第105話 傀儡女
弥兎達が前進しようとした時、“大槌のアサブクロ”は腕を振り上げた。
「ゲビィィッ……!?」
「!?」
振り下ろされた大槌が直撃し、“とぐろのアサブクロ”は悲痛な声を上げながら地面に押し潰される。
「何だ……!?」
次いで“木こりのアサブクロ”が“二股のアサブクロ”を、“後ろ手のアサブクロ”が“腰折れのアサブクロ”を攻撃していく。
「ケヘッ……!? ゲへェッ……!?」
「ゼゼェッ……!? ゼヒィッ……!?」
「コっ……コイツら……!」
攻撃されたアサブクロがぐったりすると、攻撃を行ったアサブクロらは自らを傷付け始める。
「……針金化を促している」
花子が呟いた直後、六体のアサブクロの体内では蛇のように細長いモノが無数に蠢き、体外へ向けて針金が飛び出した。
「くっ……!」
時既に遅く、アサブクロらの変異が始まる。
“木こりのアサブクロ”の右腕は肘を境に千切れ、上腕と前腕の間を太い針金が繋ぐようにして伸びた。
左腕の先からも針金が伸び、薪割り台の側に転がっていた斧に絡み付く。
“木こりのベニアサブクロ”は先端に斧が刺さった右腕を触手のように動かしながら、左腕の針金で取り込んだ斧を威嚇するように地面へ何度も振り下ろしていた。
“腰折れのアサブクロ”の腕と脚は付け根から千切れ、その間を太い針金が繋ぎ“逆Vの字”の形で手足が長くなる。
足先から生えた針金が両手に備わる鍬の細長い持ち手に絡みついてからへし折り、両足の先端に固定していく。
這いつくばる姿勢で両手にある鍬の先端を鉤爪のように地面に押し付け、両足では持ち手の棒状の部分で地面を突き、“腰折れのベニアサブクロ”は威嚇する獣のような姿となった。
“とぐろのアサブクロ”は捻っていた体をほどくと胴体は蛇のように細長くなり、茂みの側に放置されていた複数の短い土管の中を潜っていき針金で固定することで、体に装着していく。
全身を有刺鉄線と針金が覆い、頭部の先からは触覚のような二本の長い針金が生え、“とぐろのベニアサブクロ”はムカデとも蛇ともとれる姿となる。
“後ろ手のアサブクロ”は腕の拘束が解け、腕から伸びた複数の針金が薪割り台近くの丸い輪っかのついた細長い杭を取り込む。
後ろ手に垂らした両腕の先に固定された数本の細長い杭で直立し、下半身は正面へ向けて両脚を上げる姿勢を取る。
大腿部と下腿部の間は千切れ、それらを繋ぐように太い針金が伸びると、“後ろ手のベニアサブクロ”は脚を触手のようにして構えた。
“大槌のアサブクロ”は上半身と下半身が千切れ、その間からはひときわ太い針金が伸びる。
その針金の一部が雑草と茂みの境で横たわっていた長い丸太の中心に絡み付くと二つに切断し、丸太の片方を上半身と下半身の間に取り込むことでより見掛けは巨大になった。
もう片方の丸太は左腕の先から伸びた針金が横向きに固定することでハンマーのようになり、“大槌のベニアサブクロ”の両手に大槌が備わる。
“二股のアサブクロ”の下半身は股を境に半分に別れ、断面からはそれらを繋ぐように生えた針金が一つになり一本の脚となる。
仰け反っていたそれぞれの上半身は体を起こし、二人三脚のような姿となった。
“二股のベニアサブクロ”の全身からは何かを取り込もうと、外側へ向けて複数の針金が伸びている。
出血により全てのアサブクロが身に着ける麻袋が紅の血に染まり、顔を覆う麻袋の破れた部分からは瞳孔の開いた血走った瞳や食いしばっている口元が露出し、六体のアサブクロはベニアサブクロとなった――。
(こうなると油断ならないわ……!)
弥兎達の緊張は高まる。
「……董華、連中が密集している内に回転刃を放て。
……お前が倒してしまっても構わない」
「承知しましたわ!」
花子の指示を受け、董華が両腕を軽く振ると前腕側面に位置していた獅子の盾はスライドし、彼女の手よりも先の位置まで引き出される。
両腕を前方へ向けて構えると、“とぐろのベニアサブクロ”が董華目掛けて突っ込んできた。
長い体が虹のようなアーチを描いて迫る中、董華は盾の刃を高速回転させて迎え撃とうとしたが、“とぐろのベニアサブクロ”は体をくねらせ後ろに居るひなたとらむねに襲い掛かる。
「わっ!?」
ひなたは綿で覆われた振り袖のような両腕に刺さっている針を引っ込めてかららむねを抱きしめると、地面に触れている綿の先から綿を生成する。
足元には一気に大量の綿が入道雲のように積もっていき、二人を屋根の上まで持ち上げて回避した。
ひなたとらむねが屋根の上に着地している真下では、“とぐろのベニアサブクロ”がダイニングキッチンにあるガラス製の大きなスライドドアを突き破り、屋内へ侵入していく。
階段を上り、ドアを突き破って二階の広いベランダから屋根の上へ上がると、ひなたとらむねの前へ立ち塞がった。
(ひなた……! らむね……!)
弥兎はその場で屋根より高く跳び上がり、“とぐろのベニアサブクロ”に素早い斬撃を連続して食らわせる。
「ゲビビィッ……!」
弥兎の攻撃を受け、“とぐろのベニアサブクロ”は屋根からコテージの反対側へ転げ落ちた。
「ひなた、らむねを安全なところに!」
「うん! らむねちゃん! 掴まっててね!」
「はい!」
今度はらむねがひなたに抱き着くと、ひなたは再度足元に綿を出し入道雲のように連なった綿を生成する。
屋根から斜めに飛び、飛行機雲のように軌道を空中に残しながら、二人は屋根から退避してコテージから離れた所へ着地した。
「ウゴオオォォォッ!」
弥兎達と対峙しているベニアサブクロらは、雄叫びを上げて走り出す。
屋根から地面へ着地した弥兎は、ベニアサブクロらに身構えながら声を上げる。
「いくわよ!」
「……ああ」
「おーしっ!」
弥兎達もまた交戦するため走り出した。
“二股のベニアサブクロ”は二人三脚とは思えない程、素早い動きで夏樹に――。
“大槌のベニアサブクロ”は両手の大槌を振り上げて花子に――。
“木こりのベニアサブクロ”は長い右腕を鞭のように振り上げて弥兎へ迫る。
弥兎と花子が攻撃を回避すると、“腰折れのベニアサブクロ”は素早く地面を這いながら二人の間を抜ける。
また“二股のベニアサブクロ”は、防御の体勢で居た夏樹の盾を足場に彼女を飛び越えた。
「えっ!?」
二体のベニアサブクロは、そのまま後方に居る董華へ向けて突き進んでいく。
「シシ子っ!?」
「こちらはお任せください!」
董華は右腕を軽く振って獅子の盾を前腕側面の位置へ戻すと、飛び掛かってきた“腰折れのベニアサブクロ”を獅子の顔がある面で殴りつける。
「ゼゼッ……!」
“腰折れのベニアサブクロ”は、彼女の足元でひっくり返った状態で転倒した。
続けて飛び掛かってきた“二股のベニアサブクロ”の針金の足へ向けて、董華は刃が回転中の獅子の盾を大きく振り下ろした。
「はぁっ!」
「ヘケケッ……!」
二体を繋ぐ針金の脚が縦に切断され、“二股のベニアサブクロ”は飛び掛かった勢いのままリビングにあるガラス製の大きなスライドドアを突き破った。
再度右腕を軽く振り、獅子の盾を引き出しながら刃を高速回転させると、両腕を転倒している“腰折れのベニアサブクロ”へ押し当てる。
「ゼゼアァァブルベボボォォッ……!」
汚い断末魔を上げながら肉片が飛び散ると、動かなくなった“腰折れのベニアサブクロ”からは魔力が湧き出し、董華へ吸収された。
「流石に……はしたなかったですわ」
リビングに倒れている“二股のベニアサブクロ”を指しながら、董華は告げる。
「真奈美さん、今のうちにそちらの方から魔力回収を」
「うっ、うっス」
(あっちは心配なさそうね……)
後方の様子を確認した後、弥兎は正面の敵に意識を集中し直す。
“後ろ手のベニアサブクロ”は複数の細長い杭をカサカサと動かしながら夏樹の方へ向かい、二本の脚を触手のように振り回して攻撃を仕掛ける。
弥兎らは相手の攻撃を防ぎ――弾き返しながら本体への攻撃を狙うが、三体のベニアサブクロは常に一定の距離を保ち、こちらが攻めの構えを見せると防御の体勢に切り替えていた。
「やけに警戒心が強いわね」
「ほんと、アサブクロっぽくないしぃ!」
攻防が続く中、“木こりのベニアサブクロ”は長い右腕を高く上げ、掲げられた斧の刃がきらりと光る。
弥兎が斧の先端へ目をやると、その背後では高い木々と山がこちらを見下ろしていた。
「……?」
弥兎は振り下ろされた斧を躱しながら、違和感を覚える――。
(何だ……この感じ……)
コテージのリビングでは董華と真奈美が“二股のベニアサブクロ”へ近づこうとした時、針金の脚を切断され二つに分かれていたそれぞれが起き上がり始める。
「ウケケッ……」
「へケケッ……」
二体を繋いでいた各々の針金の脚は再び脚の形へと変わっていき、全身と脚から伸びていた針金が足元に散乱したガラスを取り込んでいく。
片脚は大量のガラス片が入り混じった脚となり、それぞれの両手の先には針金の指が生えガラス片が爪のように備わる。
全身に鋭利なガラス片をあちこちに生やし、“二股のベニアサブクロ”は二体に分かれた。
「増えてしまいましたわ……」
「ヘケケッ……!」
“二股のベニアサブクロ”はそれぞれ針金ガラスの脚で、董華と真奈美に蹴りをかます。
「ん!」
「ひいいぃぃ~っ!」
董華はそれを盾で防ぎ、真奈美は二体の間をすり抜けて躱した。
「一端距離を取るっス!」
階段の方へ向かう真奈美の後を二体が追う。
「真奈美さん! そちらへ向かいましたわ!」
董華も透かさず後を追うと、二階の廊下では真奈美が二体に挟み撃ちにされていた。
狭い廊下では真奈美でも躱しきれない。
(まずいですわ……!)
董華は真奈美の背後に居た“二股のベニアサブクロ”の足元へ下から回転刃を当てると、底が抜けて一体は真下へ落ちる。
「ヘケッ……!」
そのまま落下してきた“二股のベニアサブクロ”に回転刃を押し当て、通常の半分の量の魔力を回収した董華は、二階に居る真奈美へ声を上げる。
「真奈美さん! 後ろのは倒しましたわ!」
「助かったっス!」
真奈美は正面に居るもう一体に、次々と手元へ出現させたナイフを投げていく。
「ウケケッ……!」
ナイフが刺さり後退していった“二股のベニアサブクロ”が壁へ達すると、貫通したナイフが壁と体を固定し的状態となる。
「ご勘弁を!」
何度も投げられたナイフが突き刺さり動かなくなると、“二股のベニアサブクロ”からは通常の半分の量の魔力が湧き出し、真奈美へ吸収された。
「はあ~……、しんどかったっス……」
真奈美は廊下を進み、自分達の寝室を抜けてベランダへ出ると戦況を確認した――。
コテージの庭では“木こりのベニアサブクロ”が再び長い右腕を高く掲げ、弥兎へ斧を振り下ろしてくる。
それを躱し目の前の敵を警戒しつつも再度高い木々に目をやることで、弥兎は違和感の正体に気付いた。
(そうかっ!)
花火が始まる直前に見ていた木々はまるで影絵のように真っ黒なシルエットをして、枝と葉の隙間が点々とあることで暗い中でもそれが木であることが分かる。
だが、今は枝葉の隙間を埋めるように木々の一部の数か所がべったりと塗り潰されているように見えていた。
まるで、そこに何かが立っているかのように――。
振り返った弥兎は、ベランダに居る真奈美を見つけ声を掛ける。
「ハム子! あの木の上全体にナイフを!」
「えっ!?」
「何か居るわ!」
「りょ、了解っス!」
真奈美は片足を軸にして独楽のように高速回転しながら、計18本のナイフを高い木々の先端へ投げる。
放たれたナイフが木に達する直前――、三つの影が木々の上から飛び降りた。
直後ナイフは木々の上部を切断し、枝や葉が紙吹雪のように落ちてくる。
雑草と茂みの境に着地した三つの影が直立すると、落下してきた枝葉が止み、その者達の容姿が明らかとなる。
「あれは……」
その姿は、花子が語った怪談の世界から飛び出してきたかのようであった。
成人女性の見掛けをしたソレらは真っ赤なトレンチコートを着て、青白い肌に長いストレートの黒髪を靡かせている。
左右の目の上下には額から顎にかけて縦線が入っており、ソレらが人ではない事は明らかだった。
前髪の分け目が違う程度で顔の造りは似ており、まるで姉妹のようである。
「クマ子……何なのよ、アイツら……」
「……分からん。私も初めて見るキラードールだ」
「あれ?」
見ると、トレンチコートの女が姿を現してから、“木こり”、 “大槌” 、“後ろ手のベニアサブクロ”は脱力した状態で立ち尽くしていた。
「何だ……?」
その様子に疑問を抱いていると、三体のトレンチコートの女は直立した状態で手首から先をだらんと垂らしたまま両腕を前方へ突き出す。
両手の指に力を入れると、立ち尽くしていた三体のベニアサブクロはピクリと動く。
「ん……?」
トレンチコートの女が両手の指を激しく動かすと、再びベニアサブクロは動き出し、弥兎達に襲い掛かって来た。
「コっ、コイツら!?」
考えを口にする前に迫って来る相手へ対処するため、弥兎は腰を落として憑依体の腕を縮めてから放った。
「ストレートぉっ!」
「……ふっ!」
「せいっ! せいぃっ!」
弥兎の刺打撃、花子の殴打、相手の懐に入った夏樹の二発の突きが直撃し、三体のベニアサブクロは吹き飛ばされて倒れ込む。
相手と距離が取れたところで、弥兎は花子に声を掛ける。
「クマ子、コイツらベニアサブクロを操ってるわ!」
「……そのようだな」
「私はベニアサブクロになれば知能が増すものだと思っていたけど、実際はアサブクロが賢くなった訳じゃなく……知恵が働くのはコイツらの方なんじゃない?」
「……私が初めて相手にした針金化は、直ぐに動かずにこちらの様子を伺っていた。
……もしかしたら、あの時のヤツもコイツに操られていたのかもしれない」
トレンチコートの女の仕草を見て、夏樹は声を上げる。
「まるで傀儡師だね……」
「……ああ。中でも、女の傀儡師は“傀儡女”と呼ばれる」
無表情のまま虚ろな瞳で契約者達を見据える三体のトレンチコートの女を前に、弥兎はその名を溢すのだった。
「傀儡女……」
次回へ続く。




