花子が真上へ跳んだ。
(……回収を考えれば砲撃打は安易に撃てないが、唯一気にせず放てるのが……下だ!)
「……ふっ!」
花子が空中から真下へ向けて砲撃打を放つと、憑依体の両腕が外れヘッドスピン中の“脚長の傀儡子”に直撃し、全身のパーツが四方に飛び散りバラバラになった。
「……」
着地と同時に左右に憑依体の腕をはめて正面を見やると、“デコの傀儡女”と目が合った――。
“手長の傀儡子”は足早に前進しながら、手首から剣身を伸ばす。
長い腕を利用し、弥兎のように中距離を保ったまま夏樹に斬り掛かってきた。
夏樹は腕を“L”字に曲げて盾を構え、相手の攻撃に合わせて防いでいく。
(長いのは“めんどい”けど、近づけばいけるっしょ!)
夏樹に防がれつつ接近されると、“手長の傀儡子”の手首から出ている剣は近距離の相手には当てづらくなってしまった。
「ここだしぃ~っ!」
左手で盾を構えたまま右腕先端の杭で突こうとすると、“手長の傀儡子”は右腕で自身を庇う仕草を取る。
すると、両腕にある三か所の肘からも剣が飛び出した。
「ちょっ!?」
夏樹は直ぐに右腕でも盾を構えると、“手長の傀儡子”は薙ぎ払う動作を行う。
片腕を真横に大きく動かし、肩側から手首にある順で剣が盾を斬り付ける。
続けて左腕を真上へ掲げてから振り下ろし、四本の剣が盾を直撃した。
「もお~!」
夏樹は球体形態になり、後方へ転がって距離を取ってから通常形態へ戻る。
(あーしの憑依体は、ガードとアタックのテンポが大事!
防いで攻撃! 防いで攻撃! この畳掛けが決まれば、相手の子は自分の攻撃が通らないままパニクって終わり!)
「お~しっ! かますしぃ~!」
夏樹は“手長の傀儡子”へ向けて走り出した。
“手長の傀儡子”が正面へ剣を振るうと、夏樹は横へ水泳の飛び込みのように跳ぶ。
そのまま球体になって転がり後ろを取ると、通常形態へ戻り攻撃を繰り出す。
「突いて!」
攻撃を食らいながらも“手長の傀儡子”は薙ぎ払いを行うが、再び球体化した夏樹には効かず、転がって後ろを取ると直ぐに攻撃に移る。
「突いてっ! からの――」
“手長の傀儡子”が振り返ったと同時に球体化し懐へ転がると、真上に跳びながら変形を解除し、胴体へ向けて突き上げをお見舞いした。
「――どっせぇぇ~いっ!」
「……」
目の前で“手長の傀儡子”がバラバラになるも、“七三の傀儡女”は腕を下ろさないでいる。
弥兎達は互いに傀儡子の撃破を確認し合い無言で頷くと、気を抜かずに傀儡女らに身構えた。
「……一気に倒すぞ」
「ええ!」
「もち!」
三人が踏み出そうとした時、三体の傀儡女は指を激しく動かす。
次の瞬間、視界の隅で何かが動いているのが分かった。
「?」
その正体を確かめようと視線を動かすと、地面に散乱していたパーツはカラカラと音を立てながら組み上がり、三体の傀儡子が一瞬にして復活したのである。
次回へ続く。




